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聖地の四方を囲う城壁には、二箇所に外界と繋がる門がある。
王族や貴族は正門を利用し、業者や秘密裡に訪れた使者は裏門から入る決まりになっている。
晴天の下、大所帯を引き連れて帝国の王子が聖地にやってきた。
使用人や警備の兵士らの列は連綿と続き、自室の窓辺から行列を眺めていたミヤはものの数分で飽きてしまった。変わり映えのしない景色がループに入ったかのように繰り返されるのだ。
「蟻の行列みたいね」
紅茶を片手にアナスタシアが呟いた。彼女は最初からバルコニーから身を乗り出して外を眺めたりはしない。
主賓が見えてくるのは大分先のことになると彼女には分かっていた。
「王子様って絵本の中でしか見たことない。どんな人なのかな」
ミヤは欄干に手をかけ、後ろに体重をかける。逆さまになった視界の中には二人の聖女がいた。
アナスタシアとエレオノーラだ。
彼女たちは王子にまるで興味がないようだった。ミヤが作ったクッキーを口に運びながら「さぁ?」と気のない返事が揃った。
「気になるならミヤが出迎えれば良かったじゃない。セレフィーナには荷が重いわ」
エレオノーラが咎めるような声で言った。彼女はバルトとの鍛錬を終えてから合流したので、長い髪を耳より上でくくっている。お行儀良く背筋を伸ばして座っている彼女に、ミヤは「えへへ」と曖昧な笑みを向けた。
「だって緊張するんだもん。相手は王族だよ? 雲の上の人だよ? ひとつでも間違えたらオオゴトだよ」
「まぁ、ミヤよりは上手くやるでしょうけど……」
「でしょう? 私なんかダメダメ。ああいう畏まった場は向いてないの」
王族の応対を嫌がっていたらセレフィーナが代理を申し出たのだ。
ミヤは真っ先にその提案に乗った。
貴族の令嬢のように行儀作法を習ったこともない。聖地に来てからも己の技能を鍛えることで精一杯で、賓客を相手取ったときの所作など身についているはずもなかった。
その点、セレフィーナであれば問題ない。
そう思って快諾したのだが、貴族令嬢の彼女たちからしてみれば異論があるようだった。
「殿下がお優しいといいけれど。でも普通はミヤが応対しなきゃいけないわ。だって『はじめの聖女』なんだもの。聖地で一番偉いのはあなたよ」
「平民出身だから気後れしているなんて言い訳にもならない。晩餐会ではちゃんとしてよね」
「うーん……うん……」
口々に責められてミヤは頭を抱えてしまった。
(失礼があったらいけないと思ったんだけどなぁ)
同じ聖女の中で順序があるような言い方をされるのも嫌だった。
一番偉い聖女だと言われているのは知っている。その資格が自分にしか与えられていないことも、他の聖女に譲ることもできないことも。
「それにしたって、いつになったら王子様は現れるのかな」
分が悪くなったので話を逸らす。
長い隊列の中に白馬はいない。
「あなたまさか、王子様といったら白馬に乗ってくるよねなんて思ってないでしょうね」
「え!? 違うの?」
「殿下の愛馬は栗毛って話よ。栗毛。はやい話が茶色の馬に乗ってくるってこと」
「みんな栗毛なんだけど……」
「じゃあみんな王子よ。先頭から最後尾まで全員王子だと思えば気が楽でしょう」
エレオノーラは雑に言い放つ。
彼女にはそういう大雑把なところがある。冗談か本気か分からない口調だった。
それまで黙って聞いていたアナスタシアが吹き出す。おかしそうに笑い声を上げるものだから、余程エレオノーラの答えがツボだったらしい。
どこか自慢げな双子の姉と、大口を開けて無防備に笑うアナスタシア。二人を見比べて、ミヤは溜息をついた。
「真面目に考えてよぉ。今からイメトレをして夜に備えるんだから。会話はどうしたらいいの? 『ごきげんよう、殿下。お日柄も良く』って言えば何とかなる?」
「なるなる」
「なるわよ」
「絶対に嘘だ。このままだと殿下の前で恥かいちゃうよ」
聖女たちはくすくすと笑って面白がっている。
ミヤにとっては笑い事ではない。
普段はみんなで楽しくごはんを食べる場だというのに、今夜は見知らぬ他人――しかもこの帝国で二番目に権力を持っているであろう人と席を並べなくてはいけない。
君主たる国王は、名目上は精霊王の代理で国土を治めているという建て付けだ。
しかし精霊王というのは一般的には御伽話の中の存在であり、聖地は単なる宗教施設に過ぎない。信仰の名の下に政治権力からの不可侵を約束されているけれど、そんなものは建前だと知っている。
浄化という特殊技能を持っているだけで王家と対等に渡り合えというのはミヤにとっては酷な話だった。
城壁の向こうで角笛が鳴る。
その腹の奥に響くような音で、隊列の終わりが近づいていることを知った。




