かいせんぜんや
チコおばちゃんの家に呼ばれた私たち3人は、前にお城であったことを話をしていた。
チコおばちゃんは、
「まぁ、そうかい、先代様と会えたのだね。
それはうれしいよ。」
と喜んでくれた。
それからお姉ちゃんが、
「父上はあまりの美しさに王妃としたそうですよ。
それから竜人祭というお祭りではね、未婚の女性はきれいな白い服を着て、角やしっぽ、背中に翼のアクセサリーをつけて、街を歩くのですよ。
そこで声をかけられるとうまくいくって伝承が生まれて、ちょっとした話題なんですよ。」
と楽しそうに語った。
ナギおじさまは、
「へぇ、先代様がねぇ。
確かもうずいぶんと年を召されていたろう?」
「女はね、その辺のことは黙っていりゃ何とかなるものね。
魔女だっているんだ。
女は秘密にしておくものさ、年は秘密ってね。」
そう、チコおばちゃんがたしなめた。
「確かに肖像画の母様はきれいだったよ。」
「そうね、サニアお母様はドラゴンの姿も美しいですものね。」
「でもさ、王妃様になったのは、石にされてしまってからでしょう?
どうして結婚したんだろう。」
「それはね、お父様はフランネル公国を救ったサニアお母様に感謝して、国葬として敬意を表し、送り出したかったみたい。
サニアお母様と結婚したんだって言って。
だってサニアお母様は国民からすごい人気があったから、石にされたことがわかれば、大変なことになったでしょう。
だから、人の姿で子どもたちを救って、儚く亡くなった王妃として人々には公表されたのよ。」
「へぇ、そうなのかい。
フランネル公国は所縁のある国だから心配はないと思っていたけど、まさか先代様が王妃とはねぇ。
国王はあの竜騎士の子孫なんだろ?
相棒の子孫の嫁って言うのも、破天荒で先代らしいねぇ。」
「え? そうなの?」ほぼ同時に私たち3人は顔を見合わせた。
まったく初めての話でびっくりだよ。
先代の竜騎士がフランネル公国の初代王妃で、傍らの騎士が初代の王様。
この話はこの前サポニスが言っていたからみんなは知っていたけど。
「先代の竜騎士のドラゴンは、母様だったの?」
「そうさ、先代はずっとこの森から平和な国を見守って来たのさ。
またときに訪れる公国の危機なんかにも関与してね、守り神みたいなものだったのさ。」
「だからお父様のことを『坊』と呼んだのね。」
とお姉ちゃんが笑って言った。
私たちがこの話で盛り上がっていたら、ナギおじさまが工房から出てきて、
「姫さん、こいつをお前さんにやるよ。」
と言って出したのは「りゅうのお守り」だった。
「おっと、このままではただの飾りもんなんだな。
お嬢、真ん中の魔石に竜の魔力を注いじゃくれねえか。」
「こうかな?」
私はナギおじさまに言われた通り、魔石に魔力を注いだ。
魔石は私の魔力を帯びて、空色に光っている。
「これに姫さんが魔力を通すと二人でいるときには念話が使えるようになるんだよ。」
「念話? ですか?」
「俺たち亜人種や魔物は言葉の通じるものは少ない。
ほとんどが念話というイメージのやり取りをしているからな。
言葉のわかるやつは念話でも言葉を使って会話をしているんだよ。
人間にはできないことだ。」
「ええ、そうなんですね。」
「おっと、その顔はまだわかっていませんって様子だな。
ドラゴンになった嬢ちゃんとは話ができないだろ、ドラゴンの姿では念話を使うからな。」
「そうなの?ラヴィ。」
「そうだよ、話をしようとすると咆えちゃうから怖いでしょ。
それにその声では会話にはならないの。」
「それじゃどうやってお母様と?
あ、それが念話なのね。」
「んじゃ、説明はしたからな。
使ってみるのが一番だ。
嬢ちゃんの背中に乗っているときは、そいつが役に立つ。
それからひとつ、おまけをしておいた。」
「おまけですか。」
「ああ、この前嬢ちゃんと一緒に飛ぶときに、風の障壁を作っていただろう?
そいつの魔力を通せば嬢ちゃんの前に風の障壁を作ってくれるって寸法よ。」
「ありがとうございます。」
「こいつは姫さんと嬢ちゃんの間だけしか使えないお守りなんだ。
ちゃんと使って役に立ててくれ。」
「おじさま、ありがとう。
明日やってみるね。」
「それから坊主にはな、剣を一振り進呈しよう。」
「うわぁ、剣ですか!
うれしいなぁ。」
「お嬢、こいつの柄にある魔石にも竜の魔力を頼む。」
「こう?」
私は半信半疑で魔力を込めた。
「もっと真剣に、だ。
こいつはお嬢と姫様、そしてこの皇子様の命を守るものなんだぞ。」
「うん、わかった。こうかな。」
私は全力で魔力を込めた。
おじさまが作った剣は私の魔力をどんどん吸い取っていった。
剣は私の魔力を吸収し終えると、剣が空色のオーラで輝き出した。
「おお、いい塩梅だな。坊主、こいつに名前を付けてやってくれねえか?
持ち主が願いを込めりゃ、剣だっていうことを聞いてくれるものさね。」
「はい、わかりました。」
「『カッコいい』のがいいんだよな。」
そう言ってアルスをからかった。
「『ドラゴンセイバー』と名付けます!」
「まあいいだろう。竜の守護騎士らしい名だな。」
「そいつもちょいとしたおまけがある。
竜の紋章は知っているな。
お嬢が応援すると姫さんに力が与えられるってものだが、こいつにもちょっとだけ同じ効果が期待できる代物だ。」
「へぇ、そりゃすごい剣ですね。」
「そばに居なければ発揮できないが、さっきみたいに空色に光れば力を出してくれる。
自力でオーラをまとわせてもいいが、嬢ちゃんのそばに居れば、力を合わせることだってできるぞ。」
とナギおじさまは自慢げに話した。
「姫さん、皇子様、どうか嬢ちゃんを頼む。
力はあるがまだ子どもだ。俺たちはそれでも嬢ちゃんに戦ってもらわなければならねぇ。
ソイツはわかっちゃいるがな、できれば怖い思いはさせたくねえ。
ホントは明日の朝にでも嬢ちゃんを連れて逃げ出したいくらいだ。」
「あんた……。
私からもお願いだよ。
どうかお嬢様をよろしく頼んだよ。
この子はこの森のみんなの子ども、希望の子どもなんだ。」
そう言っておじちゃんもおばちゃんも泣いていた。
「はい、無事に帰還するよう、努力します。」
「ええ、必ずラヴィを護ります。」
「そう言ってくれるかい。
ありがたいなぁ。」
「でもね、私から見ればあんたたちだってかわいい子どもなんだよ。
無理はせずに、生きて帰ることを考えるんだよ。
それは決して恥ずかしいことではないのだからね。」
「はい、心得ておきます。」
「さあ、湿っぽいことはなしだ。
決戦前のゲン担ぎと行こうじゃないか。」
「そうね、それじゃお茶にしましょうか。
それから姫様直伝の桃のタルトね。」
「あ、これって貴重な仙寿桃じゃないの。いいの?」
「ああ、今日のために作ったのだからね。
みんなが元気になりますようにってね。
いいからおあがりよ。
サポニスの旦那には内緒だよ。」
「そうだな、ひっくり返っちまうかもな。」
仙寿桃、魔力回復薬と同じ効果を持つ貴重な果物。
収穫してから食べられるのは3日と短いので、幻の果物と言われている。
もしもサポニスがこれを知ったら……?
「これ、本当においしいわね。」
とお姉ちゃんが泣くほど感激していた。私も続いて食べてみた。
「うん、おいしい。」
と同時にさっき使った魔力がみなぎってきた。
「元気がみなぎってくる。
すごいわ!これ!」
とおばちゃんに言うと
「そうだろう、あたしたちも明日から大忙しだからね。
これ食べて頑張らなきゃね。」
「食堂と鍛冶屋がフル回転するんだ。
サポニスの旦那も貴重な果物の一つくらい、大目に見るさ。」
「そうだね、今頃くしゃみしていたりして。」
そのころサポニスは秩序の天秤が感じた揺らぎを見ていた。
秩序を乱す者の存在は察知していた。
「まるで、誰かが天秤の力を操ろうとしているような、そんな不自然さ動きですね……。」
まだそれは遠く、揺らぎは小さいものだった。
しかし確実に存在していることは示していた。
「明日は大変な一日になりそうですね。」
そう言って秩序の天秤の間を後にした。




