いじわるなやつ
王様から部屋から出てもよいというお許しを得て、アイリスと一緒に、お城の中庭できれいなお花を眺めたり、噴水の周りをぐるぐると回ってみたり、とにかくこの体になって、体を動かすことが楽しくて仕方がない。新しいお姉ちゃんと一緒に過ごせることが、心から嬉しくてたまらないの。
お城の中を見学していると、壁に大きな肖像画があった。そこには大きな白いドラゴンと、王様、お妃様、二人の皇子と皇女が描かれていた。
「この絵にはね、ドラゴンの姿のサニアお母様、つまり、あなたのお母様、そして、人の姿になったサニアお母様、お父様と私たち姉弟が描かれているの。」
「サニアお母様って、母様は王様に名前を付けてもらったの?」
「そうね、そこは私にも詳しくは教えてもらえないの。いずれお父様たちからお話があると思うの。」
「うん、わかった。」
少なくとも母様は魔物の王として討伐されたのではなく、ここでしばらくは人の姿で暮らしていたのだな。こうして肖像画にされているということは、ここでの生活も悪くはなかったのだと、少し安心した。
お城の中門から外門の間には、騎士たちの宿舎や練兵場、厩などの軍事の施設が並んでいた。そこでアルスは日課の訓練に励んでいた。
私たちの姿を見ると、騎士団長が慌ててやってきた。
「おはようございます、アイリス様。このようなところへお越しいただきまして、ありがとうございます。して、どのようなご用件で?」
アイリスが来るだけで、練兵場の士気が上がる。それほどアイリスは騎士見習の間では人気の的だった。
「アルスは今、ここにいるかしら?少しお話をすることがあって。」
「は、ただいまお連れいたします。しばらくお待ちください。」
「おい、殿下をお呼びしろ。アイリス様がお越しだと。」
「は、かしこまりました。」
私たちは騎士団長の部屋に通された。
しばらくして甲冑姿のアルスが現れた。
「やあ姉さん、こんなところまでやってくるとは、なにかあったのかい?」
「あなたに新しい妹を紹介しようと思ってね。この子が『ラヴィ』よ。」
「え、冗談はやめてくれよ、『ラヴィ』はウサギだろ、この子はどう見たって普通の女の子じゃないか。」
私は少しいたずらっぽくお兄様にあいさつする。
「ラヴィです。昨日までウサギをしていました。今日は女の子です。明日はドラゴンかもしれません。」
「ぷっ。やだぁ、この子ったら。でもね、本当の話なのですよ。」
「もしかして……。サニアお母様の?」
「そうよ、森の主様。その方でありますよ。」
アルスは慌てて臣下の礼をとった。その様子を見ていた騎士団長や部下たちも続いて臣下の礼を取る。
私は急に恥ずかしくなって、お姉ちゃんの後ろに隠れた。
「ああ、恥ずかしくなっちゃったのね、アルス、普通にお話をしてあげて。」
「その……。ラヴィでいいのかな?先日は身に余るご歓待を賜り……。」
私はお姉ちゃんの後ろでスカートをぎゅっとつかんで顔をうずめている。
「だから、そういうのはいいの。妹になったのだから、かわいがってあげて、ね?」
「ああ、ラヴィ、これからもよろしくね。」
私は少しはにかんで、差し出された手を握る。
「はい、これで紹介はすんだわね。騎士団長殿、そういうことだから、よろしく頼みますね。」
「は、承りました。」
団長の部屋を出ると、ソイツは急にやってきた。
「よお、誰かと思えば死にぞこないの兄貴じゃないか。」
「殿下、お控えくださいませ。ここは城内ですぞ。」
騎士団長が割って入る。
「なに、かまわぬさ、妹ができたと聞いてな。よもや俺様にたてつこうなんて思わんように、軽く挨拶でもと思ってな。」
「アルゴ、なんてことをいうの!」
「あぁ?魔導帝国の血を引く俺様に向かって、何を血迷っているのかな?姉上。それとそこのチビ、俺様に跪け。誰がお前のご主人か、教えてやらねばならぬようだな。」
私はプイってよこをむいてやった。そしたらアルゴは、
「来い、この獣臭いやつめ、お前は俺のものになるんだよ。」
そう言って私の髪をつかんで引っ張った。
「やめろ、アルゴ。」と言ってアルスが割って入る。すかさずアルゴは魔法で応戦した。
「エアバレット。」
私たちはお兄様もろとも後ろに吹き飛ばされた。
「だから、お前たちのような庶子の子が、偉大な魔導士の孫に勝てるわけがなかろう。もう俺がこの国の世継ぎだ。母親のいないお前たちは用済みなんだよ。」
「ファイアランス」とアルゴが魔法を唱えた。
それは私たちの前の地面に命中したが、爆風でまたも吹き飛ばされた。
アイリスが体を強く打ち付けて、意識がもうろうとしている。それでも私をかばおうと腕を伸ばしていた。
アルスは渾身の力で立ち向かおうとするが、立てなかった。
「お姉ちゃん」と言って気が付けば私の身体からは光のオーラがあふれ、
「竜のなみだ」の魔法を唱えていた。
「なんだチビ、やるのか?お前、ドラゴンみたいだな。ここでお前を討伐して、ドラゴンバスターの称号でももらおうか?」
「おまえ、お姉ちゃんをいじめた。許さない」
「ダークバインド」とアルゴは闇魔法を唱える。私に黒い帯がまとわりつき、生命力と魔力を奪っていった。
私の身体を不気味な黒い帯が巻き付いてきた。この様子を見たアイリスたちの脳裏に浮かび上がる、かつて自分たちを苦しめ、そして母の命を奪った闇魔法だった。
「やめて!」アイリスは叫んだが、その声は届かなかった。
私が気合を入れると再び光のオーラがあふれ出てきて、黒い帯は消滅した。
「効かない、そんなの効かないもん。」というと、今度は剣で切りかかってきた。
「ならば俺がこの手で倒してくれる。お前よりも強いことを証明してくれよう。」と言いながら、正面から向かってきたので、軽く受け流して、カイル直伝の「回転しっぽアタック」で反撃した。
アルゴは壁まで飛んでいき、衝突して気を失っていた。
「捕らえよ。」騎士団長の号令でアルゴは捕縛され、牢へ入れられた。
アイリスもアルスも、「竜のなみだ」で回復していた。
夢中になって気づかなかったが、私がドラゴンだった時のように、白銀の翼と白く輝くしっぽが生えていた。
ああ、サポニスとの約束を破ってしまった。この姿ではもう皆とは一緒に過ごせない。
私は目に涙をうかべながら、
「お姉ちゃん、無事でよかった。」
そう言ってここを離れたの。そのまま空を飛んでいた。
みんなと楽しく過ごした城の風景が、どんどん遠ざかる。もう戻れないかもしれない。
「お姉ちゃん、もっと一緒にいたかったよ…。」
私は泣きながら、そのまま飛んで森に帰った。
森に帰るとサポニスが
「お帰りなさいませ、お嬢様。」と声をかけてくれたけど、もう覚えていない。
チコおばちゃんのエプロンにしがみついて泣いていた。そのままわんわん泣いて、気が付いたらチコおばちゃんに抱かれて眠っていた。
「お嬢が泣いて帰って来たって?誰だ、そんなひどいことをする奴は。」
といつになく冷静なネルフが怒っていた。
「大丈夫ですよ。ちゃんとお嬢様はあの皇女たちを守り、しっかり反撃して帰ってきましたから。」
「え、城は無事なのか?お嬢がひと暴れすりゃ、街ごと吹き飛んでしまうだろうに。」
「そこは、この姿で助かりました。あなた方よりも少し強い程度ですから、死人は出ていません。それよりも、あの第二皇子ですよ。フランネル公国は魔導帝国から妃を得て、半ば傀儡国になっているようですな。」
「第一王妃は何者かに暗殺されたって噂ですぜ。」
「まぁ、だれがやったかは分からないでしょうが、何のためにならば、それは明らかでしょう。」
「第一王妃とその子どもたちを排除して国を乗っ取るおつもりなのでしょうが、少々アルゴ殿下はおつむが弱いと見えますな。」
ダークバインド、アルスは驚愕した。かつて母親の命を奪った闇魔法。当時は使い手がわからず、だれが母親を暗殺したかは不明のままにされていた。
目の前に母の敵の手がかりがある。そう思うとアルスはじっとしていられなかった。
「アルス駄目よ。王族同士での私闘は禁止されているし、王族は裁けないの。知っているでしょ?でも、さすがに今回はこのままではいられないと思うの。」
アルスはこぶしを握り、黙って耐えていた。
「あの魔法、見たでしょ?」
「ああ、間違いないよな。」
「それよりもラヴィちゃんよ。あの子深く傷ついているわ。」
「どうして、今回も俺たちを助けてくれたじゃないか。」
「あの姿では、もうみんなと一緒に居られないって。」
「でも、あの姿は俺たちを救ってくれた時のサニアお母様と同じ、竜人の姿だったよな。」
「そうよね、ちゃんとその話もまだできていないのよ。お父様からもね。」
「このままお別れするのも、なんだか申し訳ない気がするよな。」
「ねぇ、もう一度竜の森に行ってみない?もう危険がないってわかったから。」
「そうだね。」
「私たちにはラヴィに話さなければならないことがいっぱいあるの。サニアお母様のことだって、まだ話ができていないのだから。」
「父上に相談して、もう一度竜の森に行けるように頼んでみようよ。」
公国の姉弟は意気揚々と竜の森へと向かう手はずを整えるのであった。
今回の事態を受け、第二王妃と皇子アルゴは魔導帝国への帰還が命じられた。
私が目を覚ましたのは夕方。チコおばちゃんの家に寝かされていたの。
目が覚めて、台所に行くとナギおじさまがちょうど鍛冶場から帰ってきたところだった。
「おかえり、今日はお嬢様が来ているわよ。でもその姿にはちょっと驚くかもね。」
「まぁ、どんな姿だろうがお嬢には変わりないだろ?娘はかわいいもんだ。そうだろ?」
「こんばんは、ナギおじさま。お邪魔しています。」
「おお嬢ちゃん、これはずいぶんと……かわいくなったね。」
「竜人っていうみたいなの。この姿だとお洋服が着られるから、気に入っているの。」
「そうだね、今度うんとかわいいのを仕立ててあげるよ。」
「まぁ、おばさま大好き。」
いつもと変わらない家庭のぬくもりがそこはあった。
今夜は私の大好きなクリームシチューを作ってくれた。おじさまとおばさま、3人で食事をして、今日はここでおばさまと一緒に眠ることにした。