13
厨房裏の食糧庫。
その片隅で、棚の陰にミヤとカイルは潜んだ。日持ちする食料は全てここに置いてある。被害があるのは、いつもここだとミヤは事前に騎士や侍女たちに聞いて知っていた。
「かくれんぼみたいだね」
緊張感なく囁くと、カイルはコツンと額をつついた。
「正体を探るだけだぞ。捕まえようなんて思うなよ」
「うん。大丈夫、大丈夫」
捕まえる気満々だった。
楽観的な幼馴染が相手を子どもだと思い、うずうずとしていることに彼は当然気付いている。
大きな溜め息は了承の意だ。いつだってカイルはミヤのやりたいことを優先する。
抑えた足音が聞こえたのは、しばらく経った後だった。
二人は息を呑み、身を寄せ合う。
白い大きなシーツがゆらゆらと揺れながら入ってきた。以前見たときは得体の知れないお化けに見えたけれど、今となっては中に人が入っていることは明白だった。下から足が覗いている。
落ち着いて見れば何てことはない。
先日の見立て通り、お化けの正体は子どもだろう。ミヤよりも少し大きく見える。
カイルに目配せをすると、彼は音もなくお化けの背後に回った。そうして躊躇いなく飛び掛かる。
悲鳴は二人分だった。
「あれ? アナスタシア様……?」
「お嬢様から離れなさい! 無礼者!」
大声を出した侍女に、ミヤは慌てて「シー!」と唇に指を当てた。
「見回りの騎士に気付かれちゃう!」
「大丈夫よ、サン。手を貸して」
シーツから出てきたのは、アナスタシアと、その侍女だった。すぐに立ち上がり、カイルに向かって怒鳴った侍女は、なおも彼を睨みながら、ふらつく主を支えた。
カイルは奪い取ったシーツを丸めてポイと床に投げ捨てた。そうして、未だに警戒心を剥き出しにする侍女のことを危険視したのだろう。素早くミヤと彼女たちの間に立ち塞がった。
「貴族のご令嬢が盗みなんてすると思わなかったな」
「こら」
彼が挑発するように鼻で笑うから、ミヤは背中を小突いた。
睨み合う体勢になってしまい、彼女は心底困ってしまった。お化けの正体が、まさか聖女だとは予想もしていなかったのだ。
あの侍女が「余計なことをするな」と言った意味を今更ながらに理解する。あれは、正体を探れば彼女たちのやっていることが露見するからだったのだ。
だが、カイルの指摘の通り、貴族の令嬢が食べ物をこそこそと盗む理由が分からなかった。
「アナスタシア様。どうしてこんなことを?」
分からないことは本人たちに訊いてみるしかない。その質問に気位の高いアナスタシアは答えるそぶりを見せなかった。だが、侍女のほうは違う。
「全部、あなたのせいよ!」
噛みつくように侍女が言う。
びくりと肩を震わせると、カイルは一層睨みを利かせてミヤを自身の背に隠した。
「あなたが聖地に来てから、あんなことをしたから公爵様の計画が台無しになってしまった!」
「サン、やめなさい。ミヤ様はお役目を果たしただけだわ」
「でも……!」
侍女は反論しようとしたようだが、主人であるアナスタシアに諫められてグッと言葉を飲み込んでいた。
押し黙り、傍らに控える彼女にはどことなく見覚えがあった。激高ゆえに朱を差していた頬から色が消えていく。俯いた表情は、訓練場で出会った見習い騎士とよく似ていた。
「あなた、フィンのお姉さんね」
姉弟で故郷から逃げてきたと聞いたことを思い出す。
張りつめた空気が、ミヤの一言で更に凍りつく。
「あ、あなた……わたしの弟に何かするつもり……!?」
「え? 私はただ、あなたとフィンが似てるなって思っただけで、そんなつもりで言ってないよ」
戸惑いながら答えるけれど誤解は解けなかったようだ。
「え、と。えっとね……私はただ、みんながお化けを怖がってるから、それが解決すればいいなぁって思っただけなんだよ。アナスタシア様がもし何か困っていることがあって、こんなことをしたのなら、私に何かできることはある?」
彼女はじっと観察するようにミヤを見つめた。
沈黙に耐えかねて、ぎこちなく笑いかける。するとアナスタシアは目を逸らした。
躊躇っているのだろう。口を開きかけてはやめることを繰り返している。ミヤは根気強く彼女が話してくれるのを待った。
「……騎士たちの待遇を、改善してほしいわ。特に見習い騎士。そこにいる彼も見習い騎士なら知っているでしょう? 食べるものは足りていないし、訓練も過酷。平民出身の騎士には、まともに寝る場所すら与えられない。予算を担当している聖人たちの怠慢よ。横領もしているかもしれない。そうじゃなきゃ、帳簿上はあれだけ潤沢に確保されているはずの大金が、どこに流れているのか説明がつかない」
「アナスタシア様は聖人たちが不正をしていると思っているの? それを暴こうとして……?」
「いいえ。わたくしは、わたくしの侍女の訴えを聞いて、盗みに手を貸しただけ。改善を訴えても、ここでは貴族としての権限は一切の意味を持たないもの」
そうして彼女はミヤとようやく目を合わせた。
その瞳に強い意志を感じて唇を引き結ぶ。アナスタシアは相当な覚悟の上で話してくれたのだと分かった。
(どうしようかな……)
考え込む間、アナスタシアは微動だにしなかった。
(見習い騎士の現状を憂いて、アナスタシア様たちは独自で動いてくれてたんだよね。泥棒は良くないことだけど、元はと言えば聖人たちに問題があるみたいだし)
ぐるぐると考え込み、そうしてミヤは「うん」と頷いた。
騎士たちの待遇に問題がある様子であることは交流を重ねるうちに薄っすらと勘づいていた。決定的な証拠は見つからなかったけれど、本腰を入れて調査すれば、すぐに分かることだろう。
「分かった。聖人たちに掛け合ってみるね」
腹は括った。あとは粛々と処理するだけのことだ。
「おい、ミヤ」
「だって困ってるんでしょう? カイルも言ってくれれば良かったのに」
見上げると、彼は「別に困ってない」とあからさまな嘘をついた。
ミヤは素直じゃない幼馴染を押しのけ、アナスタシアたちに向き直る。
「私にできることなら何でもする。でも、その代わりお願いがあるの」
「何でしょうか」
怪訝そうに眉間に皺を寄せる。そんなに無茶なお願いをするつもりないんだけどな、と苦笑いした。
「食事は一緒に食堂でとってくれる? 私、ここに来てからずっと一人で寂しかったの」
駄目かな?と上目遣いで窺うと、彼女たちは意表を突かれたようにポカンとしていた。
「それだけで良いなら、約束しましょう。朝晩の食事時で良いのよね」
「あと、お茶会もしたい」
「お好きなさって。誘っていただけるなら伺います」
「やったぁ!」
ぴょんぴょんと跳ね上がって喜ぶ。念願がこんな形で叶うとは思わなかった。
アナスタシアは侍女と顔を見合わせると、肩の荷が下りたと言わんばかりにホッとしてみせた。
その晩には、聖女ミヤの命により制裁が下った。
経理を担当し、横領に手を染めた聖人たち。十人以上も関与していたという報告を聞いて、ミヤはがっくりと肩を落とした。
書面ひとつで彼らは帝国の地を二度と踏めなくなる。
国外追放となった彼らは、生まれてからずっと聖人として生きてきた。この帝国、ひいては聖地以外の場所では生きていけない。
事実上の死刑宣告を告げる書類に判を捺した後、ミヤは人知れずうめき声を上げた。




