ギルドからのおねがい
エリックが帰ってきて、みんなご飯を食べたけど、そのままお酒を飲む会になって、楽しくやっていた。だから、エリックからのお話は次の日の朝に聞くことになったの。
「おはようございます、エリックでございます。」
「まぁエリック、待っていましたよ。さ、中へ。」
そう言って洞窟の中へ招く。洞窟の中はサポニスが作り出した光の魔石で明るく照らされている。
入り口には昨日みんなで楽しんだ大きな食卓があり、そこから奥へ1段上がったところに扉があり、その中が謁見の間。森の守り手の応接室。そこから奥が私のお部屋と秩序の天秤があるお部屋。そんな簡単なつくりになっているのだけれども、母さんのような立派なドラゴンに成長しても頭がぶつからないぐらいは大きな部屋になっている。
「それで、今日はどのようなご用向きで?」
「それが、先日の窃盗団の捕縛の際、助けられた住民たちが口々に『森の主様のお計らいによって助かった』と言うものや、窃盗団からは『森の主を怒らせた』と言うものまでいて、どうにも収拾がつかなくなっていまして。」
それって、ネルフが「森の主様に感謝を」と言って住民を助けたり、カイルが「お前たちは森の主様を怒らせた」と言って盗賊団を退治したからでしょう。
「ああ、わかったわ、エリック。あのときの話なのね。」
まぁハイオークやオーガが人間を助けたり、人のために協力するなんてことはありえないし、悟られてはいけなかったので、すべて「森の主様の思し召し」にしてもらっていたの。まさかそれがこんな騒ぎになるなんて。
「どうしようサポニス。」
「うむ、まだ森の主がお嬢様であるとは、知られていないようでありますな。」
「どうやら、そのようだけど。」
「第一皇子が、ギルドを通して森の主様にお目通りを願い出ておりまして、今回の依頼は『森の主様との面会の約束を取り付けよ』というものでして、どうしたものかと思い、ご相談に上がった次第です。」
「その第一皇子の目的は?」
「ただ、『森の守り手様に会い、礼がしたい』それしか伺っておりません。」
その皇子の父、現国王が私の母様を連れて行ったのよね。
「お礼を言いに来るだけなら、軍勢にはならないでしょ。それに、秩序の天秤があれば、この森で騒ぎを起こそうとするものは拒まれるから、一度呼んで、反応をみればいいのかな。」
「そうですね、ではそのように手配いたしましょう。」
私の母様を連れ去った国の第一皇子、いったい何の目的があるのでしょう。
その夜、サポニスと相談したの、第一皇子が会いに来る。するとサポニスが、
この森の主がまだ幼いドラゴンと知られるのはよくない。今のうちにと討伐される危険があるため、ここは姿を変えて対応しましょうと提案したの。そんなことができるのかと聞くと、
「エルフの秘術で姿を変える魔法がございます。人の間で暮らしていくには、エルフであることがわからないようにすることも、必要ですからな。ただし、竜の魔力を使おうとしてはなりません。使おうとすると変身が解け、しっぽが出てきます。それから頭の上には角が、背中に翼が生え、元の姿には戻れません。どうかご注意ください。」
それから数日後の出来事
第一皇子アルスと、その姉である第一皇女アイリス、それから数名の身の回りの世話をする者たちの非戦闘員と4名の護衛とつけて森の入り口までやってきた。
ところがこの車列を後からこっそりつけてきた者がいた。それが第二皇子と大臣の二人。それから戦闘員20名。どうやら第一皇子たちが森の主に会いに行くことを聞きつけ、ここで亡き者にしようとたくらんだようだ。
「ベスパー、首尾はどうだ?今まで何度となく暗殺に失敗しているうえに、呪いまで解いてしまうとは、つくづく強運の持ち主め。」
「は、アルゴ殿下。此度はお二人で、わざわざ死地に赴くようなものです。森で魔物におそわれたと言ってしまえば何の証拠も残りません。これ程のチャンスがほかにあるでしょうか。」
「我が国に皇子は二人も要らぬ。我こそが皇子であると認めさせるのだ。」
アルスたち第一皇子一行が森の中に入るのを確認し、アルゴたちも森に入る。
彼らは入り口付近で帰りを待っている。どうやら森から出る前に始末するらしい。
秩序の天秤がその存在を許さず、アルゴの悪意を察知していた。
秩序の天秤が揺れ始め、魔法陣は警戒の赤い光を放った。
竜の森は生きているかのようにざわめきたち、敵を飲み込むように霧を広げた。悪意ある者たちの排除にかかったのだ。
森の奥から白い霧が立ち込め、アルゴたちの視界を奪うと今度は様々な幻影を見せ始めた。白い霧の中を黒い影が近づき、消えたかと思うと不気味な笑い声。アルゴが連れてきた騎士たちは幻影におびえ、森の外へ逃げ出していった。
そしてアルゴとベスパー、二人だけが森に取り残された。
白い霧の中、静かに忍び寄る黒い影、それはネルフたちの包囲網であった。
「さて、いずれの国の貴人とお見受けする。我が森に何用か?」
二人は恐怖におびえ、腰を抜かしていた。
「いや……我らはただ道に迷っただけの、通りすがりであるよ。」
「そうか、では森には入らぬように。よこしまな考えを持つものは、森の主様の怒りに触れるのでな。」
「いいか……覚えていろよ!」
そうしてネルフが森の外のほうへ戦斧を向けると、一目散に逃げて行った。
竜の森に入ったアルス一行は、森の中心にある岩の塔に向けて走らせていた。森は彼らを受け入れるようにまっすぐに森の中心へと導いていく。
やがて森を抜け、開けた場所へ出るとそこは、大きな円卓のある食堂、謁見の間への扉があった。
アルスとアイリス、数名の従者は謁見の間に通され、残りは食堂にて歓待を受けていた。馬には水や飼葉が与えられた。
サポニスが一同へ挨拶をする。
「よくぞ遠路をお越しいただきました。こちらが森の主の謁見の間です。」
アルスはその大きさに圧倒された。天井までは20メートルもあろうか。
巨大な空間に広大な玉座。なるほど、ドラゴンが治めるだけあって、その玉座も巨大なのだなと。扉から歩くこと約50メートル。ようやく玉座に近づいたところではあったが、主の姿はなく、サポニス、カイル、チコおばちゃんとその腕には小さなウサギになった私が抱かれていた。
「せっかくの来訪、ありがたいとお礼申し上げるところですが、主は祈祷をしている最中でして、お会いすることはかなわないそうです。」
「そうでありますか。ならば仕方がない。」
「なんでもアルゴと呼ばれる若者一行の不穏な動きに森が怒り出したため、鎮まるように主が森に祈りをささげておりましての。秩序を乱すものを排し、平穏な森にもどるように祈られているのです。」
「なんと、我が愚弟のためでしたか。とんでもない失態であります。」
アルスとアイリスは深々と頭を下げた。
「今日、我らは先日の窃盗団を捕らえる際に住民を助け、また捕縛に協力されたと聞き及び、お礼を申し上げに参った次第でございます。」
「それから、こちらの主はまだ若い女性と聞き及んでおりまして、できれば友好をと思い、こうして姉を連れて来たのですが。」
「そうでしたか、此度は主とはお目通りは、かないませぬが、良しなに申し伝えておきます。」
「どうか、よろしく頼みます。」
「長旅のお疲れもあることでしょう?宴を用意してございます。供の皆様には、先におもてなしをいたしております。」とチコが着座を促す。
「それからお姫様、わたしは料理の支度がございますのでその間、この仔をよろしくお願いします。」と言ってウサギになった私をアイリスに預けた。
そう、これよこれ。私はウサギになったので、アイリスが私を撫でる手が、温かくて心地よく感じたの。私はこうして人間に抱かれて、かわいがってもらいたかったのよ。
「まぁかわいい。わかりました。この仔をお預かりいたします。あら?この仔には不思議な魔力がありますのね。」
「ええ、希少な仔ですから、我々の間で大切に育てております。なので、甘えん坊さんですので、一緒にいてあげてください。」
「はい、よろこんで」
そう言うと、チコおばちゃんは厨房へ向かった。
「よろしくね、かわいいウサギさん。」そうアイリスが話しかける。
もちろん、ウサギになった私は、今はまだ黙っていることにしたの。
「では皆の者、杯はいきわたったかの」
「こちらはフランネル公国第一皇子アルス殿下と第一皇女アイリス殿下である。今日は遠路をお越しいただき、我らとの友好を望んでおられる。竜の森もお二方を受け入れられた。これからの良きお付き合いを願い、乾杯。」
「乾杯!」
宴も盛り上がり、そろそろ余興をということで、まず名乗りを上げたのがカイル率いるオーガ軍団であった。
「こいつは酒を飲んでからだとできないことだからな、最初に一芸を披露して、そのあとは酒盛りだ。」
「ウオォー。」オーガの集団は雄叫びを上げ、士気を高める。
カイルの合図で重低音のドラムが打ち鳴らされ、それに合わせて8人のオーガが一糸乱れぬ剣舞を披露する。はじめはゆっくりとしたリズムだったが、だんだんと早くなり、一同は高潮を迎えた。本当に少しでも間合いが崩れれば腕が落ちていただろうと思われるほど、計算つくされ、息の合った剣舞であった。
観客は大いに沸き、オーガ軍団に惜しみない賛辞が送られた。
それならばとサポニス配下のエルフの歌姫、アリアが森を讃える歌をうたう。
傍らでサポニスは、ライアーで伴奏する。
深緑の森に そびえたつ 大岩の塔の 懐に
秩序の天秤 治めんと 竜の娘は 何願う
森の恵みよ 豊かなれ 竜の娘が 請い願う
森の恵みは 豊かなる 平和と調和の ある限り
平和と調和の 源は 秩序の天秤 治めれば
竜の娘は 何願う 平和と調和よ 永遠なれと
やがて静寂を迎えた森には、美しい歌声と穏やかなライアーの音が響いていた。
アルス一行は広大な謁見の間で宿営することとなり、出立は明朝ということになった。