おうじょうのおはなし
ウサギのラヴィとしてアイリスと一緒に過ごすようになって3日、私は片時もアイリスのそばを離れなかった。
アイリスがそうだったように、私が今から行くところは、母様が連れていかれたところ。
もしかして怖いところかもしれないと思うと、とても不安になる。
そんな様子もサポニスにはわかってしまうんだろうな。姿を隠してついてきているシルフが、
(大丈夫ですよ、お嬢様、いまのところお城には平和な空気が流れています。
人の悪意は感じられません)
と心の声で話しかけてくれる。
冒険者を束ねるエリックも、心配そうに私の様子を見に来てくれる。
いくら私のお願いでも、とても無謀なことだから心配しているのね。
アルス皇太子の一行は城へ無事に帰還した。
王命とはいえ、国の世継ぎである二人がそろって出かけるのは、極めて重要な事案であった。
無事に帰還できる保証のない旅路であったため、一同の到着に王城は大いに沸いた。
「ただいま帰還いたしました。
アルス、アイリス共に無事であります。」
王城の玉座には、王自らが皇子一行の到着を待っていた。
しかし、王妃も第二皇子もその場にはいなかった。
「おお、よくぞ戻った、して、森の主殿にはお目通りがかなったのかい?」
「いいえ、主殿は祈祷中ゆえに会えないと申されまして、代わりにサポニス殿が我らの相手をしてくださいました。」
「なんと、森の賢者様はそちらにいらしたのか。
まぁ、主殿には会えずとも、賢者様とのご縁ができたとなれば、僥倖ぞ。」
「はい、やはり森では主様と賢者様による統治が行われ、魔物、亜人種、そして精霊までもが平和に共存しておりました。」
「きょ、共存であるか?」
「ええ、父上、私共は、彼らとともに『食卓』を囲み、宴を楽しんでまいりました。」
とアイリスが答えた。
これには謁見の間にいた人々から、驚きの声が漏れた。
「して、どうであった。
その、森は我らを憎んではいなかった。
でよいのか?」
「はい、それどころか敵対の意思もなく、先日の盗賊団の一件も彼らの意思で住民を保護、盗賊の捕縛に協力したとのことでした。」
うむ……。
父王はしばらく考えた後、アカデミーの学者たちに招集をかけた。
今後、どのようにの竜の森と向き合うのか、考えるためだった。
「初代国王の時代には、竜の森との交流が活発に行われておった。
王族に子どもが生まれると、竜の森に洗礼に行くのだが……。
今ではもう、それも叶わなくなってしまった。」
「それでは父上も?」
アルスが父王に尋ねた。
「そう聞いておる。」
父王は、少し寂しそうな表情を浮かべていた。
「長旅、ご苦労であった。
今日はもう下がってゆっくりと過ごすがよい。」
「は、仰せのままに」
「ところで、そのウサギはなんじゃ。」
「この仔は森で出会って、今もともに暮らしております、ウサギの『ラヴィ』です。」
そう言ってアイリスは私を王様に渡そうとしたけど、私には母様を連れ去った王様が恐ろしく思えて、足をじたばたさせて嫌がった。
「なんじゃ、わしの元には来てくださらぬのか。」
と少しがっかりしていた。
「ふむ……よかろう、森に縁のある者じゃ、丁重に扱うように。」
こうして私は王様に滞在を許された。
私とアイリスが部屋に戻ると、侍女たちが待ち構えていて、お風呂に案内された。
いくら長旅でもお風呂がない生活は女の子には耐えられないものだったので、アイリスは喜んで侍女の世話になり、身体をきれいにしてもらった。
私も侍女たちにもみくちゃにされ、石鹸で泡だらけになった。
それからお湯で洗い流され、アイリスの湯船の隣に置かれた洗い桶に入れられた。
ふぁ~、なんて心地よいんだろう。
私は初めてのお風呂を楽しんでいた。
ドラゴンだった時は、うろこに汚れが残ることはなく、たまに湖で水浴びをするくらいだった。
だから、森に棲む亜人種の皆さんはお風呂に入っているだろうけど、魔物の私たちにはそのような習慣はなかった。
侍女たちは慣れた手際でアイリスを寝衣に着替えさせ、私をどうしようか考えあぐねていた。
びしょびしょの身体をぶるぶる振ってみた。
途端に水しぶきがお風呂場いっぱいに広がる。
もちろん侍女たちも水浸しになった。
(ご、ごめんなさい)と私は心で謝った。
それからは侍女たちがタオルで私をもみくちゃにした。
ある程度拭きとれたところでアイリスが魔道具に魔力を流し、そこからは暖かい風が出てきた。
『刻印魔法』
魔道具に刻まれた刻印に魔力を流すことで効果を発揮する。
サポニスが魔道具を作るときに使っている手法と教えてくれた。
体を乾かすと、私の身体はふわふわの毛玉のようになっていた。
アイリスが、「かわいい!」と言って、思わずぎゅっと抱きしめてくれた。
侍女たちにもなでなでされた。
私の手触りを楽しんでいるようだった。
アイリスは軽く食事をとり、今日はそのまま休むことにした。
私にはサラダが盛り付けられた皿が用意され、一緒に食事を楽しんだ。
それからアイリスは旅の日記をつけて、ベッドに入った。
私はアイリスの隣で丸くなって休んだ。