だいまどうし
謁見の間から奥に入ると、大魔導士の居城へと続く通路があった。
そこからは一般には立ち入りが禁止されている区画で、そこから闇の魔力が帝都全体に供給されていた。
通路の奥からは、まがまがしい気配がうごめいているのがわかった。
周囲の空気がひんやりとしていて、ここだけ別世界のように周囲とは切り離された空間のようだった。
「皆さん、これが最後の戦いになるでしょう。
この惨状を招いてしまった一因には私も関係しています。
なので、私の手で因縁を断ち切ろうと思います。」
サポニスが悲壮の表情で話しかけた。
「違うよ、サポニス。
優しい未来を作りに行くんだよ。」
「そうですよ先生、私たちにしかできない仕事ですから。」
お姉ちゃんと私が笑顔でそういうと、サポニスも笑ってくれた。
「さあ、この部屋です。行きましょう。」
私たちは重く重厚な扉を開けて中に入った。
「最近の若い者は、ノックもしないのか。」
「失礼いたしました。
フランネル公国第一皇女アイリスにございます。
そしてこちらは森の賢者サポニス殿、竜の森の守り手ラヴィ殿にございます。」
「ほう、お前たちがここにいるということは、竜の森とフランネル公国への侵攻に失敗したということだな、アルゴよ。」
アルゴという名前を聞いて部屋を見回すと、アルゴが杖を構え、大魔導士に対峙していた。
「そうですお爺様、公国への侵攻は私が阻止しました。
そして竜の森はこの方々によって守られました。」
「ほう、そしてお前は今、わしに向かってなんとする。
杖を向ける相手が違うのでないか。
今ここでお前がわしとともにこの者たちを打ち取ればすべてが元通り。
公国はお前が継ぎ、竜の森のドラゴンは討伐される。
忌々しい竜騎士はわしがこの手で封印しようではないか。
なぁ、ラランザの師、サポニス殿よ。」
大魔導士はサポニスをあざ笑うかのような目で見ていた。
「アルゴ皇子はフランネル公国を裏切っておりました。
しかしそれはあなたが娘に施した呪いのせい。
皇子と王妃はその呪いに抗うべく、日々苦しんでおりました。
王妃亡き後、日々贖罪に勤めております。
その事情を知った彼の家族が、そして公国の臣たちが彼を許し、受け入れたのです。
そして彼は、公国の危機を救うべく行動を起こしたのです。」
「ふん、よもやそれらの者たちに愛されたとは言うまいな。」
「私は父上にも、母上にも、そして家臣にも愛されておりました。」
「なにをばかな。
目的の遂行のために生きよ。
すべてを捨て、愛などという世迷言に現を抜かすでない。
愛は人を惑わせる、愛は人を裏切り、狂気を産む。
愛こそが堕落の象徴ではないか。」
「違う、愛は裏切らない。
だからこうして戦える。
愛するものを守る力になれるの。
愛を信じる者がいる限り。」
私は夢中になって叫んでいた。
だって、そんなのおかしいもん。
「アルゴ、ここまでたった一人で来たの?
あなたはいつもそう。
全てを一人で抱え込み、全てを自分だけで解決しようとしたのでしょう?」
「これは帝国の問題だ。
だから姉上たちには迷惑をかけたくなかったんだ。
俺が一人でお爺様を亡き者にすれば、全部解決だろうよ。」
「まったく、だからあなたは馬鹿なのよ。
一人ではできることは限られているの、わかる?
こういう時はお姉様を頼りなさい。
私はこれでもあなたの姉なのよ。
魔法は天才でも、こういうところはまだまだね。」
「なんだよ、俺にだって意地くらいはある。」
「では共に戦うということでよろしいのですね。」
とサポニスが言うと、
「ああ、よろしく頼む。」
とアルゴが言った。
「お姉ちゃんの言うことを聞かないとまた『回転しっぽアタック』だからね。」
「はは、そりゃいい。
たのむぜ、ラヴィちゃんよ。」
大魔導士との決戦を前に悲壮感が漂っていたが、この姉妹の会話に皆がリラックスできた。
「どうやら話はついたみたいだな。
アルゴよ、出来損ないの孫など不要だ。」
大魔導士があざ笑うと、その顔が崩れ、皮膚が剥がれ落ち、急に姿が大きくなった。
法衣の下から現れたのは、王冠を戴いた白骨の魔術師……ワイトキング!
「暗黒竜の忠実なるしもべ、この身、冥府より蘇りしワイトキングなり!」
サポニスは驚愕した。
この伝説の魔物は、かつて先代の竜騎士たちが暗黒竜とともに討伐されたはず。
「ははは、驚くのも無理はない。
我こそが暗黒竜の部下、アンデッドを束ねるワイトキングである。
この男、大魔導士ネビュラの野望は深かったぞ。
とりつくのにはそれほど苦労はしなかったがな。
あとはラランザをそそのかし、この国の民を生贄に我は顕現したのだ。
不死の帝国を作り出したのは、我と強欲な大魔導士ネビュラ、闇の魔術師のラランザの意志であるぞ。」
「おい、お爺様はどうなったんだよ。」
「知りたいか、小僧。
この体、我の依り代となったのだ。
我がこの世で力をふるうためには体が必要だからな。
とうに魂は我が食らってやったぞ。」
ワイトキングは顎の骨をカタカタと鳴らしながら、アルゴを嘲笑した。
「ラランザ、いでよ。」
というと、床に刻まれた闇の魔法陣が光を帯び、石像の中からラランザの姿が浮かび上がった。
「サポニス、やっと会えたね……フフフ……、これが大魔導士様の力だよ。
ネクロマンサーのね。
私の肉体は滅んでも、こうして器があれば魂を移せるのさ。」
サポニスは驚愕していた。
先ほど魂の救済を求めていたラランザが、醜悪な姿でよみがえり、自分をあざ笑っているのだと。
ラランザの顔には感情がなかった。
まるで操られる人形のように、ただ冷たく笑っていた。
「サポニス様、しっかりしてください。
あれはラランザさんではありません。おそらくあなたを惑わす闇魔法ですよ。
ラヴィ、お願い。」
私は竜の咆哮とともにドラゴンの姿に変え、ドラゴンブレスを石像に向かって放った。
しかしサポニスの混乱は収まらない。
「違うラヴィ、サポニス様の足元を見ろ。
黒いものが見えるか、闇魔法の影響を受けているんだ。」
とアルゴが言った。
石像は3体に増え、お姉ちゃんには父王の姿、アルゴには第二王妃の姿に見えるらしい。
3人とも攻撃をやめ、懐かしそうに話しをしていた。
「ほう、ドラゴンには効かぬか。
この3人はそのまま放っておいてももはや戦力にもなるまい。
ゆっくりと貴様を始末しよう。」
「ダークバインド」
私に黒い帯が全身に絡みつき、身体の自由を奪われた。
徐々に体力と魔力が奪われていく。
こんな時はどうすればいい?
「かあ……様……。」
遠ざかる意識の中で、母様の姿が見えた。




