てったい
「竜の森まで撤退!
黒い集団に取り囲まれないように注意せよ。」
サポニスは土魔法で地面から岩を隆起させ、魔導兵が進行してくるルートに分岐を作った。
そこにエルフの魔法部隊が攻撃をする。
左翼のネルフたちは強襲を試みるが、魔導兵の大群に押されていた。
「ラヴィ、お願い。
ネルフたちの退路を作って。」
ネルフの後方の魔導兵の一群をドラゴンブレスで一掃し、ネルフたちの退路を確保した。
続いて右翼の竜の守護騎士も騎乗して撤退している。
草原では騎馬の機動力は何よりも勝るのだ。
中央のコボルド部隊は森の防御結界の内側まで撤退を完了していた。
私は旋回してはドラゴンブレスを放ち、直線状に魔導兵を消し去っていった。
しかし、魔導兵は減ることはなく、時間とともに増加し、森を取り囲むようになってきた。
カイルたちが露払いをしてネルフたちの退却を助けた。
私はネルフたちの上空からブレスを放ち、後続の魔導兵を消し去っていった。
まもなくネルフたちが防御結界の内側に退避し、全員が竜の森に入った。
「ラヴィ、さっきの魔導士の周りをブレスで魔導兵を近づけないようにできるかな。」
お姉ちゃんの言うとおりにジャニスの遺体の周りにブレスをかけて魔導兵たちが近づかないようにした。
「ファイアランス」
お姉ちゃんが魔法を唱える。
ジャニスの遺体は炎に包まれた。
これでジャニスはもう魔導兵になれない。
強敵を一人減らしたんだ。
「一度戻ってサポニスと合流しよう。
森のみんなも心配だから。」
私たちは岩の塔を目指して飛んで行き、ゆっくりと地上へ降り立った。
森のみんなと王城の使者たちは謁見の間に避難していた。
厨房では炊き出しが行われ、城の侍女たちとともにチコおばちゃんが皆に食べ物を配っていた。
「各自交代で食事を済ませ、半分は夜に備えて休息をとれ。」
「持久戦は長引くことになるぞ。
休めるときに休み、食事もあるうちに食べておけ。」
各隊の隊長は部下に指示を出している。
各部隊の被害状況を調べると、コボルト部隊に負傷者はいるものの、戦死者はなかった。
「アイリス殿下、上出来です。
まずは奇襲をかけ、被害が出る前に撤退できたのはお見事です。」
「はい、皆さんが協力してくれたおかげです。」
「しかし残念なことに、私の防御結界だけでは最後まで防ぎきれません。
いずれは森の中での戦闘も覚悟しておいたほうがよろしいですな。」
「森の中での戦闘では我ら竜騎士も、騎馬も役に立たない。
個々の実力に委ねるしかないようですね。」
「最終ラインはここです。
ここまでたどり着く魔導兵を極力減らしておきたいものです。」
「わかりました。
それでは今のうちに我らも休息をとらせていただきます。
何か異変があればお知らせください。」
「ええ、お疲れさまでした。」
チコおばちゃんが呼んでいる。
私はお姉ちゃんの手を引いておばちゃんのところへ駆け寄った。
「チコおばちゃん、大丈夫?」
チコおばちゃんは私の姿を見るなり、ぎゅ~ってしてくれた。
でも、おばちゃんの手は、少し震えていた。
それでも、私たちの前ではいつもの笑顔だった。
「ああ、まだここまでは戦の影響は出ていないからね。
それよりもあんたたちだよ。
どうだい、けがはないかい?」
「うん、大丈夫だよ、おばちゃん。
ね、この通り。」
私は小さくジャンプしてくるっと回って見せた。
「そうだね。でもね、厳しい戦いだって言うじゃないかい。
あなたたちはまだ子どもなんだから、怖くなったら無理せず逃げてもいいんだよ。」
「……うん、でもね。」
本当は私だって怖い。
でも戦う力がない人は?
森の仲間たちは、どうなっちゃうの?
「みんなと一緒にまたこの森で暮らしたいから、この森を守るの。
それだけだよ。」
お姉ちゃんが後ろから私の肩を抱いて、優しく言った。
「そうね、私も皆が好きだ。
だからこうしてラヴィと闘っているのよ。
愛する者のためにね。」
「うん、チコおばちゃんもナギおじさまも、とっても愛しているよ!」
「そうだな。」
ナギおじさまが飛竜の槍の様子を見ていた。
「今は非常時だから、これしかないけど食べてお行き。
それからあなたたちは今のうちにベッドで休むの。
少しはここの大人たちに甘えなさい。
あなたたちにはもっと大きなお仕事があるでしょ?」
「うん、お姉ちゃん、食べようよ。
そのあとはサポニスが起こしに来るまでは寝ているの。
休むことも仕事だって、ネルフが言ってたよ。」
「そうね、この戦はすぐには終わらないから、どうやって長く戦うかを考えないとね。」
「秩序の天秤」の部屋では魔法陣が輝きを増していた。
それは時折、赤い光が瞬き、また静かに青白い光に戻っていった。
サポニスはただ黙って、その様子を見ていた。
「どうやらこの戦争の行方を、天秤は見守っているのかもしれないですね。」
天秤は揺れながらも均衡を保とうとしていた。




