こないで
今日は朝から西の森にみんなが集められていた。
昨日は宴会になってしまったけど、その後、今日の訓練について説明があったみたい。
昨日の演説ですっかり人気者になったお姉ちゃんは、時々笑顔を振りまいていた。
私はその後をちょこんと追いかけていた。
「さてそれでは実践の訓練と行きましょう。
今日は皆さんにご紹介したい方がいます。
ドライアドのセレンさんです。」
一同は大きくざわめいた。
何せ伝説と言われるドライアド。
森に棲むものを守護し、秩序の実質的な担い手であるからだ。
強力な闇魔法の使い手で、精神に干渉する幻惑、眠り、混乱をもたらす魔法は戦士たちの悩みの種であった。
「今日はセレンさんにご協力をいただき、配下のトレントを作っていただきます。
まずはその数およそ5000。
皆さんには陣取り合戦をしていただきますよ。」
「陣取り合戦だって?」と皆が口をそろえて言った。
「皆さんはここの丘に赤い旗を立てておきますので、トレントたちから守ってください。
トレントはセレンさんが作り出す魔法生命体ですので、討伐してもかまいません。
ただし闇属性なのと、生命がありません。」
「というと、切った程度では討伐できないと?」
とカイルが問うと、
「はい、その通りです。
片腕がなくなっても攻め続けます。
なので、足を攻撃して移動を止めるか、バラバラに切っていただくか、炎で燃やして灰にするかです。
それから弦を伸ばして拘束してきます。
トレントに拘束されると、動きを封じられ、徐々に魔力と生命力を吸い取られます。
なので、そうなった仲間を早く救出してあげてくださいね。」
「そいつは厄介だな。
死なないから臆することがない。
だからスキがないってことだ。
坊主ども、気後れするんじゃないぞ。
これが魔物と闘うってことだ。」
とカイルがアルスたちに喝を入れた。
「皆さんには向こうの丘の上に白い旗を立てておきます。
それを奪って自陣とすることが目的です。
敵は圧倒的な数の差で一気に攻めてきますので、どのように戦うかは、アイリス殿下に上空から指揮をしてもらいます。
しかし、お嬢様もずっとは飛べないので、どうお嬢様に働いてもらうかが攻略のカギになります。」
「はい、わかりました。」
とお姉ちゃんは頼もしく応えた。
「それからアルス殿下と騎士たちは、地上にいる竜騎士と飛ばないドラゴンは格好の標的となることを忘れてはなりません。
そのための竜の守護騎士なのでしょう?」
「竜の守護騎士」このカッコいい言葉にアルスたちはワクワクしていた。
自分たちにも高らかに名乗れる名を与えられてのだと、城の若い騎士たちは皆、喜んでいた。
「竜の守護騎士、アルスだ。
竜騎士殿とドラゴンは我らが守る。」
「ああ、その意気だ、頑張れよ。
竜騎士とドラゴンが捕まったらまず勝ち目はないからな。」
「最後に一つだけ。セレンさんへの攻撃は禁止します。
見目麗しいか弱い女性なのですからね。
それに、森の仲間ですし、今回は直接戦闘には加わりません。
しかし、丘に近づいたときに幻惑魔法をかけてもらいます。」
「か弱い、ねぇ。」
とぼそっとネルフが言った。
「特にアルス殿下たちには、一度精神に作用する幻惑の魔法を体験していただいたほうがよろしいと思いますよ。」
そういうとサポニスはニヤリと笑った。
「では準備ができ次第、合図を下さい。
アリア、空に向かって光球を放つのです。
私たちはそれを合図に侵攻を開始しますからね。」
お姉ちゃんがみんなに指示を出した。
「作戦が整い次第、合図を送ります。
では、皆様にはわたくしからの作戦を伝えます。
伝令役はシルフと風の精霊が行います。」
「シルフ、よろしくね。」
と私が話しかけると、
「任せておいて、みんな、頑張るんだよ。」
とシルフが精霊たちに声をかけた。
周囲は精霊の光に包まれた。
「作戦はこうです。
私とラヴィは位置を悟られないように右翼の端を歩いて行軍します。
中央はネルフが防御の拠点をつくり、カイルが遊撃します。
アルスたちは中央からやや左側。
そこで奮戦していてください。」
「守護騎士から離れては危険なのでは?」
「敵から位置がわからないようにするためにはそれでいいのです。
私たちが見つけられなければアルスたちを探すでしょ?
はじめはそれでいいです。」
「それから私たちは上空からネルフたちを援護するように攻撃しますが、私の風の刃では牽制攻撃はできても仕留められません。
そこでカイルたちが仕留めます。
そうしてネルフの防御陣を押し上げて丘の手前まで行きます。」
「ほう、心得た。」
ネルフがそう答えた。
「後は旗を目指して駆け上がってください。
エルフは近づくものを遠距離からの範囲魔法で牽制してくださいね。」
「アルスたちとは敵陣の丘で再合流しましょう。
そこからは地上戦ですので頼みましたよ、竜の守護騎士アルス殿。」
「竜の守護騎士アルス殿ですかい、こりゃ大役ですぜ。
坊主ども、しっかり楽しんで来いよ。」
とカイルが言った。
戦闘を楽しめ、気が臆すれば必ず負ける。
それなら楽しんだ者が勝ちだ。
それはカイルがいつも私に訓練で言う言葉。
彼の信念なんだろうな。
堅実なネルフとは正反対だけどね、二人とも強いから、どっちがいいかわからないよ。
「ではアリアさん、合図お願いします。」
アリアが天に向かって光球を放った。いよいよ開戦の合図である。
その様子を小高い丘から見ている3人、サポニスとチコおばちゃん、ナギおじさまだ。
「嬢ちゃんたちの初陣にしては、厳しすぎないかい?
5000の軍勢をたった100人で抑えるんだよな、旦那。」
「ええ、これでも足りないくらいです。
お嬢様が竜の力を覚醒できれば、の話ですがね。」
「それほどまでにお嬢は強いのかい?」
「ええ、先代と同じことができれは、この程度の軍勢なら、軽く消し飛びます。
でもね、それにはお嬢様の覚悟が必要なのですよ。
何のために力をふるうか。」
サポニスは期待を込めてアルスたちに注目していた。
「もちろんこの程度の軍勢では、時間がかかりますが普通に戦っても十分攻略できますがね。」
「上から見ているとわかるでしょう、左右と中央を少し先行させて、弓状の陣形を取っています。
その少しへこんだところに敵が集中するので、そこに魔法攻撃を打ち込んでいますね。
相手の戦力が下がったところをカイルたちが効率的に刈っています。
もう500ほどは減りましたかね。」
「すげえもんだな。
誰の指揮かい?」
「ここまではアイリス殿下の読み通りですな。
知能の低い敵はまっすぐ攻めてきますので、進路を変えてやればぶつかって混乱し、集中して進行が遅くなる。
そこに魔法攻撃で援護しながらカイルの攻撃です。」
竜の咆哮とともに私はドラゴンの姿になった。
お姉ちゃんは上空からの風の刃で、中央のネルフたちの守備陣形の周囲の敵をなぎ倒していった。
今度はそこに竜の守護騎士が弱った敵を一掃していった。
「上空と地上の連携ですな。
さすが姉弟で息が合っていますね。」
そうしてネルフたちの守備陣形を押し上げ、エルフたちがそれに続いた。
自陣にはドワーフの守備隊が旗を囲んで守っていた。
「ここまでは作戦通りですね。
しかしここからですよ。
ほら、後続のトレントたちが前線に追いついてきましたから。」
だんだん敵のトレントが多くなってみんなを囲み始めたの。
そしてオーガのおじさんに弦が巻き付く。
「助けてくれ…!」という声が戦場に響くが、あまりの数に誰も助けに行けない。
生命力を魔力を吸われて、おじさんの顔が徐々に青白くなっていくのがわかった。
あのおじさんはカイルにしごかれて泣いていた時に、そっと頭を撫でてくれた。
騎士のお姉さんの槍にも弦が巻き付いて動けない、弦は容赦なくお姉さんをぐるぐる巻きにしている。
お兄様が助けようとするけど、お兄様にまで弦は巻き付いていた。
「やだ、来ないで、もうやめて。」
私は心でそう叫んでいた。
背中のお姉ちゃんも上空から援護しているけど、たった一人ではこの数を相手にもう何もできなかった。
これが戦争なのね。
私の好きな人が戦いに傷ついていく。
私を守るために。
「そんなのやだよう。来ないで……。」
私はもう泣きそうだった。




