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盗人猛々しいですよ、天上院さん!  作者: null
五章 知りたいんです、天上院さん

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知りたいんです、天上院さん.2

 非常に、非常に腹が立った。それこそ、週をまたいで天上院華の顔を見ても、苛立ちが巻き起こるくらいには。


 あの勝ち誇った顔、微笑み、言葉。


 (何が『清廉潔白』『小狡い真似は許しません』だよ。変態で犯罪者のくせに!)


 自分のことを棚に上げて、つらつらと私のことを分かったふうに語る天上院華。腹が立たないわけがなかった。


 視線だとか、誘っただとか…。荒唐無稽なことで自分の違法行為を正当化しようとしている天上院華のことが許せなかった。だが、一方で、彼女の言わんとすることのいくつかは事実なのかもしれないとも考え始めていた。


 天上院華がやばい人間だと知る前、私は確かに彼女に憧れていた。視線だって…向けていたことだろう。


 そもそも、彼女を前にして、その輝きに魅了されない人間というのが実在するのだろうか?あんなにも美しく、貴い存在に。


 家に帰っても、学校にいても、私は天上院華のことを考える日々を繰り返していた。誇張無しに、彼女のことを延々と考えているせいで一睡もできない日もあった。


 自分のリソースの多くを天上院さんに割きながら、どうして自分がこんなことをする必要があるのかと馬鹿らしくなるときもある。そういうときは決まって、もう二度と彼女と関わらないでおこうと結論づけるのだが、あの日以降、私に対して簡単なボディランゲージ程度しか行わなくなった天上院さんに対するモヤモヤで、長くは続かなかった。


 学校だけではなく、家庭でも天上院さんからは逃げられなかった。妹の瀬里奈だけではなく、母までもが度々彼女の名前を出すのである。『天上院さんは次、いつ来られるの?』とか、『今度はもっと得意なお菓子を作っておかなきゃいけないわ』とか。


 そうした日々を、おおよそ一カ月も続けていれば、自然と目元にはクマができた。熟睡できる日なんて、一日たりともなかったのである。


 そのうち、私はこの名前のつけようのない感情にも怒りを覚えるようになった。これのせいで、私は苦しんでいるのだ、なんで名前ぐらい名乗れないのか、と。


 そしてある日、ふと自分の頭によぎったアイディアによって、その感情は日の目を見ることになったのだが、そのアイディアは、本当に天啓の如くこの脳みそに舞い降りた。


 しかし、その考え自体、悪魔がもたらしたものなのか、それとも、天使がもたらしたものなのかは、分からないとしか言えまい。


 


 「あ…」


 私は天才的な閃きを覚え、思わず声を漏らしていた。


 別に、天上院華の奇行の理由を知りたいのであれば、何も私が私の気持ちとやらと向き合う必然性はない。単純に、同じようにやってみればいいのだ。


 プールの授業終わりに、彼女の服を盗み、彼女の前で嗅ぐ。


 そうすれば、天上院さんが何を考えていたのか想像できるかもしれない。される側の気持ちを理解させるという、懲らしめの意味でもナイスアイディアだ。


 それに実効も簡単なことだ。プールの途中にお手洗いか何かに行って、隙を見て自分のバスケットに放り込んでおけばいい。…あぁ、きっと天上院さんも同じ方法で私の服を盗んでいたのだ。


 どうしてこんなにも簡単なことが浮かばなかったのか。盲点だった。


 睡眠不足で深い思考力を失っていた私は、その天啓に心を躍らせた。ようやく眠れない日々に終わりが来る、とスキップしたい気分にすらなった。


 私はすぐに実行した。


 25mを往復して泳いだ後、できるだけ自然な流れでお手洗いのフリをしてその場を離れる。そして、誰もいない更衣室に移動すると、天上院さんの着替えが入っているバスケットに手を突っ込んだ。


 ハッキリと言おう。興奮した。心臓は暴れ馬のようにあちこちぶつかっていたが、それがまたドーパミンの分泌を加速したように感じた。


 制服を押しのけ、真っ白なシャツを手に取ろうとした。だが、そこで私は思いもよらぬものに視線を奪われる。


 純白の、下着。天上院さんの…あの豊かな胸を覆い隠している、品のあるデザインの…。


 ごくり、と思わず喉が鳴った。バスケットの中から漂ってくる甘い香りでくらくらする頭は、私の許可なく、それを手に取らせ、そのまま自分のバスケットに放り込ませた。


 なんて大胆なことをしているのだろう、と振り返ることもなく、授業に戻る。


 その後の授業のことは、ほとんど覚えていない。何度となくクロールやら背泳ぎやらで水面を行き来したはずだが、それらは一瞬にしか感じられない時の流れにさらわれ、気づけば、授業が終わっていた。


 私はドキドキしながら、誰よりも遅れて更衣室に戻った。このあたりから、『ちょっとまずいかも』と考え始めていたが、ちらりと横目にした天上院さんが珍しく狼狽した様子を見せた後、ハッとした感じでこちらを振り向いた、その顔を見たとき、不安は消し飛んでいた。


 天上院華が、顔を赤らめ、形容し難い表情で私を見つめている。


 初めて先手を取ったと思った。やってやった、どんな気持ちだ、と爽快な気分になった。


 のんびりと着替えて、クラスメイトたちが更衣室から出て行くのを待つ。誰もいなくなってから、私は天上院さんを振り返り、腕組みして私をじっと見つめる彼女の元へと移動する。いつもとは逆である。


 「…澄香」


 ちょっとだけ呆れたような声音。よくもまぁ、そんな声を出せるものだと思う。仕返しを受けただけではないか。


 「どうかされましたか?天上院さん」


 私がわざとらしく猫撫で声を出してみせれば、ぐっと、彼女は言葉を詰まらせた様子を見せた。


 「……なるほど、いつものお返し、というわけですか」


 「ふふっ、そういうこと」


 ようやくマウントが取れたと、悪戯っぽく微笑む私。


 「どう?服を取られる気分は。たまらないでしょ」


 「…まぁ、そうですね。こんなことで誇らしげになっている澄香を見ていると、たまらない気分にされますね」


 そういうことじゃないけど、と文句を挟みかけるが、彼女の顔が赤らんでいることから悔し紛れの言葉らしいと直感し、私はそのまま不敵に続ける。


 「思ったんだよね、私。天上院さんの気持ちが知りたいなら、何も私の気持ちを考え続ける必要なんてないって。同じことをすれば、どんな気持ちか想像できる可能性が高いもんね」


 「……それで?」


 「ふふん。ずばり、この感じ、相手より優位に立っているぞーっていう気持ちを味わいたかったんでしょ!」


 意気揚々と人差し指で天上院さんを指す。私なりに、今の自分の昂揚感から、この解答は正解に違いないという確信があっての発言だった。


 しかし…天上院さんは額に手を当てると大きなため息を吐き、抑揚のない声で私に言った。


 「こんなことを言いたくはありませんが……澄香、どうしたのです?今日は知的指数がいつもの半分ほどまでに下がっていませんか?」


 「はぁ!?」


 突然に煽られて、ついつい大きな声が出る。


 天上院さんはメリハリのある体つきを誇示するみたいに腰に手を当てて胸を張ると、淡々とこんなことを言ってのけた。


 「相手より優位に立つ…申し訳ありませんが、私はスクールカーストにしても、総合学力にしても運動にしても…美人、という意味ではルックスでも、澄香より上位の存在です」


 「なっ…」


 なんてことを言うのだろう。私は目を丸くする。


 「し、失礼な!全部本当のことかもだけど、さすがに失礼すぎるでしょ!」


 「こんなことを言わせたのは、澄香の情けのない推論です。――あぁ…可愛い、という意味では澄香のほうが上ですよ」


 「そんなとってつけたフォロー要らないし!」


 天上院さんは私の反論を悲しいものを見るかのような目で聞いていた。そして、ひとしきり言葉の雨を浴びた後、肩を竦めた。


 「…まぁ、とどのつまり、澄香の立てた仮説は大外れです」


 「だ、だったら、どういうことなの!もう、分かんないよ!」


 私はたまらなくなって叫んだ。睡眠不足の頭は、自分で考えるということを放棄し、この憎たらしい元凶に救いを求めることも厭わなくなっていた。


 「天上院さんの気持ちなんて分かんないよ!自分のだって、よく分かんない。こうかもしれないって思ってみても、誰も採点してくれないじゃん!…もうさぁ、私、しばらくまともに寝てないんだよ…?」


 誰でもいいからどうにかしてくれ、と半ば投げやりな気持ちで天上院さんを下から見上げたところ、天上院さんがさっと口元を隠して顔を赤らめた。なぜこのタイミングで赤面したのかも、私には微塵も分からない。


 天上院さんはしばし沈黙したかと思うと、視線を右往左往させた。何か迷っている様子である。


 そのうち、次の授業が始まったことを知らせるチャイムが鳴った。しまった、と思ったが、動き出そうとした私に対し天上院さんが、「授業なんて後回しで構いません。口添えなら私がします」と早口で言ったのでその場に留まることにした。


 「…的外れの推論でしたが…確かに、そうですね、悪くはない方法だったのかもしれません」


 「そ、そう?でも、分かんないよ…」


 一歩、天上院さんが足を踏み出し、私との間合いを詰めてきた。


 塩素の臭いに混じって、天上院さんの良い匂いがする…。


 「それはきっと、最後まで検証を終えていないからです」


 「最後、まで?」


 黒曜の瞳に貫かれながら、私は小首を傾げる。天上院さんは浅く何度も頷いた。


 「そうです。そう。私は、盗むだけで終えていませんよね?」


 「あ…」


 私は彼女の言いたいところを悟った。


 その瞬間、全身の血液が沸騰するかと思うほど体が熱くなった。


 「いや、その、あのさ、天上院さん、それは、さすがに恥ずかし――」


 「知りたくないのですか?」言葉を遮る天上院さんは、どうしてか息を荒げている。「ここまでされたのです。きっと生半可の決意ではなかったでしょう。でしたら、その勇気に報いるべく、もう一歩、踏み込むべきではないですか?」


 そう言いながらぐっと、天上院さんのほうが私のほうに踏み込んでくる。


 距離はほとんどない。水着一枚、制服一枚。たったそれだけだ。湿り気で私の制服も濡れてしまいそうな距離。


 「…私の、中に」


 熱っぽい視線は、寝不足気味の私の頭と心を麻痺させた。


 私は天上院さんのほうを向いたまま後退すると、バスケットの中から彼女の白いブラジャーを手にして、再び同じ場所まで戻った。――いや、正確には、体がかすかに触れ合う距離に、一歩踏み込んだ。


 天上院さんのブラックダイヤみたいに綺麗な瞳を真下から覗き込む。


 「す、澄香、さぁ…」


 彼女の声に操られるみたいに、勝手にこくりと頭が頷く。


 そのままゆっくりと、私は手にした天上院さんの下着を顔に当てた。


 破裂しそうな鼓動音。それは私の内側からと、彼女と触れ合う胸の先からも聞こえてきていた。


 すぅ、と大きく息を吸い込む。


 脳髄が痺れる甘い香りが、私の全身に広がり、支配する。


 心と体がとろんとしていくのが分かった。狂おしいまでに幸せな時間の降臨だった。


 息を荒げながら、何度も何度も深呼吸する。


 顔が熱かったし、なんだか、目頭が熱くなるような感じもした。


 不意に、こらえきれなくなったみたいに天上院さんが私の髪や頬に触れる。


 「澄香…澄香、あぁ…可愛いです。その瞳で、もっと私を見て下さい。澄香」


 天上院華。


 私の、憧れの人。


 綺麗で、いつも真っすぐ背筋を伸ばして歩いていて、自信に満ちながらも慈愛に満ちた振る舞いを絶やさない人。心も目も澄んでいて、声も酷く透明で、髪も艶やかで…満月みたいな人。眩しい青い光。決して届かないと分かっていても、心が手を伸ばさずにはいられなかった人。


 気づけば、私の瞳からぼろぼろと涙がこぼれていた。その理由も分かっていた。とうとう私は自分の心に触れたのだ。


 「好き…」


 開け放たれた箱から、とめどなく、生まれて初めて気づかされた感情があふれ出してくる。


 「好き、好きなの…天上院さん…好きぃ…」


 本当はずっと前から知っていた。でも、知らないフリをしていた。目を背けていた。理解したところで、虚しいだけだと思っていたから。


 「やっと、言ってくれましたね…」


 天上院さんの、心の底から嬉しそうな呟きを耳にして、全身が粟立つ。


 「待っていましたよ、澄香。もう、素直になれない人なんですから…」


 「うぅ…好き、好きだってばぁ…」


 自分の腕なのに、自分のものじゃないみたいな感覚で、私は天上院さんの体を抱きしめる。


 「ちゃんと分かったから、言えたから、この前みたいにして、天上院さん…」


 「――はい。はい、澄香」


 天上院さんはすぐにでも私にキスをしてくれた。今度は私の部屋でしたものとは違って、ぬるりとした舌の感触があった。もちろん、別に嫌じゃない。それどころか、多幸感をもたらしてくれた。


 私たちは長いことそうしていた。酸素と湿気と、互いの息遣いとで、これが夢なのか、現実なのか分からなくなった頃、ようやく天上院さんは私を解放し、そして、照れ臭そうながらも幸せそうな顔で告げた。


 「私も好きですよ、澄香。順番が前後してしまって…ごめんなさいね?」

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