まどうへい
王城のエントランスに入った。
静まり返って全く人の気配もなかった。
サポニスは先ほどの魔導兵の暴走について原因を探っていた。
その後ろをお姉ちゃんと私がついていった。
左奥の部屋から、機械が唸るような音が聞こえた。
サポニスが注意深く部屋に入ると、転移の魔法陣はまだ生きていた。
本来はここから魔導兵を送りだす予定でいたが、出口が封鎖され、行き場を失った魔導兵があふれたみたい。
私たちは武器や私のしっぽアタックで魔法陣を破壊した。
これでもうあの魔導兵は出てこないよね。
突然ナイフのような物が飛んできた。
サポニスが杖で叩き落した。
「ほう、そいつをよけるかい。」
と言って大柄の筋肉質の男が出てきた。
男は無骨な甲冑を身にまとい、その隙間からは冷たい闇の気配が漂っていた。
目元だけが見えるその顔は、嘲笑っているかの表情を浮かべていた。
「ここは世界中に魔導兵を送り込むための、侵略の拠点なんだ。
ソイツを壊しに来たってことは、こないだの。
おお、間抜けな皇子がいるところじゃないのか、偵察に行って死んじまったって奴。
そう、アルゴとか言ったな。
あいつも俺様のように『同志』になれば死なずに済んだのになぁ。
まったく馬鹿なやつだよ。」
「同志?」
お姉ちゃんが怒りを込めて聞き返した。
ジャニスが言っていたやつだ。
「そうだよ、大魔導士様のお導きで、不死の身体になるんだよ。
そうするとこうして若いまま年を取らねぇ。
だから俺たち武人にはいくらでも修行して強くなれるってもんだ。
どうだ、すげえもんだろ。」
「いや、そういうのは遠慮しておく。
それよりもなぜおまえは生きている。」
「あん? 言ったろ、死なない身体って。
命を超えた存在だ。
命を大魔導士様にささげるとな、この体になるんだよ。
もともと死んでいるから、もう死ぬことはない。」
「問答をしている場合ではありませんよ。
これから先こういう方がたくさんいるのでしょうね。」
「ああ、大魔導士様をお守りしないとな。
あの方の魔力がなければ俺たちは動けない。
当然ここにもその魔力がある。
転移門を見ただろう?
ああやって世界中に魔力を供給することもできるんだよ。」
「この町の人たちも、無理やり体を変えたの?」
「ああ、生贄だよ、俺たちのな。
死んだやつは魔導兵にしてやった。
ここに暮らしているやつらもいずれ生贄になるんだろうな。」
「生贄って、ひどい。」
私の感情の高ぶりとお姉ちゃんの怒りが一緒になって、竜の紋章が輝いた。
竜騎士の槍もこれに呼応して輝きを放った。
「やっとやる気になったみてえだな。
どうだ、正義ってもんを振りかざしてみるかい。
それで何が救える?
力だけがこの世界を動かす唯一の真実だ。」
「お姉ちゃん、頑張れ。」
と私は祈った。
「いくぜ」と言って男は大剣で襲い掛かってく来た。
お姉ちゃんはそれを槍で受け止め、体を回して躱していった。
男は体勢を崩されながらも踏ん張って低い位置からの回転切りを繰り出した。
お姉ちゃんはそれを槍で受け止めるがあまりの力に吹き飛ばされた。
男の剣が振り下ろされるたびに、空間が歪むほどの力が込められていた。
必死に防御を続けたが、衝撃が全身を打ち抜いた。
男が一人になったことを見計らってサポニスが炎の魔法をかけた。
「ファイアランス」
男は炎に包まれるが、体を焦がした程度だった。
が、隙を作るには十分。
「回転しっぽアタック」
男は吹き飛ばされて、壁に激突した。
「ホーリーブラスト」
お姉ちゃんが神聖魔法を放ち、男に命中した。
男の身に纏っていた闇の気配は消え去った。
「おい、死なないんじゃなかったのかよ。」
と、男はうろたえた。
「貴方を動かしていたのは大魔導士の闇魔法です。
それを神聖魔法で消してもらいましたよ。」
男は膝をつきながら、静かに剣を地面に突き立てた。
その瞳には、かつての自分を取り戻したかのような微かな光が宿っていた。
「結局、力に溺れた俺には未来なんてなかったな……。
お前たちは俺のようにはなるなよ……。
誇りを捨ててしまったら、戦士はもう戦士じゃねえ。」
そうして静かに微笑んで、
「なあ、見せてくれよ。
お前たち作る未来ってやつを……。」
男の身体は崩れ、灰のようになった。
「自分がもっと強くなるために不死になる。
それでもいいのかな?
この人には?」
「お嬢様はずるいことをしてまで強くなりたいですか?
それが多くの人の命が犠牲になっていても、そう思いますか?」
「そんなのは嫌だ、そんなのは強いって言わない。
ずるいって言う。」
お姉ちゃんが優しく後ろからぎゅってしてくれて、
「そうだねラヴィ、あの人は自分が強くなりたいという気持ちに、心が負けてしまったんだよ。
だから大切なものをなくしてしまったんだね。」
「自分が何のために強くなりたいのか。
誰かを守るためであるのなら、その思いがつらい修行を乗り越える力になれるのだろうな。」
お姉ちゃんがしんみりしながら言った。
「いずれにせよ、この部屋はこのままという訳にはいきませんねぇ。」
「エクスプロージョン」
サポニスは爆破の魔法を放った。
魔導兵を生み出している仕掛けの魔道具が壊れていった。
「アイリス殿下、あちらをお願いできますか。」
と言って動かなくなった魔導兵や、これから魔導兵に『なるであろう者』たちが集められているところを指した。
「ひどい、こんなの。」
と言って私は目をそむけた。
サポニスは、
「しっかり見てあげてください。
この人たちは、力のある者たちの犠牲になった人たちです。
力のある者が使い方を誤れば、このような悲劇が生まれるのです。」
「お姉ちゃん。」
と声をかけると、何かを決意したような強いまなざしが感じられた。
「救えなかった命たちよ、せめて魂の救済を。」
「ホーリーレイン」
魔導兵に光の雨が降り注ぎ、かつての姿を一瞬取り戻した。
ある者は敬礼をし、ある者は手を伸ばし、ある者は涙を流していた……。
最後に、かすかな声が聞こえた。
「ありがとう……。」
こうして彼らは、光の中へ消えて行った。
サポニスは亡くなった人を火葬するため、魔法を放った。
「ファイア」
炎の球が遺体をやさしく包み、浄化していった。
怖かったよね、悔しかったよね。
私はそう思うと悲しみよりは怒りが強くなった。
「こんなのは間違ってる!こんなの……嫌だよ。」
そう言ってお姉ちゃんにしがみついて泣いた。
お姉ちゃんも、「そうだね」って言って泣いていた。
「さて、まだ私たちにはやるべきことがあります。
魔導兵の暴走は止めることができましたが、闇の魔力は尽きることなくこの街を覆っています。
最初のホーリーフィールドで、アンデットはほとんど消滅していますが、この先には強い魔力が3つ感じられます。
一つは大魔導士でしょうが、あと二つはわかりません。
これは、ただの敵ではない……皆さん、注意していきましょう。」




