けっせん
朝になった。
一晩中起きて警戒していたコボルド部隊から、報告があった。
「依然として魔導兵はこの森に侵攻していますが、この結界に触れると消滅してしまいます。
むしろ消滅するためにここに来ているような気がします。」
「おかしなことをするもんだ。
魔導兵とはいえ自分から消滅することをするかねぇ?」
とカイルが言と、ネルフも、
「いや、もしかすると、それが彼らの望みなのかもしれませんぜ。
自分から魔導兵になったやつはいないだろうから、むしろ存在自体が許せない、言い換えれば安らかに送ってくれと。」
「もしそうだとすれば、彼らのためにも安らかに送ってあげるのが一番いいと思いますよ。
とうに自我はないのです。
聖なる光の柱が彼らを引き付けているとすれば、我々は攻撃ではなく、彼らに『弔い』をしてあげることがよろしいのではないでしょうか。」
とサポニスが言った。
「そうだな、自然の摂理に反した不死の状態から魂を救済する。
これが彼らの望みであるならば、その力を持つものとして、当然かなえてあげるのが道理であろう。」
とお姉ちゃんが立ち上がって熱く語った。
具体的な方法が示された。
まず私たちで魔法陣の上空に行って、ホーリーフィールドを展開する。
魔術師たちには影響はなく、魔法陣は維持されるだろうから、フィールドの外側から中の魔術師を攻撃。
これはエルフの魔法部隊と弓矢で遠距離から攻撃する。
魔術師が減って召還の勢いが減ったところでカイル率いるオーガ部隊とネルフ率いるハイオークの部隊がフィールドに潜入して魔法陣を停止させる。
「皆の者、これが竜の森、防衛戦の最終局面である。
くれぐれも油断してはならない。
命を失うことがあってはならないのだ。
勝利条件は全員の無事な帰還である。」
軍議に参加していた者たちは、一同に竜騎士アイリスの作戦に賛同した。
「皆の者、武器をとれ。
我々の手で竜の森の平和を取り戻すぞ。」
「おう!」
と気合の入った掛け声で軍議は解散となった。
私は竜の咆哮でドラゴンの姿になり、背中にお姉ちゃんを乗せて飛び立った。
まずは作戦通りに敵魔法陣の上空から魔法を発動させた。
「ホーリーフィールド」
お姉ちゃんが槍を掲げると、天と地をつなぐような光の柱が立ち上った。
敵魔法陣の後ろに白い光の柱が立ち、その柱は徐々に広がっていく。やがて魔法陣も飲み込み、魔導兵を召喚した黒い帯も消滅した。
そして、召喚の魔法陣を操っていた6人の魔導士も同時に消滅していった。
「魔導帝国万歳!
命を超えた先に力があるのだ……。」
最後に残った魔導士が呟きながら消えた。
「これはどういうことでしょうか。
魔導士は生きているのではないですか?」
ネルフがサポニスに問う。
サポニスは魔法陣の破壊のためにネルフやカイルとともに同行していた。
「あまり考えたくはないのですが、意志を持つアンデッド、リッチであった可能性が高いです。
魔導兵には、死体からつくられた意志を持たないアンデッドと自らの意志で魔導兵に加わって不死の力を得た者。
こちらは意志のあるアンデッドになったみたいですね。」
「ジャニスが言っていた『命を超えたところで強くなる』とは、このことだったのですね。」
とアルスが言った。
「どうやらそのようです。
我々は過去には例のない戦いをしなければならないようです。」
竜の森に向かっていた魔導兵は黒い帯が届かなくなったため、その場で動かなくなっていた。
黒い帯はアンデッドに力を与える存在だったらしい。
「闇魔法の特徴ですな、あの黒い帯は。
相手は強力な闇魔法使いということになります。
これほどのアンデッドを使役して、さらに不死の軍団を作っているのでしょうか。」
「こんなことが人の力でできるものなのですか?」
とアルスがサポニスに問う。
「ええ、普通の人間にはできないことです。
人間であればね。」
サポニスは黙って考え込んでしまった。
「アルス殿下、竜の守護騎士を率いて王城へ向かってもらえますか、まずは勝利の第一報をお願いします。」
「はい、承りました。」
「次にアイリス殿下とお嬢様で、無理やり魔導兵にされたこの哀れな魂を救ってやってください。
魔力の供給が途絶え、動きませんのでもう襲ってくることはありませんよ。」
「そうだな。それも我らの使命と心得た。」
「私たちは軍事訓練もかねて、狩りでもしましょう。
せっかく南の森に来ていますので、ワイルドボアやレッドグリズリーなどを狩れれば、チコさんも喜ぶでしょうな。」
「ねぇ、サポニス、それって。」
「はい、祝勝会ですよ。
みんなでご飯にしましょう。」
「サポニスの旦那、そいつはオーガ部隊が引き受けた。
腹を減らして待っていろよ。
うまいもんとってくるからな。」
「ネルフの部隊はどうしますか?」
「私はお嬢様に同行します。
部隊のものは先に帰らせて、休ませます。
夜の見張りからずっと出番でしたので。」
「ありがとうね、おじさま。」
と私がハイオークの部隊をねぎらうと、部隊にには静かな感動が広がった。
お姉ちゃんは神聖魔法の「ホーリーレイン」を魔導兵の集団にかけた。
消えてしまう前の一瞬だけ元の姿に戻って、それから光の中に消えてゆく。
魔導兵の体が光に包まれると、その目から涙が流れるように見えた。
……ほんのちょっとだけど、作られた魔物ではなく、人として弔う。
そんなこともできるんだねと、二人で魂が安らかに救済されるよう手を合わせて祈っていた。
「ありがとう……」と、風に溶けるようなかすかな声が聞こえた気がした……。
その日の夕方、竜の守護騎士のアルスたち一行は王城にて王様と今回の戦いが無事に勝利で終えたこと。
アイリスが竜騎士に、そしてアルス自身も竜の守護騎士になったことを報告した。王城は歓喜に声に包まれた。
西の塔に幽閉されていたアルゴ第二皇子はサナに、
「ちょっと出かけてくる。
戦が終わればもう捕虜である必要はないだろう。」
そう言い残し、その場から姿を消していた。




