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盗人猛々しいですよ、天上院さん!  作者: null
二章 立派な犯罪ですよ、天上院さん!
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立派な犯罪ですよ、天上院さん!.5

 やはり、天上院華は女神の皮を被った変態である。


 それが私の出した結論だった。


 彼女が私のシャツを使って(それ以前はリボンタイで我慢していたらしい)変態的行為に勤しんでいたことを知ってから、早一か月。天上院さんは私の都合など構わず、よくよく学校で絡んでくるようになっていた。


 更衣室でしてきたような言葉にするのもはばかられるような行動は、まず人前ではしてこない。さすがにそこまで腐ってはいなかったが、クラスメイトの死角だったり、下校間際の下駄箱だったりで、そっと指とか肩とかに触れてくることは多かった。


 誰かに気づかれることを恐れた私は、視線だけでしばしば天上院さんを咎めた。だが、暖簾に腕押し。天上院さんは私のそうした視線すら嬉しそうに頬を綻ばせるだけだった。


 最近になって、私と天上院さんが仲良くなったことを指摘するクラスメイトも増えた。その多くが、どうして私のように地味な人間が天上院さんと…と不思議がるものだったが、一部では私をよく思わない声があることも知っている。


 面倒事に巻き込まれるのはごめんだ。私は、自分が悪意の元に何か酷い目に遭ったとき、ぐっとこらえられるほど強い人間ではないという自覚があるからだ。


 それを考えると、天上院さんが悪意で私を困らせていないことはなんとなく理解していた。だが、だからといって看過できる状況ではない。


 できるだけ、天上院さんと関わらないようにしよう。


 そんなふうに心に決めていたのだが、天上院さんの執拗さ、狡猾さというのは私如きでは太刀打ちできないもので…。




「まぁ、これからお帰りですか?小森さん」


 放課後、家に帰ろうと下駄箱に足を踏み入れた私の前に、天上院さんが死角から現れた。


「……げ」


 草むらから飛び出してきたみたいに、唐突なエンカウント。私目線では酷い偶然に見えないこともないが、おそらく、天上院さん側からすると計算されたものだろう。そうとしか考えられないくらい、こういう邂逅が多いのだ。


「こう言うと、傲岸不遜だと思われそうですが…私と出会って、『げ』なんて言葉を口にするのは小森さんくらいのものですよ?」


「…そうですか」


 ジョークを受け流し、外履きに履き替える。そうすれば、天上院さんはまたコロコロと笑いながら勝手について来て、隣に並んだ。


「いつぞやのように、砕けた口調で言葉を交わしてはくれないのですか?」


「冗談。そんなこと私がしてたら、周りからどんなこと言われるか分かりませんから」


「それならご安心を」と天上院さんは珍しく、不敵に微笑んだ。「私絡みで小森さんが何か不利益を被ったそのときは、全力でお守り致します」


 歯の浮くような台詞なのに、初夏の風を追い越しながら歩く天上院さんが口にすると…とても様になった。


 安心しかけている心に平手を打って、私はあえて淡白な態度を装う。


「それは頼りになりますね。でも、ご心配頂けるくらいなら、そもそも私と距離を置いてくれませんか」


「…随分と率直な言葉ですね」


 語調が弱々しくなったから、どうしたのだろうと天上院さんを横目にしてみる。すると、彼女はわずかに顔を歪め、悲しそうに私を見つめていた。


 まるで、傷ついていると言わんばかりの様子に、私は胸のモヤモヤを感じて口をつぐんだ。


 私の気持ちとか都合なんて、何も考えていないくせに。


「…少し前までは、私と仲良くできて嬉しく思ってもらえている…そんな感じがしていたのですが…」


「それは、私のシャツを盗んでるのが天上院さんだって知らないときのことですよね。あのままだったら、もちろん、私だって…」


 ふと、その先の言葉が天上院さんを喜ばせるだけだと気付いて、私は咳払いによって続きを誤魔化した。


 そうすると、天上院さんも肩を竦めて微笑み、「仲良くなりたいと思っているのは、今も変わりません。あのときの私の言葉、嘘ではなかったのですよ?」と囁き声で言ってのけた。


 あのときの言葉――『小森さん、教室では物静かで、話す機会がなかったものですから…。これを機会に仲良くなれて、嬉しく思います』というものだろう。


(だから、私だって…あのときは本当に嬉しかったのに…!)


 まさか、それが天上院さんの倒錯的な趣味嗜好を満たすための布石だとは、一ミリたりとも考えていなかったのだ。いや、誰が考えられるだろう。


 美しく、尊いガラスの塔になるはずだったものを先に壊したのは、天上院さんだ。それなのに、彼女はまるで私がそれを拒んでいるかのような言い回しをする。それは納得できなかった。


 正直、私は夢想していた。天上院華と仲睦まじくなれる未来を。


 それがどれだけ甘美な幻だったのか……彼女のように恵まれた人間には分かるまい。


 天上院さんへの不満を心の中でぐるぐるかき混ぜていた私は、思わず、じろりと彼女を睨んでしまっていた。


「…何か言いたげですね。どうぞ、お聞かせ下さい。小森さんの心の内を」


 どうしても綺麗に響く、天上院さんの声。それが今は、不思議と気に入らない。


「別に、何もありません。――私、あっちですから。お先に失礼します」


 天上院さんの家は学園のすぐそばにある。一方の私は、歩いて十五分ほどかかる辺りに住んでおり、他人との距離が近すぎる交通機関が嫌いだったので、ずっと徒歩で通学していた。


 そうして分かれ道の先を示した私に対し、天上院さんは困ったふうに目を細める。


「口にするつもりはないと…そういうことでしょうか」


「何でもないと言ったんです。こうしてると、他の人に聞かれますから。もう、行きますよ」


 言うや否や、私はスカートを翻して進もうとした。


 ところが…。


「お待ち下さい」


 声を発した天上院さんが、携帯を片手に駆け寄ってくる。


「土曜日、何かご予定は?」


「明日?いや、別に…」


 なんだ、この質問。


 天上院さんは少し安心した様子で頷くと、何の脈絡もなくこう告げた。


「では明日、小森さんのご自宅に伺ってもよろしいでしょうか?」


「……は?」


「大丈夫です。小森さんの個人情報にはお父様のパソコンからアクセスできますから、お家まで迷うことはありません。お手間はかけさせませんよ」


 個人情報に勝手に触れられることの何が大丈夫なのか?というか、今の話の流れでどうしてそうなる…。


「て、天上院さん?意味が分からないんですけど」


「お伝えしましたでしょう?仲良くなりたいと言ったのは本当だと。友だちと言えば、お家に遊びに行くのが鉄板なのではないですか?」


 先ほどまで、少し落ち込んでいる様子だったのに、蓋を開けてみるとこれだ。とどのつまり、自分勝手である。


 さすがの私も怒りを通り越して呆れを覚え、大きなため息を吐く。


「はぁ…いや、ダメですよ。ダメ」


「え?どうしてでしょう?ご予定はないのに?」


 想像しろ、と私は目尻を吊り上げる。


「自分の胸に手を当てて聞いてみて下さい。普通、自分の私物を盗んでくるのに堂々としている人間を家に上げたりしませんよ」


「あぁ…」


 なんだ、そんなことかと言った感じがムカついて、何か反論を重ねてやろうと身構えた、そのときだった。


 ずいっ、と天上院さんが手にしていた携帯を私の前に突き付けてきた。


 一体何のつもりだろう、と画面を確認すると…。




『…良い匂い…』




 “天上院華”の刺繍が施されたシャツを着て、照れ臭そうに頬を赤らめている私…――の動画。


「っ…」


 思わず、絶句した。


 こんなものいつの間に撮っていたのだろう。角度的に…更衣室のどこかにカメラを設置して撮っていたとしか思えない。しかも、絶妙に動画をカットしているせいで、私が彼女の制服を着て悦に入っているように見えるではないか…!


「こ、こ…」


「こ?」


 可愛らしく小首を傾げる天上院さん。しかし、やっていることは犯罪者級。可愛くない。


「こ、ここまでするの!?私の家に来るために!?正気!?」


「ふふっ。小森さんの家に行くためではありません」


 リピート再生で流れる、不気味さで鳥肌が立ちそうな私の猫撫で声を耳にして、くらくらしながら彼女を睨む。


「小森さんの困ったお顔を拝見するためですよ。はい、その顔です」

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