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盗人猛々しいですよ、天上院さん!  作者: null
一章 女神ですよね、天上院さん!

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女神ですよね、天上院さん!.4

 その後、天上院さんの口利きのおかげで、私はすぐに替えの長袖シャツを手に入れた。


 汚れ一つない純白の布地。まるで天上院さんの白い肌を模したようなそれは、私のサイズにぴったりだった。


 シャツを更衣室に運んできてくれた天上院さんは、あろうことか、私と一緒に次の授業に遅刻してくれた。


 普段は遅刻や私語にうるさい先生も、天上院さんが口にした、「先生の手伝いで遅れてしまって…」という言葉一つで何事もなかったかのように授業を再開した。こういうところもやはり、他の生徒とは一線を画するところだ。


 無事に一日の授業が終わると、天上院さんは真っ先に私の席まで来てくれて、「お返しになられるのはいつでも構いませんから」と私にしか聞こえない小さな声で教えてくれた。


 本当に気遣い上手で、大人びた人だ。クラスで動物みたいにはしゃぐ男子や、高い声でなんでもかんでも『可愛い』と誉める女子とは大違いである。――まぁ、私とはもっとかけ離れているのだが。


 次の日、私は誰よりも早く学校へと到着した。理由は、天上院さんから借りたシャツを直接彼女に返すためだった。


 天上院さんは学園のすぐ隣に家があるだけあって、毎朝、誰よりも早く学校に着いていると聞いたことがある。そうして、花壇の花々に水をやったり、教室の掃除をしたりしているというから、どこまでも聖人じみた人である。


 絵に描いたように出来た人間である天上院華。そんな彼女に目をかけてもらっていることは、私の平平凡凡とした人生において、最も輝かしい時間のような気がしていた。


 あわよくば、天上院さんが教室を綺麗にするお手伝いができれば――そんなことを考えながら昇降口に入り、階段を足早に駆け上がって教室に足を踏み入れる。


 触らずとも分かる、ふわふわの黒髪。すらりと伸びた手足と背筋。


(天上院さん…!)


 机の上を拭きあげているところなのか、天上院さんは机が乱立する教室の中心に立っていた。


 ちょうど窓から差し込む朝日が影を作っている辺り…あぁ、私の席だ。


 日陰者の机すらも黙々と綺麗にしてくれているのだろうと思うと、私は何とも言えない気持ちで胸がいっぱいになる。


 神様に愛されている女性が、その神々しい指先で庶民の机の埃を払う。なんて甘美で罪深い刹那なのだろう…!


「天上院さん、おはよ――」


 私は、彼女が驚くかもなんてことも考えず、珍しく大きな声で挨拶をしようとしていた。しかし、弾かれたように振り返った天上院さんの鋭く、冷え切った眼差しに息が詰まってしまった。


 獣が自らの縄張りに入られたときに見せるような、敵対的な表情。およそ天上院さんには似つかわしくない威圧感がそこにはみなぎっていた。


「…小森、さん。おはようございます」


 声をかけてきたのが私であることに気づいた天上院さんは、ぎこちない微笑みを浮かべながら、さっと自分の背後に左手を回した。


(今…何かを隠した…?)


 白い、残像が見えた。そう、まるでシャツのような…。


 一瞬、埃っぽい静寂が流れた。私と彼女の間には流れたことのない空気感だった。


 私はどうにか声を振り絞り、「お、おはようございます」と挨拶を返したのだが、天上院さんは間髪入れずに、「小森さんがこんな時間に来られるなんて、珍しいですね」と早口で紡いだ。


「は、はい…その、天上院さんからお借りしたシャツを早めに返したいと思って…」


 正確には天上院さんの物ではないのだが…彼女が自分に返すよう言ったのも事実だ。


「そうですか…急がずとも構いませんのに」


 ふっと口元を綻ばせた天上院さんは、いつも通りの姿に見える。その眼差しが凍りついた薔薇のように感じたのは勘違いだったのだろうか?


 私はどうしてか拭い切れない疑問から、動けずにいた。いつもなら、こういうときに自分から距離を詰めてくれる天上院さんも、今は微動だにしない。


 鞄からシャツを取り出し、じっと天上院さんを見つめる私と、それを視線で射止めるように見やる彼女。


 なんだか、動いてはいけないような気がした。でも、他の同級生がやって来て、私たちのやり取りについて尋ねられることのほうがよほど面倒なことになると考え直した私は、珍しく自分のほうから天上院さんに近寄った。


 すると…。


 ばっ、と天上院さんが後ろ手に何かを動かした。


 ぎこちない微笑みが、ぴくり、と動く。


(天上院さん…?)


 不可解な行動のために、私も足が止まる。ただ、ちょうど、手を伸ばせばシャツを渡せる距離だった。


「あの…」と綺麗に畳んだシャツを天上院さんに差し出す。


「…丁寧にありがとうございます。小森さん」


 ふっと、微笑む天上院さん。でも、やっぱりどこかぎこちない。


 私はぺこり、と頭を下げて、一度教室から出た。そうしないと天上院さんが動き出させないと思ったからだ。


 ――私のシャツを盗んでいたのは、天上院さんなのではないか?


 ほとんど直感的な疑いだった。確証があるわけではないし、ありえないことでもあった。


 でも、しばらくして教室に戻った私の席に、今日はいつものように盗まれたシャツが置いていなかった。


 置けなかったからではないかと思った。彼女自身も、自分の行動の不審さに気がついていたのではと…。

次回の更新は明日となります。

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