おしろについていきたい
玉座の間では、サポニスが待っていた。
「どうでしたかお嬢様、何かわかったことはありますか?」
「いいえ、特に怪しいところはなかったよ。本当に挨拶しに来ただけかもしれない。」
「王子様のほうはどうでした?」
「いや、特には、うっぷ、変わったことなどは、うっぷ。」
「護衛が酒飲んでいるとは、どうするのですか。」
「いやぁ、面目ない。
仲間とあれをやったのは久しぶりだから、皆で盛り上がってしまってな。」
とカイルが申し訳なさそうにしている。
「では、今回はこのままお引き取り願うということで、よさそうですね。」
「あのね、サポニス、お願いがあるんだけど。」
「はい、伺いましょう。」
「アイリスと一緒にお城に行ってはダメかな?」
「ダメ……。と言っても聞きませんよね?」
「はぁ~。お嬢の好奇心は止まんねえからな。
空の散歩だって、ホントは危なっかしくてな。」
「連れて行かれたお母さまが、その後どうなったか。
そもそもどうして人間たちはドラゴンに挑むのか。
いっぱい知りたいことがあるの。」
「サポニスの旦那、こうなってはもう、お嬢を止められはしやせんで。」
とカイルが言う。
「どうです、誰か連絡係でもつけて、一緒に行かせるってのは。」
とネルフが提案する。
「そうですねぇ、シルフ、お願いできますか?」
そういうと風の妖精のシルフがどこからともなく現れ、
「わたくしがお引き受けいたします。
わたくしの眷属、風の精霊たちが言葉を運んでくれるでしょう。
長老であれば、それを聞くこともできますでしょう?」
「ありがたい申し出です。
シルフのお力をお借りいたしましょう。」
シルフは私の頭の上に飛んできて、
「森の主様、わたくしがお供いたします。
なんなりと御用を申し付けください。」
「ありがとうね、シルフ。」
「いいですか、お嬢様。
今は非力なウサギの身体になっています。
魔力はそのままですが、今までのように戦闘はできません。
空も飛べません。これが何を意味するかお分かりですか?」
「アイリス殿下の庇護下になければ、無事には帰ってこられないということです。
このことを十分にご承知おきください。」
ああ、可愛がられるって、結構大変なことだったのね。
力を持たないものが生き残るには、守ってもらわなければならないからね。
かわいくて強い魔物……。
もしもそんな存在がいたら、きっと誰よりも恐れられるだろうな。
朝食は、皇子一行は宿営地で、私たち森の住民たちとはそれぞれ別々の場所で食べた。
朝はゆっくりと、それぞれの都合でという配慮だった。
やがて、旅支度が整い、アルス皇子一行は謁見の間で、今後の交流について話し合いを行った。
そもそも今回の訪問の目的は、この森は人間にとって恐ろしい場所であるという認識であったが、民を保護し、盗賊団を捕らえることに協力したことに驚いたからだった。
もしや我々と同じような文化のもとで暮らしているのではと思い、使節として訪れてみるのが一番ということで、姉弟そろってこの森に調査に来たということだった。
その間も私は仲良くなったアイリスの膝の上で黙って話を聞いていた。
アイリスは時々私を気遣いながら、やさしく撫でていてくれる。
ただ、森の主であるドラゴンの存在を確認することも、皇子たちの目的であったが、愚弟のしでかした蛮行に、腹が立っていた。
「どうかお気を付けて帰られよ、アルゴ殿下はどこかで襲撃の機会をうかがっているやもしれませぬ。」
「お気遣い、感謝いたします。この森を出たところからは、我が公国の支配領域なれば、先ぶれを出し迎えに来てもらうこともできますので。」
「エリックはいるか。」
「こちらに」
「エリック殿はサポニス殿とはお知り合いであったか。」
「ええ、我が師サポニスはわたくしに魔法を教授された恩師にございます。」
「なんと、サポニス殿は森の賢者殿でしたか。
知らぬとはいえご無礼の数々、ご容赦くださいませ。」
「いえいえ、もしも平和的に交流が深まれば、わたくしも公国のアカデミーには興味がございましてな。
いずれ訪れることもできましょうや。」
「エリック殿、聞いての通りである、街に先ぶれを出し、護衛を依頼できないだろうか。」
「アルス様の命とあらば、喜んでお引き受けいたします。」
それからサポニスの案内で、岩山の塔の周辺を見て回ったり、ここでは魔物や亜人種の間で争いが起きない理由について、話をしていた。
「つまり、森の主である竜の娘が平和で優しい森にしたいと願ったから、森は豊かになり、争いはなくなったと。」
「森が豊かで食料に困らないのであれば、それをめぐって奪い合いはなくなりますからな。
ただし、この森が平和と調和のバランスが保たれていることが条件なのです。
この均衡を保っているのが、秩序の天秤なのです。」
「理想的な環境になっておられるのですね。」
アイリスが感心していた。
もちろん、腕には私がいるの。
「ただし、この森を守ることに関してはあまりにも我らは非力なので、武力を持ち、防衛力で国を守っております。」
「それが武に秀でた魔物の力ですね。
カイルさんたちやネルフさんたちの。」
「その通りでございます。
守るための武力は持たなければ、森とその主を守ることができませぬ。
しかし、武の力も大きすぎれば他への脅威となるでしょう。」
「ですから我々も、この森には畏怖の念を抱いておりました。」
「そう、それが目的なのです。
守るための武力は、決して使ってはならず、争いを避けるためのものに示すものですから。
力は使わずに影響を与えること、それこそが真の支配ですな。」
「武力は持っても守るためのもので、戦争のものではない、と。」
治政を学んでいるアルス、外交を学んでいるアイリスにとって、この森の賢者による授業はことのほか心に響くものであった。
風の精霊により、森の入り口に護衛が到着したことが知らされた。
「それでは無事のご帰還をお祈りしております。
そうだ、その仔も連れて行ってはもらえませんか。
ウサギの成りをしておりますが、知恵もあり、魔力もあります。
これから自らの進むべき方向を見出すために、少し世界を見せてあげようと思っておりましての。」
「まあ、よろしいのですか?
それで、この仔のお名前は?」
「魔物に属するものですので、名前はありませぬ。
では、アイリス殿下が呼び名を与えてくだされ。
名づけとは力のある者が配下にするものです。
なので、人が魔物に名づけすることはできません。
しかし殿下が好きにお呼びになるくらいはよろしいかと思います。
ほれ、この仔も喜んでおります。」
ウサギの姿の私は、驚いて目をまん丸にしたあと、嬉しくなってアイリスの手に鼻をすりすりした。
「そうねぇ、それではあなたは『ラヴィ』。
愛がたくさん降り注ぎますようにってそう名付けたいのだけど、いいかしら?」
もちろん私は心から喜んだ。
たとえかりそめの名でも、名前で呼んでもらえて可愛がってもらえるのは、ずっと憧れていたから。
アイリスに『ラヴィ』って呼ばれると、なんだか胸が熱くなった。
森の賢者たち一行は、護衛のいるところまで皇子一行を見送った。
「十分お気をつけください、アルゴ殿下が諦めずに次の刺客を差し向けるかもしれないので。」
「はい、心得ております」
エリックが手配した護衛に守られて、皇子たちは馬車に乗り、帰路についた。
もちろん、馬車の中でも私はアイリスの膝の上にいた。