89-暴風山に向かいましょう
「お前たち、権力を奪おうというのか?」
韓立は表情ひとつ変えず、淡々と問い返した。
「その通りだ。我々修仙者たるものが、どうしてあの凡人の如く、長老とやらに呼びつけられ、使い捨てにされるがままになっていられようか。この村の長老となるべきは、我々だ。この身は堂堂たる築基期の修士である。凡人の如く長く駆り立てられてきたことは、最早我慢の限界だ。これまでは修士の数が少なすぎて、軽々しく動けなかったが、今やお前たち二人が加わるなら、事は成就するだろう」
もう一人の赤面の老人も、眼光を異様に輝かせながらそう言った。
「興味はない。三人の道友よ、引き取ってくれ。わしに対して、こんな話をしたことすらなかったと思っておこう」
韓立の目が三人を一瞥すると、無表情でそう言い放った。三人の顔色は一瞬で変わった。
「どういうことだ?道友よ、本気で人の下に甘んじるつもりか?我々が村の長老職を奪えば、我々数人でこの村を共同で治め、上下は無い。そうなれば、たとえこの環境がどれほど過酷であろうとも、悠々自適に過ごせるというのに」
長髭の老人は無理に笑みを作ると、なおも口説いた。
「どうやら、諸君は何か誤解しているようだな。我々二人は、この村に留まるとは一言も言っておらぬ。二、三日もすれば、この地を去るつもりだ。だから、三人がどれほど舌を振るおうとも、わしと梅姑娘がこれに首を突っ込むことはない」
韓立は顎を撫でながら、静かに言った。
「ここを出るだと?この村が気に入らぬと、他の村へ行くつもりか?道友よ、知らぬようだがな。我々の村は、全ての人間の村の中で、一二を争う大村だ。他の村の状況は、本村よりも遥かに劣悪なのだぞ」
長髭の老人は一瞬呆気にとられ、思わず口を滑らせた。
その言葉を聞いて、韓立は薄く笑っただけで、そっと首を振るのみだった。
「まさか、お二人はあの暴風山を攀じ登るつもりか?」
猫背の老人は韓立のそんな様子を見て、閃いたように、愕然とした表情を浮かべた。
「どうして?我々がこの地に留まりたくない、ここを離れたいと思うことが、そんなに奇妙なことか?」
韓立は笑みを引っ込め、はっきりとは答えなかった。
「奇妙かどうかという問題ではない。お二人は本当に、あの暴風山がどんな場所で、どれほどの危険があるかをご存知なのか?」
赤面の老人は白い髭をつまみながら、奇妙な表情で問い詰めた。
「多くは知らぬが、おおよその状況は、あの大長老から少し聞いてはいる」
韓立はその男を一瞥すると、声色を変えずに答えた。
「ふん!あの男が暴風山の恐ろしさをどれほど知っているというのか?全ては伝聞に過ぎん。暴風山の真の恐ろしさは、わしと雲道友が身をもって味わったものだ。法力を完全に失った我々が、通り抜けられる場所では断じてない。それ以外にも、暴風山の麓には陰冥の地で最も強大な数匹の陰獣が巣食っている。油断してそれらを驚かせれば、死んでも葬る場所すらなくなる。もし運良く陰冥獣の関門を突破できたとしても、暴風山の陰冥の風と幻霧は、形なく人を殺す。山頂に登りつくす機会など絶対にないのだ。しかも、裂け目が開いた時に暴風山の頂から勢いよくこの地を脱出できるというのも、単なる伝説に過ぎず、誰も実際に試した者はいない。おそらく成功するはずもないのだ」
猫背の老人は顔色を数度変え、恐怖の色を浮かべてそう語った。
「二人の道友は、かつて暴風山を登ったことがあるのか?話してもらえないか?」
韓立の表情が動き、二人をじっと見据え、大いに興味を持ったように問うた。
「それは構わん。韓道友が言わずとも、我々二人が話して、道友の僥倖の心を打ち砕こう。当時、わしと金道友はこの地に来て間もなく、やはりそこで一生を終えることを良しとせず、半年以上準備を重ねた後、他の村の三人の道友と合流し、共に暴風山へ向かったのだ。結果、山に近づく前に、一人の道友が付近の陰獣に見つかり、真っ先に山の麓で命を落とした。やっとの思いで暴風山に辿り着いた時、残った二人の道友は暴風山の四分の一も登らぬうちに、陰冥の風に次々と凍え死んでいった。わしと金道友は、いくつかの火焔石を持っていたため、辛うじて前進を続けられた。しかし、登れば登るほど陰風は強くなり、やがて立っていることすら困難となった。最後に、我々二人は山腹の幻霧すら見ぬうちに、数度にわたり狂風に煽られて岩場から転落した。運良く命は助かったが、これ以上前に進む勇気はなく、無念ながら引き返すしかなかった。村に戻った時でさえ、我々二人は骨の髄まで染みる陰風のせいで、すぐに重病にかかり、数ヶ月も床に伏せた後、ようやく再び起き上がれるようになったのだ。それ以来、我々二人は暴風山から脱出するという考えを完全に断念した」
赤面の老人は恐怖の色を目に浮かべながら、ゆっくりと語った。
「なかなか恐ろしいな…」
韓立は顎を撫でながら、思案に沈むように呟いた。
「ただ恐ろしいなどという言葉で形容できるものではない!お二人ともその考えは捨てたまえ。試すことすら無駄だ。外の世界は確かに良いかもしれぬが、命あっての物種だ。我々と共にここに留まり、大仕事を成し遂げようではないか。君たちはまだ若い。我々が大限を迎えれば、この村の全てはお前たち二人のものとなるのだからな」
長髭の老人は、非常に誠実そうな様子でそう誘いかけた。
「諸君、これ以上説得は無用だ。韓某は自ら試さずして、諦める気にはなれん。もちろん、もし本当にこの暴風山の頂に登れぬとなれば、その時は三人の道友の提案も考えてみよう」
韓立は軽々しく三人と大きな恨みを結びたくなかった。そこで口調を和らげ、婉曲にそう返答した。
韓立がそう言うと、三人はやや不愉快そうに、さらに数言説得を試みた。
しかし韓立の決意は固く、微塵も引き返す気配は見せなかった。
やむなく三人は目標を梅凝に向けた。しかしこの女はただ静かに「私は韓兄と共に進退します」と言うだけで、三人を同じように呆然とさせた。
幸い、韓立は彼らを完全に拒絶はしていなかった。もしこの山を登り切れず、生きて戻ってくれば、まだ機会はあるのだ。
こうして説得が無駄と知ると、三人は無理に笑みを作って別れを告げ、その場を離れた。
……
「あの男、裏切って我々を売ることはないか?」
韓立の住居から少し離れると、猫背の老人が突然、陰険な表情で問いかけた。
「我々を売る?あの二人が我々を売って何の得がある?まだ気づかぬか?女はともかく、韓という小僧は、十分に賢い男だ。そんな馬鹿げたことはするまい。今、我々に望めるのは、あの二人が暴風山に近づく前に、自ら困難を知って引き返すことだ。何しろ今我々が事を起こしても、勝算は五分五分だ。あの二人が加われば、戦力はかなり増すのだからな。とはいえ、韓という小僧が知らず知らずのうちに最大の障害『封天極』を始末してくれたのは、幸いだった。さもなければ、あの男の武芸は本当に厄介だっただろう」
長髭の老人は気に留めない様子で言った。
「確かに、あの男は実に思慮深い。骨折り損のくたびれ儲けはせぬだろう。だが、万一に備え、やはり密かに監視の者を付けるべきだ。何か手落ちがあってはならん」
赤面の老人はうなずき、同意した。
「雲兄の考えは周到だ。そうしよう。ただし、慎重にな。相手に見つからぬようにな。だが…」
長髭の老人は最後の言葉を言う時、一抹の疑念を浮かべた。
「だが何だ?」
猫背の老人は訝しげに問うた。
「わしの錯覚かもしれんがな。どうも相手は、この地を脱することに、並々ならぬ自信を持っているように思える。我々が暴風山の恐ろしさを話しても、相手は全く気にしていぬ様子だ。まさか、暴風山の頂に登る手段でも持っているのか?」
長髭の老人は独り言のように呟いた。
「そんなことはありえん!他のことはさておき、山のあの陰風は、絶対に誰にも突破できぬ。その点については、わしと雲兄が胸を張って保証する。山腹より下で凍え死んだ無数の氷の死骸は、皆、この地から逃れようと妄念した修士と凡人たちだ」
猫背の老人は首を振り、全く信じようとしなかった。
「うむ、おそらくわしの錯覚だろうな」
長髭の老人は考え込むと、それも不可能だと思い、自嘲気味に笑った。
しかし、赤面の金姓の老人はその言葉を聞き、心の中で突然動き、ある考えが浮かんだ。
***
長髭の老人ら三人が去ると、韓立は梅凝と二言三言交わし、やはり屋を出た。まずは封姓の中年代の男の住居を覗きに行くと、案の定、男は噬金虫に喉を食い破られて死んでいた。
韓立はその死体を遠くから一瞥しただけで、無表情で立ち去った。
その後、韓立は村人にこの地の地理状況、他の村の位置、陰獣の分布概況を引き続き尋ねた。この地から脱出するのに役立つ全ての情報を、少しずつ脳裏に集めていった。
韓立は村人の描写に基づき、自ら詳細な地図を描き起こした。
こうして二日が過ぎ、韓立の準備はほぼ整った。村の大長老に、暴風山登攀のための出立を明言した。
肥満体の老人はそれを聞き、当然惜しむ様子を見せた。数言引き止めの言葉を述べたが、韓立の去る意志が固いと見るや、これ以上強いることはせず、承諾した。
韓立はすぐに梅凝と住居に戻り、一晩ゆっくり休み、翌日には村を離れる準備をした。その時、一人の男がこそこそと彼らの住居を探し当て、屋の扉を叩いた。
「雲道友!」
韓立は目の前に立つ赤面の老人を見て、思わず呆然とした。
「韓道友、手短に申そう。道友に本当にこの地を脱する術があるのかは知らぬ。だが、総じて一つの希望ではある。故に、わしには一つの頼みがある。もし道友が本当に大難を逃れ、機会があれば、この箱をわしの天符門に届けてはもらえぬか?」
赤面の老人は韓立に向かって重々しく言い、懐から一つの骨箱を取り出し、両手で捧げた。
「道友、その言葉はどういう意味だ?」
韓立は骨箱を一瞥しただけで、手を伸ばして受け取ろうとはせず、むしろ声色を変えずに問い返した。
箱の中が何なのか分からぬまま、軽々しく受け取るつもりはなかった。
「道友、ご心配には及ばぬ。中はわが天符門の鎮派三霊符の一つ、『降霊符』の製法口訣だ。代々、門中の掌門のみが修習を許されてきた。わしに他意はない。もし可能であれば、道友がこの符籙の製法を老朽の代わりに門中へ届けてくれることを望んでいるだけだ。わしは天符門にこの秘術が失伝することを望まぬのだ」
赤面の老人は長嘆息した。そして、自ら箱の蓋を開け、中に細かな文字がびっしりと刻まれた数枚の骨片が入っているのを見せた。
「降霊符?掌門のみが学ぶとなると、貴公こそが天符門の掌門か?」
韓立の顔に一抹の躊躇が浮かんだ。
「慚愧に堪えない。雲某こそが天符門第五十七代掌門である。本門は晋国華雲州では末流の小派に過ぎぬ。故に、わしのような築基期の身分で掌門の座に就いているのは、実に道友の笑いものだろう」
老人はやや赤面しつつ認めた。
その言葉を聞き、韓立の顔に一瞬驚きの色が走ったが、すぐに眉をひそめた。しばらくして、ようやく老人を見据えながらゆっくりと言った。
「この降霊符の製法が、掌門のみが学ぶものなら、きっと独特の特徴があるのだろう。道友がこんなにも軽々しくわしに渡して、韓某がその製符法を学ぶことを恐れぬのか?それに、わしは大晋国の名声は聞いたことがあるが、行ったことはない。今後本当に行く機会があるかどうか、韓某自身にも分からぬ。道友は少し軽率すぎはしないか?」
赤面の老人は韓立の疑問を聞いても、意外な表情は見せず、むしろ目に称賛の色を浮かべて言った。
「雲某がこれを道友に渡すのは、すなわち道友がこの製符法を学ぶことを黙認しているのだ。韓兄への事前の謝礼と思ってくれ。そして正直に言おう。道友が本当にこの符を製法する方法を見れば、おそらくそれほど興味を持つことはあるまい。降霊符の製法は本門で代々伝承されてきたが、本門が隆盛を極めた時期に、二、三人の先代祖師がわずか二枚を製作したのみで、それ以外の歴代掌門は皆、これを単なる伝承として見なしていただけだ。実際にこの符籙を製作した者は一人もいない。本門が今やこれほど衰退した以上、これはなおさら痴人の夢のような話だ」
「そして道友が晋国に行くかどうか、この製法口訣を届けるかどうか?それは道友の意思に任せる。わしはただ心の安らぎを得たいだけだ。何しろこの降霊符は、本門の開山祖師が独創した製符の術である。もしこのまま修仙界で失伝すれば、老朽は全く申し訳が立たない。たとえこの製符術が天符門に戻らぬとしても、道友の手で後世に伝わるなら、完全に絶えるよりはましだ。今後、雲某が黄泉の国で歴代の師門の先人たちに会った時、ようやく言い訳が立つというものだ」
赤面の老人は苦笑を浮かべてそう言った。
ここまで聞いて、韓立は少し言葉に詰まった。
どうやらこの天符門の掌門は、単に心の安らぎを得たいだけらしい。そうなると、自分は本当に得をして、損は全くないようだ。
大晋国に行かなければ、当然骨箱を返す必要もない。もしあの伝説の大帝国に行くことになれば、物を届けることなどは、ほんの些細な労力に過ぎない。
そしてこの降霊符が、いったいどんな不思議な符籙なのか?どうやら非常に製作が難しそうで、韓立の好奇心を大いに掻き立てた。
彼の日増しに広がる見識からすると、普通の五行法術を符籙に練り込む以外に、修仙界には確かに計り知れない神通力を秘めた特殊な符籙が存在し、それらは総称して密符と呼ばれている。
これらの密符は五行道術の中に分類するのは難しく、しばしば各宗門が独自の製法を持ち、他の者は模倣しようとしても容易に成功しない。
例えば、虚天殿の内殿で星宮の長老に暗算され、危うく命を落としそうになった時に現れた化身符や、星宮特製の伝送符は、それぞれ異なる密符だ。もちろん、前者の価値は後者よりもはるかに上だ。
……
少し考えた後、韓立は躊躇わずに手を伸ばして骨箱を受け取り、口調を重々しく約束した。
「わしが道友に約束できるのは、出来る限りの努力をするということだけだ。雲道友、あまり高い期待は抱かないでくれ」
「はっはっ!それで十分だ!韓道兄のその言葉があれば、雲某は感謝に堪えない」
赤面の老人は韓立がそう言うのを聞き、むしろ一層安心した様子で、感謝の色を浮かべて何度も礼を言った。
韓立とさらに数語交わした後、彼は機転を利かせて辞去した。
韓立は門口に立ち、遠ざかるその背中を見つめながら、思わず手にした骨箱を軽く手のひらに載せてみた。軽く、別の仕掛けがあるようには感じられなかった。
その時、韓立の後ろに立って一言も発しなかった梅凝が、ついに我慢できずに尋ねた。
「降霊符という名前は、私も初めて聞きました。本当にとても強い符籙なんですか?」
「分からぬ。だが、並大抵のものではないだろうな」
韓立はこの女の脂のように滑らかで玉のような顔を一瞥すると、軽く笑いながら言った。
そして彼は机の傍に戻って座ると、勝手に一枚の骨片を手に取り、ざっと目を通した。
「おや?」
たった二目見ただけで、韓立は驚いて小さく声を漏らした。
「何か?製法に問題があるの?」
梅凝も韓立の向かいにひざまずいて座ると、目に波を浮かべながら尋ねた。彼女の顔は好奇心でいっぱいだった。あの時の口づけ以来、この女と韓立の間には、知らぬ間に親しさが増していた。以前のよそよそしさは、ほとんど消えていた。
「何でもない。この降霊符を製作するのに必要な材料が、どうやら少々天を逆らうようなものらしい!道理で天符門は製符の術を持ちながら、この符籙の製作を夢にも思わなかったわけだ」
韓立は手にした骨片を読み終えると、箱に放り込みながら気軽に言った。
「どんな材料が必要なの?韓兄すら天を逆らうと感じるなんて?」
梅凝は少し困惑した。
「他の材料はともかく、製符の主材料として、霊石があっても買えない物が必要なのだ。化形期の妖獣の精魄が一隻必要だと言う。天を逆らうと言わずして何と言おうか?」
韓立は次の骨片を手に取りながら、淡々と笑って言った。
「化形期の妖獣の精魄?」
梅凝は息を呑み、澄んだ美しい目は驚愕の色でいっぱいだった。
しかし彼女は気づかなかった。韓立が手にした骨片を細かく見ながら、神秘的な異様な表情を浮かべていることを…
***
一晩休んだ後、韓立と梅凝は誰にも告げず、数名の警備の者が訝しむ視線の中、村を離れた。
再び乱石堆の縁に立ち、眼前に広がる黄濛々(こうもうもう)とした砂漠を見渡すと、韓立は少し方向を確かめ、梅凝を連れて彼らに最も近い別の村へと向かった。
韓立の考えは単純だった。この女の兄が、もし無事にこの地に辿り着いたなら、必ずや他の村にいるはずだ。見つかり次第、一緒に連れ出せば良い。
梅凝も韓立の考えは確かに理にかなっていると思い、当然ながら異論はなかった。
こうしてまたたく間に、二人は果てしなく広がる黄砂の中に姿を消した。
……
一ヶ月余り後、血のように真っ赤な不気味な土地の上で、十数名の灰色の服を着て骨製の長矛を持った若い男女が、丘のような高地に向かって、こっそりと包囲網を狭めていた。
その高地の頂上には、体は緑色で首が太く短い数匹の怪獣が、丸まってぐっすり眠っていた。
これは「碧蟾獣」と呼ばれる陰獣で、体は大きくなく、全身にこぶができていた。見た目は醜悪で、巨大な化け蛙のようだが、この陰冥の地では数少ない、体内に猛毒を持たず、人間が食用にできる陰獣の一つだった。
当然ながら、これらの人々はこれらの碧蟾獣を捕殺し、村の食糧危機を少しでも緩和しようとしていたのだ。
彼らの動作は皆非常に素早く、物音ひとつ立てなかった。包囲網が完全に閉じようとしたその時、一匹の碧蟾獣が突然真っ赤な両目を開き、彼らからわずか二、三十丈しか離れていなかった人間たちを目に捉えた。
人間たちの「手をかけろ!」という叫びと、この獣の警告の嘶きが同時に響いた。
瞬く間に、十数本の白く光る骨矛が、シュッシュッと音を立てて碧蟾獣たちに向かって飛び出した。
結果、ほとんどの碧蟾獣は飛び跳ねたが、すぐにこれらの長矛に貫かれて倒れた。しかし二匹の最も機敏な碧蟾獣だけが難を逃れた。完全に無傷ではなかったが、回避が間に合ったため、長矛は体をかすめただけだった。
碧蟾獣は陰獣の中でほぼ最下層に属し、数口の陰気を吐き出す以外には、ほとんど鋭い攻撃手段を持たない。しかしそれに応じて、これらの陰獣の跳躍による逃走速度は、人を驚かせるほど速かった。
残った二匹の碧蟾獣は大口を開けると、二つの頭ほどの大きさの黒い陰気の塊を激しく放ち、続いて後ろ足で地面を蹴ると、一躍七、八丈も跳び上がり、一瞬で人間たちの包囲網を脱した。
数人が必死に予備の骨矛を投げたが、明らかに少し遅く、二匹の碧蟾獣の姿に追いつくことは全くできなかった。
二匹の碧蟾獣が数度跳躍するうちに、すぐ近くの奇岩群の中に突入したその時、突然青光りが一閃、二匹の碧蟾獣は声も出さずに空中から真っ逆さまに落ち、ドスンと音を立てて地面に倒れたまま動かなくなった。
碧緑の血が一気に地面を染めた。
これは、ちょうど落胆していた若い男女たちを、呆然とさせた。
「シュッ」「シュッ」と二つの音が響き、陰獣の死体から二本の青い光芒が飛び出し、近くの巨大な岩の後ろに引き戻された。続いて人影がひらりと動き、一組の男女が岩の後ろから現れた。
男は普通の風貌で目は澄み、女は美しく麗しく、優しく愛らしい。まさに韓立と梅凝の二人だった。ただ、二人は今、淡い青の獣皮の外套を着ており、韓立は両手にそれぞれ寸余りの青い小剣を握っていた。小剣の柄の部分には、半透明の糸のようなものが幾重にも巻かれており、どうやら細い獣の腱のようだった。
韓立は数歩近づき、小剣で仕留められた二匹の陰獣を一瞥すると、首を上げて警戒の色を帯びた人々の群れを見た。
「さっき、この二匹の碧蟾獣が逃げようとしたので、韓某はやむを得ず軽率にも手を出してしまった。諸君は怒ったりはしないだろうな?だがご安心を。わしはこの二匹の碧蟾獣の死体は要らぬ。ただ諸君に幾つか尋ねたいことがあるだけだ。答えてはもらえぬか?」
韓立は笑い、善意に満ちた表情で向こう側に言った。
「本当にこの二匹の碧蟾獣の死骸はいらないのか?」
年齢がやや上の大男が、疑わしげな表情で口を開いた。彼がこの若い男女たちのリーダーらしい。
「もちろん本当だ。わしは食糧に困ってはいない」
韓立は足で地面の死体を軽く蹴りながら、確かに繰り返した。
「よし、聞け」
大漢は少し不審に思いながらも、損はないと判断し、ついにうなずいて同意した。
相手がそうも道理をわきまえていると見て、韓立は満足そうにうなずき、慌てずに言った。
「諸君は付近の紅土村の者か?」
「ああ、我々は皆、紅土村の村民だ!」
大漢は眉をひそめたが、それでも正直に答えた。
「それは良かった。実は我々は人を探しに来たのだ。貴村が最近、外から来た新人を受け入れたかどうかを聞きたい」
韓立は声色を変えずに尋ねた。
「新人?いや…しかし、前回裂け目が開いた時、我々は陰獣の活動範囲の外で幾つかの骸骨を発見した。男女のものらしく、全て白骨となっていた。どうやら彼らは運が悪く、戻ってきた陰獣の群れに喰い尽くされたようだ」
大漢は考え込み、少し躊躇いながら言った。
「白骨?」
韓立の背後に立つ梅凝は、顔色がわずかに変わり、少し青ざめた。
過去一ヶ月余りの間に、二人はすでに他の三つの村を回っていたが、いずれも彼女の兄を見つけることはできなかった。しかし、多かれ少なかれ、二、三人の九死に一生を得た修士が生き残っている様子だった。
この村ではいきなり、最初から皆死人だと言う。
これでは梅凝の心が引き締まらないはずがなく、漠然とした不吉な予感を抱かせた!
「そうだ。遺骸はその場で埋葬した。しかし彼らが持っていた物は、我々が村の倉庫に保管している。お二人は見に行くか?」
大漢は韓立が本当に人を探しに来たと見て取ると、警戒心を次第に解き、やや豪快に招いた。
「ああ、それでは兄貴、お手数をかける」
韓立は傍らで黙っている佳人を見て、うなずいて決断した。
たとえ数名の死人であっても、まずは身元を確認する必要があった。もし彼女の兄がその中にいれば、彼はこの件でこれ以上忙しくする必要はなくなる。
「はっはっ!兄弟の話し方は、実に学者っぽいな。どう見ても外から来た者だ。やはりここに来たばかりの新人か?」
大漢は後ろの他の者に陰獣の死骸の処理を指示すると、自分は韓立と熱心に話し込んだ。
韓立はそれを見て、さっぱりとした笑いを浮かべた。
彼ら一行について数里の道を歩くと、韓立と梅凝はもう一つの見知らぬ村に着いた。
この村落は明らかに他の村よりもはるかに小さかった。
やはり石壁で周囲を囲ってはいたが、この壁は高さ七、八丈しかなく、しかも何箇所もボロボロで、まるで修理する暇がないようだった。
村の規模から見て、ここは多くても百人余りが住んでいる程度で、人口が少なすぎた。
村に入ると、大漢は一軒のやや大きな石の小屋を指さし、少し申し訳なさそうに韓立たちに自分たちで見てくれと言った。彼は村人と先に碧蟾獣の死骸を処理しなければならなかった。それは貴重な食糧であり、最優先で扱う必要があった。
韓立は当然そのことを気にせず、すぐに礼を言うと、梅凝を連れてそこへ向かった。
……
「これは本当に君の兄の物か?」
韓立は目の前のボロボロで血の染みだらけの衣服を見て、少し意外そうに尋ねた。
本当に驚いた。いわゆる倉庫に入るとすぐに、梅凝は隅に置かれた兄の遺品を一目で見つけ、顔色が一気に青ざめた。目は虚ろだった。
「忘れられるはずがありません!この服は、私が自分の手で兄のために縫ったものです。そしてそばにあるこの収納袋にも、私たち兄妹の独自の印があります」
梅凝は微かに赤くなった目でその物の山を見つめ、詰まりながら呟いた。
韓立は慰めの言葉を何と言えばいいか一時分からず、ただ躊躇った後、そっとこの女の香しい肩を二度叩くと、こっそりと石の小屋から出た。
彼は知っていた。今はこの女を一人にさせたほうが良いのだと。
確かに彼が離れるとすぐに、中から途切れ途切れのすすり泣きが聞こえてきた。韓立は軽くため息をつき、空を見上げると、黙って何も言わなかった。
まる一刻が経ってようやく、梅凝は両目が少し腫れて小屋から出てきた。
「行きましょう。家兄がもういない以上、他の村に行く必要もありません。直接暴風山に向かいましょう」
この女は冷静に言った。
どうやら彼女は兄を失う痛みを、無理に心の奥底にしまい込んだようだ。
「暴風山はもちろん行く。だがその前に、わしは別のことをする必要がある。陰冥獣晶を集めねばならん」
韓立は梅凝を一瞥すると、落ち着いて言った。
「獣晶!それを集めて何の役に立つのですか?それに、あの陰獣たちは手強いですよ?」
梅凝も今となっては陰冥獣晶のことを当然知っていた。一瞬呆気にとられ、意外そうに尋ねた。
「集めるのはもちろんわしの用途のためだ。おそらくこの広い天下でも、陰冥の地のような場所は、唯一無二でなくとも、絶対に数少ないだろう。ここを出れば、陰冥獣晶を集めようとしても、非常に困難なことだ。そしてこれらの陰獣を相手にするのは、我々が手を出す必要は全くない。あいつに任せればいい」
韓立は突然袖を一振りすると、一道の緑光が飛び出し、二人の目の前に落ちた。
「あいつ?」
梅凝は目の前の小猿を見て、困惑した表情を浮かべた!
「もちろんあいつだ!」
韓立は表情を変えずに断言した。
これまでの道中、村を急いで探していたため、韓立は安全な道だけを選んで進んでいた。そのため、途中で小剣を使って幾つかの低級霊獣を斬り伏せたものの、獣晶が出現することは全くなかった。陰冥獣晶の用途を漠然と知る韓立は、当然もっと集めたかった。
今、韓立はこれ以上何も言わず、この女に一声かけると、啼魂を連れて振り返って歩き出した。
彼はこの紅土村で一日休み、翌日から強力な陰獣が集まる場所へ向かい、啼魂獣の威力を試すつもりだった。
……
身長五、六丈もある巨爪獣が、窪地の中でよたよたと歩き回っていた。
その巨大で無堅不摧の鋭い爪と、口いっぱいの鋭い牙を頼りに、それはこの付近一帯の支配者であり、当然のことながら、突然高等な陰獣に襲われる心配はなかった。
突然、それほど鋭くない小さな耳が何かの物音を聞きつけたのか、一気に首を振り向け、眼光を凶暴に輝かせて一方を睨みつけた。体の外、十丈余り離れた場所に、いつの間にか一尺ほどの小さな猿が現れていた。
小猿は興奮した目で、目の前の巨大な存在をじっと見つめていた。
巨爪獣は小猿を見ると、激怒して猛然と襲いかかることもなく、むしろ低く唸るような声を出すと、恐怖の色を浮かべて退こうとした。しかしその体が動いた瞬間、一片の黄霞が稲妻のように飛んできて、一瞬で巨獣の体を包み込んだ。
その後、黄光の中から、その獣の驚天動地の咆哮が響き渡った。光芒が大いに輝いた後、黄霞は飛ぶように戻り、その中に絡まる細い黒い気を小猿の大きな鼻の中へ吸い込んだ。
小猿は興味深そうに口をモグモグと動かすと、わずかに膨らんだ小腹をポンポンと叩き、満足げな表情を浮かべた。まるで何か非常に美味しいものを食べたようだった。
その時、遠くから悠然と、非常に気楽な顔をした韓立が歩いてきた。その傍らには、呆然と口を開けた美しい女がいた。
この女は先ほどの一幕を全て目に焼き付け、全く信じられなかった。
今、彼女は巨爪獣の大半が干からびた死骸を見て、ようやく眼前の小猿と、噂に聞くある凶獣のことを漠然と思い浮かべ、思わず顔色を曇らせた。
韓立はその時すでに巨獣の頭部まで歩いており、袖を一振りすると、銀色に光る短刀が手の中に現れた。
表情を変えずに一刀を振り下ろすと、巨獣の頭はスイカのように二つに割れ、続いて親指ほどの大きさの緑色の晶石が落ちてきた。
韓立は晶石を見て、ようやく微笑みを浮かべた。腰をかがめ、それを拾い上げた。
「西へ七里ほどの場所に、もう数匹の強力な陰獣がいる。ちょうど一緒に片付けてしまおう」
韓立は首を上げて西の方を眺めると、まるで独り言のように言った。




