おうじがきた
竜の森に入ったアルス一行は、森の中心にある岩の塔に向けて走らせていた。
森は彼らを受け入れるようにまっすぐに森の中心へと導いていく。
やがて森を抜け、開けた場所へ出るとそこは、大きな円卓のある食堂、謁見の間への扉があった。
アルスとアイリス、数名の従者は謁見の間に通され、残りは食堂にて歓待を受けていた。
馬には水や飼葉が与えられた。
サポニスが一同へ挨拶をする。
「よくぞ遠路をお越しいただきました。
こちらが森の主の謁見の間です。」
アルスはその大きさに圧倒された。天井までは20メートルもあろうか。
巨大な空間に広大な玉座。なるほど、ドラゴンが治めるだけあって、その玉座も巨大なのだなと。
扉から歩くこと約50メートル。
ようやく玉座に近づいたところではあったが、主の姿はなく、サポニス、カイル、チコおばちゃんとその腕には小さなウサギになった私が抱かれていた。
「せっかくの来訪、ありがたいとお礼申し上げるところですが、主は祈祷をしている最中でして、お会いすることはかなわないそうです。」
「そうでありますか。
ならば仕方がない。」
「なんでもアルゴと呼ばれる若者一行の不穏な動きに森が怒り出したため、鎮まるように主が森に祈りをささげておりましての。
秩序を乱すものを排し、平穏な森にもどるように祈られているのです。」
「なんと、我が愚弟のためでしたか。
とんでもない失態であります。」
アルスとアイリスは深々と頭を下げた。
「今日、我らは先日の窃盗団を捕らえる際に住民を助け、また捕縛に協力されたと聞き及び、お礼を申し上げに参った次第でございます。」
「それから、こちらの主はまだ若い女性と聞き及んでおりまして、できれば友好をと思い、こうして姉を連れて来たのですが。」
「そうでしたか、此度は主とはお目通りは、かないませぬが、良しなに申し伝えておきます。」
「どうか、よろしく頼みます。」
「長旅のお疲れもあることでしょう? 宴を用意してございます。
供の皆様には、先におもてなしをいたしております。」とチコが着座を促す。
「それからお姫様、わたしは料理の支度がございますのでその間、この仔をよろしくお願いします。」と言ってウサギになった私をアイリスに預けた。
そう、これよこれ。
私はウサギになったので、アイリスが私を撫でる手が、温かくて心地よく感じたの。
私はこうして人間に抱かれて、かわいがってもらいたかったのよ。
「まぁかわいい、わかりました。
この仔をお預かりいたします。
あら?この仔には不思議な魔力がありますのね。」
「ええ、希少な仔ですから、我々の間で大切に育てております。
なので、甘えん坊さんですので、一緒にいてあげてください。」
「はい、よろこんで」
そう言うと、チコおばちゃんは厨房へ向かった。
「よろしくね、かわいいウサギさん。」そうアイリスが話しかける。
もちろん、ウサギになった私は、今はまだ黙っていることにしたの。
「では皆の者、杯はいきわたったかの」
「こちらはフランネル公国第一皇子アルス殿下と第一皇女アイリス殿下である。
今日は遠路をお越しいただき、我らとの友好を望んでおられる。
竜の森もお二方を受け入れられた。
これからの良きお付き合いを願い、乾杯。」
「乾杯!」
アルスとアイリスは騎士として修業中だった。
訓練で魔物の討伐をしたことはあったが、それにしてもここには高位の魔物たちが集っていた。
いくら平和の交流とはいえ、二人とも恐ろしくてたまらなかった。
時々私の背中を、「ぎゅっ」としていた。
私は、「大丈夫だよ」という思いで、指先を舐めてあげた。
その様子を察知したのか、サポニスがカイルに何か話をしていた。
「さて、ここで竜の森名物、演芸大会といこうじゃないか。」
宴も盛り上がり、そろそろ余興をということで、まず名乗りを上げたのがカイル率いるオーガ軍団であった。
「こいつは酒を飲んでからだとできないことだからな、最初に一芸を披露して、そのあとは酒盛りだ。」
「ウオォー。」オーガの集団は雄叫びを上げ、士気を高める。
カイルの合図で重低音のドラムが打ち鳴らされ、それに合わせて8人のオーガが一糸乱れぬ剣舞を披露した。
はじめはゆっくりとしたリズムだったが、だんだんと早くなり、一同は高潮を迎えた。
本当に少しでも間合いが崩れれば腕が落ちていただろうと思われるほど、計算つくされ、息の合った剣舞であった。
観客は大いに沸き、オーガ軍団に惜しみない賛辞が送られた。
これにはアルスも大喜びだった。
それならばとサポニス配下のエルフの歌姫、アリアが森を讃える歌をうたう。
傍らでサポニスは、ライアーで伴奏する。
深緑の森に そびえたつ 大岩の塔の 懐に
秩序の天秤 治めんと 竜の娘は 何願う
森の恵みよ 豊かなれ 竜の娘が 請い願う
森の恵みは 豊かなる 平和と調和の ある限り
平和と調和の 源は 秩序の天秤 治めれば
竜の娘は 何願う 平和と調和よ 永遠なれと
やがて静寂を迎えた森には、美しい歌声と穏やかなライアーの音が響いていた。
アルス一行は広大な謁見の間で宿営することとなり、出立は明朝ということになった。
その日の夜は、本当に幸せだった。
ウサギの姿になっているので、お話はできなかったけど、アイリスに抱かれて、背中をやさしく撫でてもらった。
いっぱい話しかけてきたの。アイリスも心細かったんじゃないかな。
弟がいたとしても、強い魔物の中に入って、宴なんて。
きっと怖かったに違いない。
ネルフが話しかけたときには、私の背中をぎゅっとしたことが分かった。
私は「怖くないよ」というように、その腕をすりすりしてあげたの。
それから一緒に寝床に入って、朝まで一緒にいたの。
やっぱり眠れないよね。
時々起きて考え事をしていたから。
朝になって、アイリスの従者が起こしに来た。
着替えをするって。
私はそのときチコおばちゃんの元へ返されたの。
「私には着替えがないのよね。」
「まあ、お嬢様も女の子ですからね、おしゃれもしたいでしょうけど、服を着たドラゴンなんて、聞いたこともありませんよ。」
そう言ってチコおばちゃんと笑って話していた。