ゆびわのしんじつ
「母上の、いやジジイのせいで俺はこの国では厄介者になっていたからな。
サナだけだった。
俺の話をまともに聞いてくれるやつはな。
だから十分な褒美と、ひどい扱いを受けないようにする必要があった。
そして最後には首にしなければならない。
もうかかわるなと。」
「はい、殿下も日々悩まれていることも知っておりましたし、自分に注目が行くように悪態をついていたことも、本当は姉君と兄君とも遊んでほしかったことも。」
「それを言うな、サナ。
ただでは済まなくなるぞ。」
「いいえ、殿下。
わたくしは忘れません。
王妃様に呪いが返ってきたとき、王妃様は言いました。
『これで人として、過ちを背負って死ねる』と。
まだ幼かった殿下を抱いて、そう言いました。」
もうサナは泣きながら話をしていた。
当時王妃のお傍付きの従者では最年少の12歳だった。
その時アルゴは2歳。それから10年以上は経っていた。
「俺が大きくなって魔法が使えるようになった時、狂気の中で母が俺に懺悔したんだよ。
この指輪に込められた恐ろしい陰謀と、そしてそれを知らずに操られ、犯してしまった過去の過ちを。」
サナはいてもたってもいられず、
「私は知っていました。
呪いが返され、お顔や体に黒い帯が現れてからも、穏やかに暮らしていた王妃様や、孤独に打ちひしがれた殿下の様子も。
その指輪の持つ呪いの意味も。
殿下が成人すればすべてが終わると言った意味も。」
「黙れサナ、お前ももう知らなかったではすまぬぞ。」
「なぁ、大臣、騎士団長。
すべては俺たちの一族のしたことだ。
サナには関係ないし悪くない。
だから黙って開放してやってくれ。」
「どうかご安心を、王にも進言いたします故、この件は殿下とサナの会話でありましたな。
私共は聞いておりませぬ。
なぁ団長殿。」
騎士団長は黙ってうなずいた。
「指輪はこの国にいるうちは母を殺さなかったみたいだな。
まだ王は生きていて、王を殺すまでは使命を果たしたことにはならないからな。
姉上たちが死に、俺が成人すればそれで指輪の命令は終わりになる。
でもその前に俺は処刑される必要があった。
母の代わりに罪人として。
母はいずれ死ぬだろうが、そのままでは遺恨が残る。」
「ですが殿下、あなたは誰も手にかけてはいないじゃないですか。」
と大臣が口をはさむ。
「失敗するように働いていたのであろう、この狸親父め。」
「ええ、わたくしも事情は存じ上げておりましたので。」
「馬鹿、それを言ってはお前もただでは済まされないではないか。」
そうアルゴが言うと、
「それで派手に闇魔法を使って見せたのですね」
と騎士団長が尋ねる。
「ああ、もともとあれは人を殺せるものでもないのだが、見栄えは十分であろう?
恐ろしく残虐に見えたのと、姉上たちにそう見せたかったのだ。
しかし姉上にかけるわけにもいかないし、ちょうどそこへ魔力の高い竜人がいたのでな、挑んだんだがコテンパンだった。」
と苦笑いして、
「俺は母を安心させるために、成人する前に自ら処刑される道を選ぼうとしていたのだ。
母も罪を背負い死にたかったのであろうな。」
「そんなの、悲しすぎます!
間違っています!」
「ああ、わかっているさ……でも俺たちはずっと、この呪いの輪の中にいたんだ。
どう抗っても抜け出せない因縁の輪の中に!」
「それで、自ら死を選ぶというわけですか……殿下は馬鹿です。」
「ああ、そうだろう……ありがとうな、サナ。」
サナはうつむいて、ただ泣いているばかりだった。
「なあ騎士団長、この世には人ならざる者、命を持たぬものがいてな、それを束ねて軍勢とする恐ろしい話を聞いたことがあるのだ。
娘と孫が国盗りに失敗したので、力でねじ伏せようと。
どこかのジジイが考えそうなことだとは思わないか?。」
アルゴは部屋にはいないはずの、誰かに話しかけた。
「それでな、教授。
その闇魔法には光の力が有効なんだよな、そう言えばそんなのがいたよな。
それから、大臣。
竜の森の秩序の天秤には、支配者の願いをかなえる力があるんだってな。
ジジイが欲しがるとは思わないか。」
「……。」
「あ、サナとの楽しい会話が、こんな難しいことになってしまったよ。
すまないな……、サナ。」
従者が王の到着を知らせた。
王様は黙って席に着き、人払いを命じた。
「久しいな、アルゴよ元気だったか。」
「ええ、親父殿もお元気そうで何よりです。」
サナが食事の給仕をしている。
この部屋に滞在を許されたのはサナだけだった。
「今日はたまにはこうしてお前と食事でもしようと思ってな。」
やがて食事が運ばれて、ゆったりとした時間が流れた。
食事が終わり、お茶が運ばれる。
「母上は死にました。」
それだけアルゴは父王に言うと、
「そうか」と一言だけ王が答えた。
王と皇子は子どもの頃の思い出と、物心ついた時から病んでいる王妃のこと、そして何よりも人質として嫁がされたその身の不幸を皇子に説いた。
「さぞつらかったことであったな。して王妃の最期は?」
食事が終わってサナがお茶を入れ、退室した。
「親父には言わなければならないことがあって、どうしても会わないといけなかったのです。」
「ほう、では聞こうではないか。」
「ええ、『ごめんなさい、愛していました。』と。」
その言葉の意味を王は知っていた。
自らに課せられた呪いの使命に抗い続け、その力に負けて犯してしまった罪の重さ。
何よりも今、自分が生きているという事実がそれを物語っている。
「ああ、受け取った。」
と一言だけ言った。
それから、部屋には騎士団長と大臣が呼ばれ、王の決定を待っていた。
「魔導帝国将軍、アルゴを西の塔に幽閉する。
事情を知るサナも同様に西の塔の侍女とし、決して情報が洩れぬように注意するのだぞ、大臣。」
「は、承りました。」
「それでは親父、ジジイの思うつぼではないか。
この国を攻める口実を与えるようなものだ。」
「今わしはそなたを『魔導帝国将軍』と言ったぞ。
戦に勝つためには戦力を討ち果たすのも大事だが、敵の有能な将を打ち取ること。
つまりおぬしは捕虜である。のう、騎士団長。」
「は、捕虜でありますから国際条約に基づきその身柄は拘束されますが、身の危険はありません。
尋問にも素直にお答えいただきましたので、これ以上のことはなにもございません。」
「いいのか? 俺はここで潔く死ぬつもりだったんだぞ!」
「其方に与えるべきは死ではない。
亡き母の分まで生きよ。
そして自らの思うが通り信念を持て。
もはや其方を操る者は存在しない。」
「……『奴ら』が黙っているはずがない」
「だからこそ、捕虜なのだ。」
俺は呆然とした。
しかし、サナが無事であることに安堵していた。
この指輪のせいで、一人の女が、自らの意思とは無関係に夫を愛し、子を産み、国を滅ぼす運命を背負わされた。
こんな非道なことをするジジイを、俺は絶対に許さない。




