やみのちから
サポニスの予想通り、魔導帝国の魔術師たちは、南の森から現れ、夜のうちに移動し、小高い丘の上に陣を敷いた。ここまでは予想通りの展開だった。
私たちは早朝から見張りをしているコボルド部隊の伝令を待っていた。彼らは戦力は弱いが足は速い。こういう時には索敵や偵察なんかを担っていた。
「コボルド隊から連絡がありました。敵魔術師は9人。そのうち一人はジャニス。」だと伝えられた。
「ほう、ジャニスがいるということは、それが敵の本部で、魔術師は全部で8人。別動隊はいないということですな。」
いよいよ敵が攻めて来る。この森に侵攻し、秩序の天秤を奪うために。
「アイリス殿下、お願いします。」とサポニスが言うと、
「敵は予想通り魔法陣を設置して大群を呼び寄せる作戦のようだ。これから魔法陣の構築に入り、ここを侵略するであろう。この機を逃してはわざわざ敵の術中にはまるようなものである。まずはこれから奇襲をかける。」
すると、会場がどよめいた。
「その一撃を合図とし、前線を押し上げる。その後は昨日の作戦の通り、我らが竜騎士と守護騎士が連携し右翼を攻める。ネルフは状況を見て行動を開始せよ。各自奮戦を期待する。」
「おう。」一同気合のこもった返事だった。
「これは防衛戦である。各自命を大事にな。敵勢力に押され、いずれ森まで後退し持久戦になるだろう。勝利条件は味方を減らさないことである。」
「皆の者、剣をとれ、我が森を守り抜くぞ。」
「おう!」という声とともに歓声が沸き上がった。
それから竜の咆哮とともにドラゴンに変身した私の背にアイリスが飛び乗り、
「出撃!」と声をかけた。
まずは私たちの奇襲攻撃から。りゅうのお守りのおかげでずいぶん飛びやすくなっていた。
「ラヴィ、いくよ。まずは上空高く飛んで、全体を把握したいの。」
お姉ちゃんの声が聞こえる。私たちは今、念話で意思が伝わる。これほど心強いものはない。
まだ明けきらぬ空の上から、翼を輝かせてドラゴンが静かに滑空した。
「お願いラヴィ、力を貸して。」という声が聞こえた。
「お姉ちゃん、頑張れ」と私も応援した。
飛竜の槍の先端に魔力がこめられ、風の刃の一撃が敵本陣めがけて炸裂した。
「ひゅん」と大きな風切り音を立てて大きな風の刃は敵の魔法陣を直撃した。
はずだった。そこにはジャニスが立ちはだかった。大きな杖を構え、魔法防御を発動させた。
「ドーン」という音が響き、魔法陣は無事だが周辺の草原にはすさまじい魔法の跡が残った。
「あれを防げるの、不公平じゃない?」と私が言うと、
「サポニス様でも防げたよね。同等以上の使い手なのでしょう。」とアイリスは冷静だった。
「きっと今のがジャニスね。ここから彼女を切り離したいのだけど。」
「それじゃ後ろの森の上から、太陽の光を背中にすれば見えないよね。」
「やってみようか。森からは守護騎士とカイルとネルフが出撃したから、彼らが攻めやすいように後ろから攻撃しよう。」
「わかった。」
森から飛び出した竜の守護騎士は右から、左からはネルフとカイルたちの合同部隊、中央からコボルド部隊が一撃離脱をして牽制していた。
そしてその後ろ。森との境界線のあたりでサポニスが極大魔法を準備している。炎の極大魔法。詠唱が長く無防備になるため、使いどころは今しかないと考えたのだろう。
「サポニス様の魔法に合わせるよ。サポニス様の炎の極大魔法をジャニスが防ぐ。そのすきにうしろの森からの一撃を浴びせるよ。いい?」
「うん、やってみるね。」私は太陽のほうに飛んで、宙返りして高さを稼いだ。上空から魔法陣を作っている魔導士たちを狙い撃ちにした。
サポニスの極大魔法が放たれた。ジャニスはそれを防ぐため、魔法陣から少し離れて受け止めようとしていた。
「今よ、お姉ちゃん!頑張って!。」
アイリスの手の紋章が光り、飛竜の槍は輝きを増した。
高高度からの魔法の一撃!風の刃はジャニスが離れたすきに、「ドーン」と音を立て、魔法陣とそばにいた魔導士に命中した。魔導士2名が吹き飛ばされて、丘の下まで転がっていった。そこにはコボルド部隊がいて、捕虜にしていた。
「いいぞ、お嬢」とカイルが声をかけるが、応える暇もなくジャニスがこっちに向かって炎の魔法を放つ。私は急旋回してそれをよけると上空へ退避した。
サポニスは森の中央に戻り、聖属性の防御魔法をかけ、森全体を覆った。
カイルたちは転移の魔法陣まであと一歩のところ、竜の守護騎士はジャニスめがけて攻撃を開始した。私たちも上空からジャニスめがけて風の刃を放った。ちょうどジャニスの後ろから放ったので、これにはジャニスも対応しきれずに竜の守護騎士たちの前に弾き飛ばされた。
ところがジャニスは竜の守護騎士の前では応戦せず、おとなしく何かを待っていた。
ほどなく、魔法陣が作動する。中から勢いよく黒い帯状のものが飛び出してきた。
「はは、お前たちはこの黒い集団に蹂躙され、同志となるのだ。」と言って嘲笑っていた。
「貴様らは『生』にしがみつく弱者。魔導帝国は”死をも超えた力”を手に入れたのだ!」
ジャニスはナイフを自分の喉元に立てて、
「これが魔導帝国の強さ。命を超えたところでなお、強くなれる。」
「アルス、彼女を止めて。魔導兵になることを望んでいるの!」
声は届いたが、ジャニスのほうが早かった。
「魔導帝国万歳!」そう言って自害した。
「くっ……!」思わずアイリスは目をそむけた。
「竜の森まで撤退します。黒い集団に取り囲まれないように注意せよ。」
サポニスは土魔法で地面から岩を隆起させ、魔導兵が進行してくるルートに分岐を作る。そこにエルフの魔法部隊が攻撃をする。
左翼のネルフたちは強襲を試みるが、魔導兵の大群に押されていた。
「ラヴィ、お願い。ネルフたちの退路を作って。」
ネルフの後方の魔導兵の一群をドラゴンブレスで一掃し、ネルフたちの退路を確保する。続いて右翼の竜の守護騎士も騎乗して撤退している。草原では騎馬の機動力は何よりも勝るのだ。
中央のコボルド部隊は森の防御結界の内側まで撤退を完了していた。
私は旋回してはドラゴンブレスを放ち、直線状に魔導兵を消し去っていった。
しかし、魔導兵は減ることはなく、時間とともに増加し、森を取り囲むようになってきた。カイルたちが露払いをしてネルフたちの退却を助ける。私はネルフたちの上空からブレスを放ち、後続の魔導兵を消し去っていった。
まもなくネルフたちが防御結界の内側に退避し、全員が竜の森に入った。
「さっきの魔導士の周りをブレスで魔導兵を近づけないようにできるかな。」
お姉ちゃんの言うとおりにジャニスの遺体の周りにブレスをかけて魔導兵たちが近づかないようにした。
「ファイアランス」
アイリスが魔法を唱える。ジャニスの遺体は炎に包まれた。これでジャニスはもう魔導兵になれない。強敵を一人減らしたんだ。
「一度戻ってサポニスと合流しよう。森のみんなも心配だから。」
私たちは岩の塔を目指して飛んで行き、ゆっくりと地上へ降り立った。
森のみんなと王城の使者たちは謁見の間に避難していた。厨房では炊き出しが行われ、城の侍女たちとともにチコおばちゃんが皆に食べ物を配っていた。
「各自交代で食事を済ませ、半分は夜に備えて休息をとれ。」
「持久戦は長引くことになるぞ。休めるときに休み、食事もあるうちに食べておけ。」
各隊の隊長は部下に指示を出している。各部隊の被害状況を調べると、コボルト部隊に負傷者はいるものの、戦死者はなかった。
「アイリス殿下、上出来です。まずは奇襲をかけ、被害が出る前に撤退できたのはお見事です。」
「はい、皆さんが協力してくれたおかげです。」
「しかし残念なことに、私の防御結界だけでは最後まで防ぎきれません。いずれは森の中での戦闘も覚悟しておいたほうがよろしいですな。」
「森の中での戦闘では我ら竜騎士も、騎馬も役に立たない。個々の実力に委ねるしかないようですね。」
「最終ラインはここです。ここまでたどり着く魔導兵を極力減らしておきたいものです。」
「わかりました。それでは今のうちに我らも休息をとらせていただきます。何か異変があればお知らせください。」
「ええ、お疲れさまでした。」
チコおばちゃんが呼んでいる。私はお姉ちゃんの手を引いておばちゃんのところへ駆け寄った。
「チコおばちゃん、大丈夫?」
チコおばちゃんは私の姿を見るなり、ぎゅ~ってしてくれた。でも、おばちゃんの手は、少し震えていた。
それでも、私たちの前ではいつもの笑顔だった。
「ああ、まだここまでは戦の影響は出ていないからね。それよりもあんたたちだよ。どうだい、けがはないかい?」
「うん、大丈夫だよ、おばちゃん。ね、この通り。」
私は小さくジャンプしてくるっと回って見せた。
「そうだね。でもね、厳しい戦いだって言うじゃないかい。あなたたちはまだ子どもなんだから、怖くなったら無理せず逃げてもいいんだよ。」
「うん、でもね、みんなと一緒にまたこの森で暮らしたいから、この森を守るの。それだけだよ。」
「そうね、私も皆が好きだ。だからこうしてラヴィと闘っているのよ。愛する者のためにね。」
「うん、チコおばちゃんもナギおじさまも、とっても愛しているよ!」
「そうだな。」ナギおじさまが飛竜の槍の様子を見ていた。
「今は非常時だから、これしかないけど食べてお行き、それからあなたたちは今のうちにベッドで休むの。少しはここの大人たちに甘えなさい。あなたたちにはもっと大きなお仕事があるでしょ?」
「うん、そうだね。お姉ちゃん、食べようよ。そのあとはサポニスが起こしに来るまでは寝ているの。休むことも仕事だって、ネルフが言ってたよ。」
「そうね、この戦はすぐには終わらないから、どうやって長く戦うかを考えないとね。」
「秩序の天秤」の部屋では魔法陣が輝きを増していた。その様子を見ていたサポニスは、
「どうやらこの戦争の行方を、天秤は見守っているのかもしれないですね。」
天秤は揺れながらも均衡を保とうとしていた。