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かの王は孤独でした。
その一文から始まる物語を、帝国の人間ならば、幼子でさえも空で言うことができる。この国を創った精霊たちの王に関する話だ。
かの王は孤独でした。
彼は暗い闇の中で、一人きりだったのです。
己の分身である精霊たちを産み落とした後、彼は生涯の伴侶を自らの一部を削ぎ落として創りました。
命を癒す女王の誕生です。
世界には不浄が満ちていました。闇は彼を蝕む天敵でした。
女王は王を癒やし、世界を癒し、王は不浄を祓い続けました。
二人で世界の均衡を保っていたのです。
けれど女王は、癒しきれない苦しみを抱え過ぎました。役目に疲れ、「どうか、終わらせてほしい」と死を司る闇の王に近づいてしまいます。
それは世界に対する裏切りでした。
しかし女王は死ねず、抱え込んだ痛みは瘴気となって人の世に溢れました。
精霊王は彼女を憎みながらも滅ぼすことができず、二人の間には、戻れない溝が生まれます。
やがて精霊王は、自らの四人の子どもたちの魂を人の世に送りました。彼女たちは聖女として生まれ変わり、瘴気を祓い、世界を静める役目を担います。
すべての浄化を終えたとき、世界は女王の犯した罪を許すでしょう。
おしまい、と言ったのは、セレフィーナだった。
「これはまるっきり御伽噺だけど、あなたが治癒の力を使えない理由とも関連しているんじゃないかしら」
「それって、私が精霊王に嫌われてるってこと?」
「それはないわ。だってあなた、浄化は問題ないんでしょう? あれは特別よ。精霊王から直接与えられる力なんだもの。だから、きっと問題は精霊のほうね。過去に何か意地悪でもした?」
身に覚えのない指摘に首を横に振る。
顎に手を当て、セレフィーナは考え込んだ。
「浄化は精霊王の力だけど、治癒の力は王から精霊たちに分配されたと言われてるわ。二度と、特定のひとりが持つことのないようにって」
「死を司る王に目をつけられてしまうから……」
「そう。死と、闇を司る王に」
そうして彼女はミヤを上から下まで観察した。
「あなた、どことなく、この絵本の女王に似てる。雰囲気とか、すぐに人に騙されそうなところとか」
「そうかなぁ。私、死にたいなんて思ったことない。それに女王は死を司る王に騙されたわけじゃないよ。自分から望んだの」
「身に余る力を得た者の中には、自ら死を望む人だっているのよ。知らないの? 歴代の聖女の中には、女王と同じ裏切りをして聖女としての資格を失う人だっていた」
「怖いこと言わないでよ」
セレフィーナに脅かす意図はないようだった。
彼女はただ、淡々と自分の知っていることを教えてくれているだけだ。
かつて聖女の資格を失う者がいたことを、もちろんミヤは知っていた。聖者たちから伝え聞いていたからだ。『決して、純潔を失うことなかれ』――その教えの意味を聖女に任命された際に真っ先に教えられている。
純潔を失うということは、女王の二の舞となるような行いをし、清冽な精霊王の期待を裏切ることだ。
「まぁ、精霊たちは悪戯好きだから人が好さそうなミヤ様を揶揄っているんでしょうね」
「私も聖者たちのように式に頼ったほうがいいのかな」
「やめておきなさいよ、あんな使い勝手の悪そうなもの。わたしたちは聖女なのよ。無茶な訓練だって必要ない。誠心誠意お願いすれば、いずれ精霊たちだって力を貸してくれるはず。そんなことよりわたしはミヤ様に浄化の上達方法について教えてほしいわ。わたしもお姉さまも、一回使うだけで酷く疲れてしまうの」
「ええ、もちろん。私たち、自分の得意なことを教え合いましょう」
ふとセレフィーナは微笑んだ。
これまでびくともしなかった表情に変化が現れたことにミヤは内心でドキリとしてしまう。
「ミヤ様って意外と話しやすいのね。噂話なんて当てにならないわ」
彼女は猫のように伸びをした。ひとつひとつの所作が優雅で美しいけれど、大きな口を開けてあくびをしているところを見るとセレフィーナは自由奔放な性格らしい。
侍女たちはセレフィーナが貴族らしからぬ言動をしても一切の動揺を見せなかった。これが普段通りの彼女なのだろう。
意外な一面に驚きながら、それを見せてもいいと思われているのだと思うとミヤは表情が緩んでいくのを自覚した。
「えへへ」
「……ミヤ様は難しいことは何も考えずに笑っていたほうがいいと思うわ。とてもかわいらしいもの。わたしのお姉さまの次にだけど」
「エレオノーラ様はどんな人なの?」
双子だから似ているのかな。
もしそうなら、セレフィーナと同様に距離を縮められるかもしれない。
そんな淡い期待を胸に尋ねると、彼女は少し考えた後で「わたしとは真逆の人よ」と答えた。




