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『凡人修仙伝』: 不死身を目指してただ逃げてたら、いつのまにか最強になってた  作者: 白吊带
第三卷:天南築基編一八方塞がり·正魔大戦
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妖魔化一築基期55

 

「受けるな、避けろ!」

 韓立が拘束する王総管おうそうかんは激痛に耐えながら絶叫し、小親王しょうしんのうに警告を促した。


 だが、その警告は明らかに遅すぎた。


 叫びを聞いた小親王は反射的に体勢を崩し、青き巨剣の刃をかわそうとした。しかし巨剣は不意に斬撃から払いへと軌道を変え、彼の足をかすめるように掠った。身を護る黒い気は一瞬で散り、まったくの無力だった。


 結果、両足が軽々と斬り落とされると、小親王は悲鳴をあげてその場に気絶した。

 幼い頃から贅沢の限りを尽くして育った彼は、いくら策謀に長けていようと、痛みなど知る由もない。ましてや両足を失う激痛など耐えられるわけがない。


 しかし、この光景は韓立を驚かせた。青元剣芒せいげんけんぼうを久しく使っていなかったため、思わず相手を仕留めてしまったかと勘違いしたのだ。

 事情を理解すると、韓立は呆れながらも苦笑いを浮かべ、小親王の体をひょいと持ち上げると、蒙山四友もうさんしゆうの元へと飛び去った。


 勝利の余韻に浸る韓立だったが、一抹の違和感を覚えていた。

 小親王と王総管が最初に放っていた危険なオーラからすれば、二人はもっと手強いはずだ。しかし、あっさりと生け捕りにできてしまった。はたして彼の神秘的な直感が狂い始めたのか?


 韓立は首を振り、奇妙に思った。


 その時、遠くで躊躇っていた残りの黑衣修道士たちがこの光景を目撃し、もはや留まる意味はないと悟った。互いに一瞥を交わすと、本気で四方へと散り散りに遁走し、瞬く間に姿を消した。


 韓立に追う気はなかった。これらは蒙山四友と同じく末端の構成員に過ぎず、わざわざ追いかける価値はない。

 そう考えながら、彼は蒙山四友の元へと戻り、手にした二人の捕虜をぞんざいに投げ捨てると、淡々と言った。

「止血しろ。口を割らせる必要がある」


 蒙山四友の青年と次男はすぐさま二人を受け止め、少しの怠りも見せなかった。

 この時の蒙山四友にとって、韓立への感情はもはや表面上の敬意ではなく、心底からの畏敬の念となっていた。ついさっきの韓立の神々しいまでの活躍は、彼らに消えぬ印象を刻み込んでいたのである。


先輩せんぱい、その術はまさに神技! 未輩みはいども、目を見開かされました!」

 黒い顔の老人が敬意を込めて口を開いた。


「大したことではない。小手先の技に過ぎぬ」

 韓立は蒙山四友の畏怖の表情を見て、内心では幾分得意だったが、表面上は全く取るに足らないかのような態度を取り、彼らにこの韓先輩の深淵さをより強く印象づけた。


 その時、「ドン!」「ドン!」という連続する轟音が響き渡り、韓立の表情がわずかに曇った。

 蒙山四友が慌てて音の方向を見やると、中年の女性が状況を把握するや、慌てふためいた様子で指を差しながら韓立に叫んだ。

「先輩! ご覧ください! あの法器ほうきが!」


 韓立はすでに振り返り、顔を上げていた。禿頭の巨漢とくとうのきょかんを閉じ込めていた「遮天鐘てんちゅう」が、内側から天を揺るがすような轟音を発すると同時に、外見が信じがたいほどに歪み変形している。

 轟音が響くたびに、鐘の壁面は理由もなく大きく膨らんだ。十数回の轟音の後、鐘は見る見るうちに原型をとどめぬ姿へと変わり果てていた。


 さらに悪いことに、銅鐘を覆っていた黄光こうこうは弱々しく消えかけており、中の巨漢が今にも鐘を破って飛び出してきそうな気配だった。


 韓立は心中、震撼しんかんした!

 この不可思議な現象の原因はわからないが、明らかに「遮天鐘」では相手を封じ込められない。別の手を打たねばなるまい。

 そう考え、韓立は頭上に旋回させていた十数件の法器を一斉に回収すると、代わりに七、八体の獣型傀儡けいらいを放った。すでに展開されていた四体の傀儡と共に一列に並び、韓立と蒙山四友の前に立ちはだかったのである。


 その動作が終わるやいなや、「ドカーン!」という爆裂音が轟いた。

「遮天鐘」の法器は、無理矢理に四分五裂し、その中から「ヒューッ」という音と共に、人とも人でないものともつかぬ怪物が飛び出してきた。


「な、なんだこれは!?」

 中年の女性はそれを見るなり、思わず声をあげた。側にいた他の三人も同様に青ざめ、信じ難い表情を浮かべた。

 韓立の目にも、言葉にできない驚きの色が走った。


 飛び出してきた禿頭の巨漢は、その体躯も外見も、完全に妖魔ようまと化していた。

 今やその身長は二丈(約6メートル)、口には牙を剥き出し、頭には二本の漆黒しっこく彎角わんかくが生え、後ろには鱗甲りんこうに覆われた鉄の尾が長く伸びている。さらに恐ろしいのは、全身を覆う黒紅色の妖紋ようもんで、裸同然の体の大半を隠し、言い知れぬほどの殺気さっきを漂わせていた。


 その顔貌がんぼうには、かつての禿頭の巨漢の面影がかすかに残っていた。しかし今の彼の眼には碧緑色へきりょくしょく凶光きょうこうが宿り、血に飢えた殺戮さつりくの気配に満ちており、人間らしさなど微塵みじんもなかった。怪物は韓立たちを冷たく一瞥すると、突然、身を低く構え、矢のように激しく飛びかかってきた。


 蒙山四友はこれを見て心臓が跳ね上がり、どうすべきか途方に暮れた。その時、耳に韓立の声が届いた。

「法器を出せ!」


 韓立の指示と同時に、彼の前に並ぶ十数体の獣傀儡じゅうけいらいが一斉に大口を開けた。十数本の光柱が一瞬の閃光と共に噴出し、迅雷じんらいの勢いで妖魔化した巨漢の体を直撃した。不意を突かれた相手はその場でひっくり返った。


 この光景を見た蒙山四友は大喜びし、ためらうことなく法器を放ち、倒れた巨漢を取り囲んで猛攻撃を加えた。この恐ろしい怪物を一気に始末しようというのだ。

 しかし、その甘い夢は束の間だった。倒れた巨漢の体から衝天の殺気が噴き上がり、続いて激怒した怪物が飛び起きた。放たれたすべての法器がその体に叩き込まれたが、微塵の傷すら負わせることはできなかった。蒙山四友は目を剥きんばかりの驚愕きょうがくに襲われた。


 妖魔化した巨漢は天を仰いで狂ったように咆哮ほうこうすると、突然、両腕を風車のように激しく振り回した。周囲を取り囲んでいた数件の法器は、その鋭利無比えいりむひな十本の指によって瞬時に切り刻まれ、粉々の鉄屑てつくずと化した。


 蒙山四友の顔色が変わる間もなく、妖魔化した巨漢の眼の碧光へきこうが強く輝いた。体が数度揺らめくと、妖しい動きで韓立たちの護身法罩ごしんほうしょうの前に現れ、片方の鉤爪かぎづめを強烈に振り下ろした。

「ギシリッ!」

 黒い顔の老人は素早く反応し、韓立から預かっていた白鱗盾はくりんじゅんを祭り出し、間一髪でその一撃を防いだ。しかし盾の表面には五本の深い爪痕が残り、老人の顔色は「スッ」と青ざめた。法力ほうりきが続かない証拠である。


 この光景を見て、巨漢はわらった。もう片方の鉤爪が稲妻のように盾へと襲いかかる。

 だが、その瞬間、巨漢の表情が変わった。爪を引っ込め、身を縮めると、両腕を十字に組んで顔の前に構えた。

 同時に、獣傀儡による第二波の光柱攻撃が目前に迫り、再びその体にしっかりと命中した。


 しかし今回は、警戒していた妖魔化巨漢は倒れはしなかった。ただ、その強大な衝撃によって、十数丈(約30~40メートル)も後方へと押し戻されただけだった。一撃だけを受けた黒顔の老人は、ようやく一息つくと、額の冷や汗をぬぐいながら、残る三人に緊張した声で言った。

「相手の攻撃は凶暴すぎる。一人の法力では数発も持たん。皆で力を合わせてこの盾を操れ!」


 長兄のこの言葉を聞き、蒙山四友の残る三人はためらわずに片手を老人の肩に置いた。そして体内の霊力れいりょくをゆっくりと注ぎ込んでいった。

 黒顔の老人の顔色は瞬く間に血の気を取り戻した。


 二度続けて成果を上げられなかった巨漢の妖魔化した怪物は、さらに狂暴さを増した。獣傀儡の光柱が消えるや否や、牙を剥き爪を立てて再び突進してきたが、同じく白鱗盾に防がれ、続く光柱によって元の位置へと撃退された。


 この光景を見た韓立は、眉を深くひそめた。

 この怪物は「遮天鐘」さえ破壊し、獣傀儡の光柱攻撃すら受け止める。通常の頂階法器ちょうかいほうきではまったく効果がないことは明らかだ。符宝ふほうを使うしかない。

 そう考えた韓立は、もはや躊躇せず、蒙山四友に命じた。

「お前たちはしばらく獣傀儡と共に支えろ。術を発動する時間が必要だ」


 そう言い残すと、韓立は彼らが応答するのを待たず、収納袋から一枚の青く霞んだ符箓ふだを取り出した。両手で大切に捧げ持つと、厳粛に胡坐あぐらをかいて座り、目を閉じて功法こうほうを運び始めた。

 韓立は符宝のことを直接は言わなかった。彼ら散修さんしゅうの身分では、符宝が何かも知らない可能性が高く、今は説明している暇などないことをよく理解していたからだ。

 この潔い行動は、韓立が蒙山四友の反論を一切許さないことを示していた。蒙山四友もそのことを理解し、互いに顔を見合わせた後、黒顔の老人が覚悟を決めて返事をした。


 その後、妖魔化した巨漢は七、八度も飛びかかってきたが、その度に土ぼこりを被って空しく引き返した。

 韓立の白鱗盾は相手の爪で傷だらけになったが、蒙山四友の操縦のもと、玉すら砕き金すら断つであろう鉤爪を何とか防ぎきった。そして十数体の獣傀儡による光柱攻撃が即座に怪物を一定の距離へと撃退するため、連続攻撃を許さず、蒙山四友にもようやく息をつく間ができた。


 韓立は築基中期ちくきちゅうきの境地を背景に、符宝を催動さいどうする速度は煉気期れんききの頃とは比べ物にならなかった。

 しばらくすると、彼の手のひらの上の青色符箓は、澄んだ鳴き声と共に一本の青い玉尺ぎょくしゃくへと変化した。数寸すんほどの小さく愛らしい尺で、蛍光けいこうが流れるように輝いていた。


 その時、蒙山四友の法力も限界に達していた。妖魔化巨漢が凄まじい勢いで繰り出した一撃を受け、白鱗盾は重いつちに打たれたかのように吹き飛ばされた。四人はその場にへたり込み、顔色は死人のように青ざめた。

「先輩! 早く!」

 黒顔の老人はすでに韓立の手元にある符宝の異変に気づいており、焦りながら急かした。


 韓立は老人に構っている暇はなかった。妖魔化巨漢が光柱によって撃退されるのを見るや、全身の霊力を玉尺へと狂ったように注ぎ込んだ。

 刹那せつな、手のひらに浮かぶ小さな尺はまぶいばかりの青芒せいぼうを放ち、一が二に、二が四に、四が八へと…瞬く間に数百本もの同じ尺へと幻化げんかした。一本一本がブンブンと唸りを上げ、韓立を取り囲むようにして激しく震えていた。


 この驚異的な光景に、蒙山四友は口をぽかんと開け、幻術にかかったのかと目を疑った。

 韓立は一瞬たりとも無駄にせず、厳しい表情で妖魔化した巨漢を指さした。すると、無数の尺が決壊した洪水のように、浩浩蕩々(こうこうとうとう)と激しく流れ出した。


 禿頭の巨漢は妖魔化後、正気を失っているように見えたが、韓立の符宝による攻撃を前にして、事の重大さを悟ったようだった。恐怖の色が顔に浮かび、突然、紅光こうこう一閃いっせん、流星のように後方へと全速力で疾走しっそうし始めた。その速度は神風舟しんぷうしゅうにも決して引けを取らないものだった。


 この光景を見て韓立は一瞬、躊躇した。ほんの少しためらっている間に、相手は百丈(約300メートル)以上も離れ、逃げ去る背中がかすかに見えるだけの距離にまでなっていた。

 韓立はため息をつき、追跡はしなかった。指を動かすと、玉尺の符宝を呼び戻し、再び青色の符箓へと集約させ、手のひらへと舞い戻らせた。


 後患を絶ち、完全な勝利を収めたい気持ちがなかったわけではない。しかし、この玉尺符宝に残された威能いのうはもはや僅かだった。相手と長く追いかけ合い、もつれ合えば、韓立自身が持ちこたえられるかどうかわからない。生け捕りはすでに手に入れた。ここは慎重に事を運ぶべきだろう。


 蒙山四友は強敵が韓立に追い払われたのを見て、互いに支え合いながら、ほっとしたように立ち上がった。

 韓立は彼らのあまりにも青ざめた顔色を見て、考えた末、収納袋から小さな薬瓶を取り出し、彼らに投げ渡した。

「一人一粒ずつ飲め。お前たちの傷に効くだろう」韓立はほのかに微笑んで言った。

 いずれにせよ、この日の戦いで彼らは助けになった。何らかの恩を返すべきであり、そうすることで自分が冷酷な人間ではないことを知らしめるのだ。


 案の定、蒙山四友は感謝の色を浮かべた。黒顔の老人が恭しく瓶を受け取ると、そっと中身をあけた。竜眼りゅうがん大の赤い薬丸が四つ現れ、芳醇ほうじゅん薬香やっこうが漂った。その香りを嗅いだだけで、たちまち元気がみなぎった。

 老人は経験豊富な人物だった。すぐにこの薬が極めて貴重なものであることに気づき、韓立に繰り返し礼を言ってから、他の者たちと共に服用した。

 薬丸が腹に入るやいなや、熱い流れとなって体中に散らばり、たちまち傷が大きく軽減したことを感じ取った。心中、さらに大きな喜びに包まれた。


「行くぞ。ここに長く留まる場所ではない。黒煞教こくさつきょうの援軍が来れば厄介だ」韓立は捕らえた小親王と王総管の二人を一瞥し、沈んだ声で言った。

 蒙山四友が異論を挟むはずもなく、二人の捕虜を神風舟に放り込むと、韓立は彼らを乗せて舟を飛ばし、疾走しっそうさせた。


 破廟の上空は再び静寂を取り戻し、ここで激しい修仙者の戦いが繰り広げられたことなど、誰にも気づかれないようだった。


 ---


 韓立たちは何事もなく秦宅しんたくに戻り、住まいの上空から直接降り立った。

 夜長夢多よながむたを恐れ、韓立は少し休むと、すぐに夜を徹して小親王と王総管の尋問を始めた。

 韓立は小親王本人だけを自ら尋問し、王総管は蒙山四友らに引き渡した。黒顔の老人の老練さをもってすれば、満足のいく答えを引き出せるだろう。


 修仙者に真実を吐かせることは、他人にとっては面倒なことかもしれない。しかし、迷魂めいこんの術を少し心得ており、薬物の道に精通する韓立にとって、それはまったく問題ではなかった。特に相手の境地が自分とはるかに隔たっている場合にはなおさらだ。

 小親王は当初、口を絶対に割らないという態度を示していた。しかし韓立が淡々と問題を一度尋ね、相手が協力を拒むと、ためらわずに薬水を一瓶、無理矢理飲ませた。結果、小親王はぼんやりとし、精神は幻惑の世界へと陥った。


 その後、韓立は普通の迷魂術「幻色眼げんしきがん」を用い、容易にその精神を掌握した。以後、韓立が何を尋ねても、小親王は操り人形のようにすべてを素直に答えた。

 小親王の話を聞きながら、韓立の表情は次々と変化した。最初の厳粛で冷たい表情から、中盤の驚愕、そして最後には困惑と鬱屈うっくつの色へと変わっていった。


 小親王が心に秘めていた秘密をすべて吐き出したことを確認すると、韓立はしばらく考え込んだ。そして懐から用意しておいた黒い薬丸を取り出すと、無表情で彼の口に押し込み、それ以上一目もくれずに部屋を出て、蒙山四友のいる清音院せいおんいんへと向かった。

 その「断魂丹だんこんたん」は、彼に音もなく死をもたらすものだった。

 抵抗もできない者を毒殺することに、韓立の心は少しばかり不快だった。しかし、小親王が魔功まこうを修めるために十数名もの修士の生贄いけにえを用いた事実だけをとっても、彼の死は決して冤罪えんざいではない。


 清音院に着いた時、ちょうど蒙山四友は重苦しい面持ちで集まり、聞き出した口供について話し合っていた。韓立が来るのを見ると、一同立ち上がり、主座へと迎え入れた。

 韓立は辞退もせずに座ると、口を開いた。

「どうだ? あの王総管は何か話したか?」


 蒙山四友は互いに顔を見合わせ、長兄である黒顔の老人が立ち上がって答えた。

「先輩もすでにご存じかもしれませんが、もしこちらの口供に嘘がなければ、事態は少々複雑のようです」

 そう言いながら、老人はこっそり韓立をうかがった。しかし韓立の表情は普段と変わらなかった。

 老人は言葉を選びながら、覚悟を決めて続けた。

「この王総管から、黒煞教に関する多くの情報を聞き出しました。しかし、重要でないものはともかく、一つだけ極めて重大かつ厄介なことがあります。なんと、あの黒煞教の教主きょうしゅは、皇城こうじょう大内だいだいの中に潜んでいるのです。しかも、現在の越国えっこくの凡人の皇帝は、すでに教主の操り人形と化し、傀儡かいらいとなっています。今や皇宮こそが黒煞教の本拠地なのです。そして、皇宮の大内総管だいだいそうかんを務める、李破雲りはうんという宦官かんがんこそが黒煞教の教主です。どうやら、今は閉関へいかんして修行中とのことです」

 黒顔の老人はそう言うにつれ、眉をひそめた。全くもって厄介極まりない! 修仙者が凡人を見下そうとも、凡人世界の最高権力者に対しては、やはり幾分かの懸念を抱かざるを得なかったのだ!


 この話を聞いた韓立の表情は変わらなかったが、心の中では同じく深いため息をついていた。

 彼が皇帝に対して何か畏れを抱いているわけではない。ただ、現在の越国の皇室が、実は七大派が共同で擁立ようりつしたものであることを深く理解していたからだ。

 だが、それゆえに各派には不文律があった。七派の門下生は皇城に半歩も踏み入れてはならない、というものだ。これは、いずれかの派閥が勢力を背景に皇室を操り、他の派閥に不利をもたらすことを防ぐためである。

 そのため、数百年来、越国の皇城の中には七派の弟子の影すらなかった。越国皇帝が七派に対する大罪を犯さない限り、七派は完全に自由放任の態度を取っていた。おそらく、この隙間を突いて黒煞教が入り込んだのだろう。


 韓立のこの思案は、小親王から実情を聞き出した時点で、すでに何度も何度も繰り返し練られていた。それでも、どうすべきかの決断はつかなかったのだ!

 この掟はあまりにも長く続いている。たとえ自分が黒煞教教主の正体を暴いたとしても、皇城への侵入という行為が、功罪相償こうざいあいつぐなうと認められる保証はない。功など認められず、かえって厳罰を食らう可能性すらあった。

 このような理不尽で腹立たしいことは、七大派という長い歴史を持つ門派の中で、決して珍しいことではなかった。

 時には、ある掟の権威は、事の是非をはるかに超えており、少しも犯すことができない。韓立はこれを深く懸念していたのだ!

 彼は、骨折り損のくたびれ儲けになるようなことはしたくなかった。


 しかし、言い換えれば、これほど容易に黒煞教の首領の正体を知り得たことは、韓立の予想を大きく超えていた!

 とはいえ、これは偶然の賜物でもあった。小親王から聞いたところによれば、黒煞教の築基期の壇主だんしゅたちでさえ、教主の顔を見たことはなく、その素性を全く知らなかったのだ。

 彼ら二人が黒煞教教主の正体を知る数少ない者のうちの二人であったのは、王総管と小親王が教主と特別な関係にあったためだ。

 一人(王総管)は教主の従兄いとこであり、彼に救命の恩があった。もう一人(小親王)は教主の唯一の記名弟子きめいでしであり、深く寵愛され信頼されていた。この親密な関係ゆえに、彼らは教主の正体を知ることができたのだ。

 さもなければ、この広大な越京城えっけいじょうの教務を、彼ら二人の煉気期の教衆が取り仕切るはずがなかったのである。


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