まねかれざるものたち
アルゴは捕虜として王城の西の塔に拘束されていた。魔導帝国には、アルゴは戦死したと丁重に伝えてあった。
「おいサナはいるか、悪いが騎士団長を呼んでくれ。」
サナは事情を知る者として西の塔でアルゴとともに監視下に置かれているが、実情は比較的自由に行動している。
「はい、ただいま伝令をお願いしたところでございます。」
「火急の要件である。急がせよ。」
「はい、ただいま。」と、サナはアルゴの機嫌を損ねないように対応する。
捕虜となってもなお、尊大な態度を崩さない。死に場所を求めて来たはずが、今日も生かされ、生き恥をさらしている。虚勢でも張らねばやっていられないのであろう。
「皇子殿下、火急のご用向きとはいかがされましたか。」
「なあ騎士団長よ、あれから幾日ほど過ぎたか。そろそろ魔導帝国では魔導兵の準備ができる頃であるから、まずは知らせておこうと思ってな。」
「は、それはどういう。」
「わからぬか、魔導兵の準備ができれば、侵攻が開始される頃だと言っておる。とはいえ地上を進軍させるわけにもいかないので、魔導帝国は魔導士をこの都市周辺に送り込むはずだ。そこで魔法陣を構築し、魔導帝国から一気にこの地に魔導兵を出現させようという計画だ。」
「は、そのようなことになっていたのですな。して、我々はどうすればよろしいかと。」
「王都周辺に魔法陣を構築しようと帝国の魔導士が既に潜伏している可能性が高い。奴らに魔法陣を構築させ、起動される前に破壊せよ。」
「魔法陣を構築前に始末してはいかがですかな?」
「ならん、魔法陣ができたことを知らせる連絡役がいるはずだ。彼にはそのまま魔法陣の完成を魔導帝国に伝えてもらう。なので魔法陣の構築された場所を把握しておく必要があるのだ。そして魔導士が魔法陣を起動する前に始末し、魔法陣を破壊するのだ。」
「わかりました。でもなぜそのようなことを。」
「魔導兵どもは、魔導帝国に構築された入口の魔法陣から王都周辺の出口の魔法陣へと転送される。入口の魔法陣が使われることに意味があるのだよ。出口を失った魔法陣に入ると。時の止まった次元のはざまに捕らえられ、永久に出てはこられなくなるだろう。」
「はい、それでは帝国は送ったと思っている魔導兵を数多く失うことになりますな。それはよいお考えです。」
「俺はな、いくら戦とはいえあの魔導兵は嫌いだ。魂のない屍を闇魔法の秘術で動かしている。その屍は捕虜になったものや、帝国にて裁かれた罪人たちの身体を使用している。このために死刑になったともうわさされている。」
「いや、それは恐ろしいものです。そのようなものが攻めてくるとはこの都市は大混乱になりますな。」
「俺も魔法使いではあるが、あのように自然の理に反するものの存在を許してはおけない、おぞましき存在なのだ。」
「だから協力してそれらを排除せよ、という訳ですな。」
「ああ、ギルドにも話を通して、冒険者にも手伝わせよ。決して気取られてはならない。俺の存在も漏らしてはならないからな。」
「は、心得ました。」
「だが気をつけろ、相手は斥候の訓練を受け、魔法を操る上級のウィザードだ。気配も消せるし、人心をたぶらかす闇魔法の使い手でもある。名をジャニスという。もちろん偽名を使って入国しているだろうさ。」
この情報はエリックにも伝えられた。偽造した冒険者カードを使って入国したものがいると報告を受けていたので、エリックも部下に指示を出し、人物を特定するように指示をしていたところだった。秘密裏に入国している魔術師たちを束ねる頭目、ジャニスを特定し、足取りを追う必要があった。
エリックはシルフの眷属である風の精霊たちの力を借りて、ジャニスを特定しつつあった。希少な闇魔法の使い手には独特のオーラのゆらぎがあるという。それらは人間には察知できないが、風の精霊たちなら見分けることができる。その様子は風の精霊からシルフへ伝わり、サポニスへ報告された。
そのころ冒険者の間では、王都周辺の森に潜む怪しい集団の話題が上がっていた。彼らは野営をしながら周辺を調査しているように見えたという。
「団長、間違いないようですね。アルゴ皇子の言う通りの展開になってきました。始末しますか?」
「いや待て、アルゴ殿下は魔法陣が起動したと敵に思い込ませることが肝心だという。今は場所を特定し、奴らが頭目と何らかの接触があろう。それまでは監視を続けろ。」
「は、仰せの通りに。」
2日後、ジャニスは隠蔽魔法を使って都市の門番から隠れて郊外へ脱出。王都近くの森に潜伏している魔術師と合流。翌日に魔法陣の設置場所と思われる場所を巡回し、魔術師たちとともに竜の森へ向かったという。
ジャニスが竜の森へ向かったと報告を受けたエリックは、王都の森の魔法陣を破壊するように冒険者に指示を出し、騎士団は見張り役の魔導士を確保、王都の牢へ身柄を拘束した。
「これで王都への侵攻は防ぐことはできましたが、竜の森の天秤を手に入れようと画策しているようです。師匠、お気を付けください。」とエリックからサポニスへ報告がなされた。
次の日の朝、サポニスの呼びかけで謁見の間にそれぞれの部隊長と竜の守護騎士たち、そしてアイリスと私が招集された。
「それでは軍議を始めるとしよう。皆の者、朝早くからご苦労であるの。先ほど王都の冒険者ギルドマスターのエリックから報告があったでのう。魔導帝国から魔術師12名とその頭目がこの森に向かっていると報告じゃ。彼らは魔法陣を竜の森の周辺に設置して、魔導兵を帝国から一気に送り込む作戦のようじゃ。」
「でもよう、旦那。この森の周辺は草原が広がっているだけで、隠れられそうな場所はないのではないか。」とネルフが言う。
「もともと隠れる気もないのでしょうね。周囲を取り囲んで一気に攻めるのであれば、複数の魔法陣を隠しておいて攻略するのでしょう。しかし、ここには遮るものがない。となれば、魔法陣を構築して一気に攻めてくるでしょう。」
「場所がわかれば対処は可能だな、これじゃお嬢の出番がないのではないか。」
「軽口を叩けるのは今のうちですよ。複数人で大型の魔法陣を設置されれば、軍勢の勢いが増します。もちろん維持するためにはその場で魔導士が操作する必要がありますから、彼らは動けないでしょう。我々はそこをたたけば勝利という訳なのですが。」
「数がねぇ。敵さんはどれほどの勢力なんだい?」とカイルが尋ねる。
「ギルドが聞き出した情報では、およそ10万とも言われています。」
「おいおい、そりゃねえだろう。いくら何でもめちゃくちゃな数だな、いったい何が攻めてくるって言うんだい。」
「アルゴ殿下によると、闇魔法で使役した死体だそうです。」
一同は静まり返った。かつて遭遇したこともないようなものが攻めてくる。そういった緊張感のようなものが走る。
「以前の訓練のように、魔法を使って魔導兵を作り出していると考えられます。またこの魔法の厄介なところは、その場で戦死した仲間も使役するということです。」
「戦場で『倒された仲間』が即座に魔導兵として襲い掛かってくるってことですかい。」と言い、カイルは戦慄を覚えた。
「何よりも厄介なのが、その相手は生前の姿のままなのです。我々は苦しみながらも、それが敵として襲いかかってくるのであれば、倒さなければなりません。」
「……つまり、我々から戦死者が出ると敵に取り込まれて増えてしまう、ということなのですね。」と、アイリスが質問する。
「はい、だから我々のうち強い戦力のある者は、打ち取られてはいけないのです。そうしてあの国には強い魔導兵がいるのですよ。」
「もしもよ、私が討伐されたらどうなるの?」とサポニスに聞いてみた。
「お嬢様、残念ながら我々では対処ができません。災害級の魔物『ドラゴンゾンビ』になってしまいます。しかも闇属性のブレスが死体の山をゾンビの兵に変えてしまいます。ほどなく世界は闇に支配されるでしょう。」
「うぇぇ、そんなのやだよぅ。」
「大丈夫よ、私がいるでしょ。」とお姉ちゃんが手をつないでくれた。
だいたい戦況が理解できたところで、作戦を立てていく。
「情報によると彼らは人目を避け、森の中を行軍していると思われます。到着は早くとも3日後、竜の森の南方に出てくるでしょう。」
サポニスは大きな地図を広げて王都からの進軍ルートを予想する。
「そこから竜の森に向かう途中の小高い丘、ここに彼らが魔法陣を設置すると予想します。」
「どうして丘の上なんだ?」
「召喚された魔導兵の足が遅いからです。召喚されてすぐに下り坂なら、後続も滞りなく進軍できるでしょう。丘を降りた魔導兵は、この森を取り囲むように攻めてくるでしょうね。」
「場所がわかっているなら、そこに何か仕掛けでもするか?」
「いえ、相手は斥候の訓練を受けた魔術師、エクスプローラーなのですよ。」
「おいおい、なんだってそんな奴がいるんだよ。」
「それほど重要な作戦なのでしょう。なので、ここはあえて何もしません。」
「何もない安全を確認すれば、当然敵はそこを使うでしょうから、なんの懸念もなく、我々が想定した場所を使っていただきます。」
「では、侵攻ルートに仕掛けを作るのですね。」
「その通り、知能の低い敵はまっすぐに攻めてきますので、壁などを作って少しコースを変えれば渋滞が起こります、そこへ魔法攻撃ですな。」
サポニスは地図上にマークを書き入れた。
「これは前回の訓練と似ていますね。」
「はい、ですが今回は敵の数が違うというのと、相手は不死の魔導兵であること、仲間が倒されれば敵になってしまうことですな。」
「上空からの魔法攻撃はどうでしょうか?」
「当然時もそこは警戒しております。魔法陣あたりには魔法障壁を作っているでしょう。ですが、物理攻撃には弱いはずです。」
「回転しっぽアタックで吹っ飛ばす。」
「そこにたどり着くまでが重要なのです。アイリス殿下、上空からの指揮をお願いできますか。」
「はい、前回予行演習をしていただきましたので、なんとなく戦略は似ているものかと思いまして。」
「いいでしょう。私は防御結界で森を守りますが、闇属性の魔導兵がぶつかるたびに聖属性の防御結界は弱っていきます。」
そうしてサポニスは地図の上に丸く円を描いた。
「私の防御結界は、このように竜の森を覆う感じになります。なので、私の防御結界が崩れる前に敵の魔法陣を破壊してください。」
「そうですね。これは時間との戦いになるわけですね。わかりました。」
アイリスは少し考えてから、
「カイルたちには直接攻撃を担ってもらいますが、まっすぐに進もうとしても魔物の勢いに押されてしまうでしょう。ネルフたちが円陣を組みながら左翼から敵陣に接近。我らは右翼で竜の守護騎士たちが敵とぶつかり、ひきつけておきます。」
「それではお嬢が格好の的にされますぞ。」
「はい、強力なおとり役です。魔導兵の群れも数が減ったところに補充するように動くのでは?そうすることで反対側に隙を作りますので、そこをネルフと一緒にカイルの強力な部隊が魔導士を襲います。」
「わかりました。おい坊主ども、姫さんと嬢ちゃんを頼むぜ、この二人が世界の希望なのだからな。」
世界の希望……そんな大きなことを言われても、私にはまだよくわからないよ。
「ほかの戦力は森の防御結界の直前で敵の侵攻を防いでください。エルフの魔法部隊は適時に魔物が集まっているところに魔法攻撃をお願いします。」
ここまで言い終わると、アイリスは一息ついて、
「相手は魔導兵、魔導士によって生まれた屍の軍勢である。それは死者への冒涜に他ならない。我らはその者たちが戦争に使われ、この世にとらわれたままになっている哀れな者たちを、安らかに天上へ導いてやろうではないか。」
敵の数はおよそ10万、それほどの大軍をどう迎え撃つつもりだ?と、静かな動揺が走った。
「そしてこの世の理に反してまでも、権力にしがみついている大魔導士に怒りの鉄槌を下すものである。それは同時に我らの森を守ることでもある。」
「皆の者、我とともに剣をとれ、森の守護者として共に戦おうでないか。」
場内に賛同の拍手が沸き上がった。ああ、お姉ちゃんは本当に竜騎士になったのだな。
このまま戦が始まると思うと、やはり心配でならなかった。
「私は戦いたいんじゃない。でも、見ているだけじゃ、もっと嫌だ…!」
優しいお姉ちゃんが少しずつ変わっていってしまうことに、ちょっぴりさみしくなったの。でもね、この戦いが終われば、またみんなと仲良く暮らしていけるんだよね。
今夜はチコおばちゃんの家にお姉ちゃんたちと一緒に呼ばれている。ナギおじさまがお姉ちゃんに話があると伝えていた。今夜も私の大好きなクリームシチューだって。