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アルゴふたたび

 アイリスたちが森での修行を行っているそのころ、アルゴはたった一人で王城にやってきた。

「おい、伝令を出せ。第二皇子のアルゴ様が帰ってきたと。」

 そう門番に告げると、外門から王城へ続く石畳の上を堂々と歩いている。

「お待ちを、アルゴ様。」そう声をかけたのは騎士団長である。

「俺は親父に用があるのだ。貴様にではない。」と無視してエントランスに向かおうとするが、騎士団長の合図で数名の騎士たちが行く手を阻む。

「貴様、何の真似だ。お前ごときがこの俺様を止めるだと、笑わせるな。」

「アルゴ殿下のご訪問の真意をお伺いしてもよろしいですかな?王城には何用で参られたのか、お聞かせ願いますか。」

「これは国家の重要事項なれば、貴様などに話しても埒が明かん。いいから俺を親父の元へ通せ。それが貴様の身のためだ。」

「それに」

「それに?」

「俺にはいまは争う意思はない。もしそうであれば我が身一つではここへは来ないぞ。まぁ、それでもここを突破する程度のことはできるのだがな。」

 その様子を聞きつけ、慌てて奥からベスパー大臣がやってくる。

「これはアルゴ皇子殿下、お迎えにも上がらず、失礼いたしました。ここはわたくしがお相手差し上げましょう。ではこちらへ参りましょうか。」

 騎士団長がベスパー大臣に詰め寄るが、ベスパー大臣は騎士団長に耳打ちをする。

「今のお前たちではこの方には到底かなわない。不測の事態に備え、各所へ伝達せよ。警戒態勢をとれと。その間この方のお相手はわしがする。それから王へ伝令を。」

「は、承りました。」

「おい、作戦会議は終わったのか?ではベスパー、案内を頼む。」

「はい、心得ましてございます。」


 ベスパーは謁見の間ではなく、迎賓館の中の応接室へアルゴを連れて行った。

「王はここにはいないはずだが。」

「こちらにお越しいただくように伝令をしております。食事でもとりながらゆっくりとお過ごしいただくよう、準備をしておりますゆえ。何卒、しばらくのご猶予をくださいませ。」

「ではサナを出せ。あいつには世話になったゆえ、用がある。」

 サナというのはアルゴの傍付きで年上の侍女である。当然この事態を受け、給仕のために呼ばれていた。

「これ、急いでサナをここに連れてくるのじゃ。」

「はい、ただいま。」

 しばらくしてお茶を携えてサナが静かに部屋へ入ってきた。いつものようにお茶を入れると、

「お久しぶりです殿下、お元気でしたか?」と笑顔で問いかける。

「ああ、すまないな。こうしてお前の茶を飲むのも久しいな。」

「ええ、よくお帰りになられました。」

「お前にこれをやろうと思ってな。母上がつけていた指輪だ。こいつをやろう。」

「え、そのようなものをいただくわけにはまいりません。」

「俺からでは不服か?」

「いえ、そうではなくて、あの、王妃様は。」

「死んだよ、いくら指輪の呪いとはいえ、哀れなものだ。嫁入りした国を亡ぼせなどと、あのジジイもクソだな。」

「それはどういう。」

「俺の言っていることはわからぬか。おい、ベスパー。アカデミーから教授をよこせ。呪いの魔道具について詳しい者を。」

「は、承知いたしました。」

「ではサナ、久しぶりにお前と話がしたい。少し付き合え。」

「はい、殿下。」そう言ってアルゴの前に跪く。

「いや、そうではない、ここでどうだ。」と言ってサナに着席をうながす。

 サナは大臣の顔を見ると、大臣は黙ってうなずき、手で椅子を指していた。

「では畏れながら。」

 そうしてサナはアルゴの隣の席に座り、お茶を手にする。


「ここから先の話は俺がお前に話すことだ。だが大臣がそれを偶然聞いたとしても俺は構わないことにする。」

「はい」とサナはもう泣きそうな声で返事をする。王妃の指輪、呪い。それだけでも十分に恐ろしいのに、これから話す殿下の言葉。

「まずはお前には感謝している。俺はその言葉も告げずに帰国させられたのでな。」

「はい、ありがとうございます。」

「そこで、お前にはあの指輪をやろう。もちろん呪いは発動していないから、身に着けても問題はないのだが、お前もそんなものは嫌だろう。だからアカデミーに売るというのはどうだ?そうすればここを出ていい暮らしができるだろう。何せ帝国がこの国に仕掛けた陰謀の証拠だからな。」

「そんな、畏れ多い。ますますいただくわけにはいきません。」

「俺がお前のものだと言っている。だからお前は金を受け取って黙って実家に帰ればよい。それだけだ。指輪をどうするかなぞ、気にせんでもよろしい。なぁ、ベスパー大臣よ、それでいいか。」

「はい、各所と相談のうえ、取り計らいます。」

「だとよ、よかったな。お前も実家に帰ることができる。俺からの礼だと思って受け取っておくがよい。」

「はい。」とサナは戸惑いながら返事とした。

「そしてお前は解雇だ。もう俺にかかわることを禁ずる。」

「それはどういうことでしょう?」

「今にわかるさ。俺はこの国を裏切り、ジジイからも『役立たず』と追放された。そして母は指輪の呪いで死に、親父にこうして会いに来たわけだ。」

 アカデミーから教授が呼ばれると、すぐさま指輪の鑑定に入る。部屋の隅では騎士団長が大臣に耳打ちする。

「王は隣の給仕部屋にいます。そのまま会話を続けよと仰せです。」

 大臣は無言で給仕部屋に了解の合図をする。

「あ、団長もそのまま聞いてくれ、貴様には俺の首を跳ねてもらわねばならんからな。」

 これには誰も何も言えなかった。


 しばらくして教授は、

「これは使役の呪いの指輪です。身に着けたものを命令に従わせ、従わなければ死を与える恐ろしいものでございます。」

「して、この指輪になどのような命令が。」と大臣が教授に問うとアルゴが、

「……王との間に子をなせ、そののちに皇族を滅ぼし王を殺せ……その子を王とせよ、失敗は死である……。」と答えた。

「そんな……。」サナは言葉を失う。

「こんな指輪を娘の身につけさせて嫁に出すんだよ、あのジジイは。」

「教授、これで帝国がこの国を乗っ取ろうとしていた陰謀の証拠になるだろうか。騎士団長、俺の首を跳ねる理由としては十分だろうな。」

「殿下、どうしてこのような大事を?」と大臣が問う。

「ああ、母上は日々変貌していったよ。こんなことでは死にたくないと指輪の力に抗い続けて、まともな精神を保つこともできないくらいにな。」

 アルゴは当時を思い出しながら苦笑していた。

「その指輪には闇魔法の発動も備わっている。魔力を通せば死の闇魔法が発動する。第一王妃は強力な闇魔法で死んだのだ。母上がそうした。しかし明るみにならなかったのは、母はもともと闇魔法の使い手ではなかったからだ。だから術者は不明のままだった。母が死んだ今になってようやくわかったことだ。」

「そうでしたか。なかなか術者が見つからないのはそのためだったのですね。」

「母は言っていたよ。そのまま見つかって首を跳ねられたほうが幸せだって。それはそうだろう、呪いで死んでいくその様子を、子どもたちが見てしまったと言っていたからな。ずっと自分を責め続けていたんだ。そして姉上や兄上にも時間が経ってから、その呪いは発動してしまった。」

「なんと、そうでありましたか。」と教授は言う。

「もともと術者の力でなないため、解呪が不可能という訳でしたか。」

「これ程重大な秘密をなぜ我々に?」

「言ったであろう、俺はもうジジイに用なしと言われたんだ。だからこの国で罪人として首を跳ねてもらおうとやってきたと。」

「これは、母上が最期に語った話だ。俺はこれを親父に話をしなければならない。そして最後の言葉を伝えなければならない。」

「母上の、いやジジイのせいで俺はこの国では厄介者になっていたからな。サナだけだった。俺の話をまともに聞いてくれるやつはな。だから十分な褒美と、ひどい扱いを受けないようにする必要があった。そして最後には首にしなければならない。もうかかわるなと。」

「はい、殿下も日々悩まれていることも知っておりましたし、自分に注目が行くように悪態をついていたことも、本当は姉君と兄君とも遊んでほしかったことも。」

「それを言うな、サナ。ただでは済まなくなるぞ。」

「いいえ、殿下。わたくしは忘れません。王妃様に呪いが返ってきたとき、王妃様は言いました。『これで人として、過ちを背負って死ねる』と。まだ幼かった殿下を抱いて、そう言いました。」


 もうサナは泣きながら話をしている。当時王妃のお傍付きの従者では最年少の12歳だった。その時アルゴは2歳。それから10年以上は経っていた。

「俺が大きくなって魔法が使えるようになった時、狂気の中で母が俺に懺悔したんだよ。この指輪に込められた恐ろしい陰謀と、そしてそれを知らずに操られ、犯してしまった過去の過ちを。」

 サナはいてもたってもいられず、

「私は知っていました。呪いが返され、お顔や体に黒い帯が現れてからも、穏やかに暮らしていた王妃様や、孤独に打ちひしがれた殿下の様子も。その指輪の持つ呪いの意味も。殿下が成人すればすべてが終わると言った意味も。」

「黙れサナ、お前ももう知らなかったではすまぬぞ。」

「なぁ、大臣、騎士団長。すべては俺たちの一族のしたことだ。サナには関係ないし悪くない。だから黙って開放してやってくれ。」

「どうかご安心を、王にも進言いたします故、この件は殿下とサナの会話でありましたな。私共は聞いておりませぬ。なぁ団長殿。」

 騎士団長は黙ってうなずいた。

「指輪はこの国にいるうちは母を殺さなかったみたいだな。まだ王は生きていて、王を殺すまでは使命を果たしたことにはならないからな。姉上たちが死に、俺が成人すればそれで指輪の命令は終わりになる。でもその前に俺は処刑される必要があった。母の代わりに罪人として。母はいずれ死ぬだろうが、そのままでは遺恨が残る。」

「ですが殿下、あなたは誰も手にかけてはいないじゃないですか。」と大臣が口をはさむ。

「失敗するように働いていたのであろう、この狸親父め。」

「ええ、わたくしも事情は存じ上げておりましたので。」

「馬鹿、それを言ってはお前もただでは済まされないではないか。」

 そうアルゴが言うと、

「それで派手に闇魔法を使って見せたのですね」と騎士団長が尋ねる。

「ああ、もともとあれは人を殺せるものでもないのだが、見栄えは十分であろう?恐ろしく残虐に見えたのと、姉上たちにそう見せたかったのだ。しかし姉上にかけるわけにもいかないし、ちょうどそこへ魔力の高い竜人がいたのでな、挑んだんだがコテンパンだった。」と苦笑いして、

「俺は母を安心させるために、成人する前に自ら処刑される道を選ぼうとしていたのだ。母も罪を背負い死にたかったのであろうな。」

「そんなの、悲しすぎます。間違っています。」

「ああ、わかっているさ……でも俺たちはずっと、この呪いの輪の中にいたんだ。どう抗っても抜け出せない因縁の輪の中に!」

「それで、自ら死を選ぶというわけですか……殿下は馬鹿です。」

「ああ、そうだろう……ありがとうな、サナ。」

 サナはうつむいて、ただ泣いているばかりだった。


「なあ騎士団長、この世には人ならざる者、命を持たぬものがいてな、それを束ねて軍勢とする恐ろしい話を聞いたことがあるのだ。娘と孫が国盗りに失敗したので、力でねじ伏せようと。どこかのジジイが考えそうなことだとは思わないか?。」

 アルゴは部屋にはいないはずの、誰かに話しかけた。

「それでな、教授。その闇魔法には光の力が有効なんだよな、そう言えばそんなのがいたよな。それから、大臣。竜の森の秩序の天秤には、支配者の願いをかなえる力があるんだってな。ジジイが欲しがるとは思わないか。」

「……。」

「あ、サナとの楽しい会話が、こんな難しいことになってしまったよ。すまないな……、サナ。」


 従者が王の到着を知らせる。王様は黙って席に着き、人払いを命じた。

「久しいな、アルゴよ元気だったか。」

「ええ、親父殿もお元気そうで何よりです。」

 サナが食事の給仕をしている。この部屋に滞在を許されたのはサナだけだった。

「今日はたまにはこうしてお前と食事でもしようと思ってな。」

 やがて食事が運ばれて、ゆったりとした時間が流れた。

 食事が終わり、お茶が運ばれる。

「母上は死にました。」それだけアルゴは王に言うと、

「そうか」と一言だけ王が答える。

 王と皇子は子どもの頃の思い出と、物心ついた時から病んでいる王妃のこと、そして何よりも人質として嫁がされたその身の不幸を皇子に説いた。

「さぞつらかったことであったな。して王妃の最期は?」

 食事が終わってサナがお茶を入れ、退室する。

「親父には言わなければならないことがあって、どうしても会わないといけなかったのです。」

「ほう、では聞こうではないか。」

「ええ、『ごめんなさい、愛していました。』と。」

 その言葉の意味を王は知っていた。自らに課せられた呪いの使命に抗い続け、その力に負けて犯してしまった罪の重さ、何よりも今、自分が生きているという事実がそれを物語っている。

「ああ、受け取った。」と一言だけ言った。


 それから、部屋には騎士団長と大臣が呼ばれ、王の決定を待っていた。

「魔導帝国将軍、アルゴを西の塔に幽閉する。事情を知るサナも同様に西の塔の侍女とし、決して情報が洩れぬように注意するのだぞ。大臣。」

「は、承りました。」

「それでは親父、ジジイの思うつぼではないか。この国を攻める口実を与えるようなものだ。」

「今わしはそなたを『魔導帝国将軍』と言ったぞ。戦に勝つためには戦力を討ち果たすのも大事だが、敵の有能な将を打ち取ること。つまりおぬしは捕虜である。のう、騎士団長。」

「は、捕虜でありますから国際条約に基づきその身柄は拘束されますが、身の危険はありません。尋問にも素直にお答えいただきましたので、これ以上のことはなにもございません。」

「いいのか?俺はここで潔く死ぬつもりだったんだぞ!」

「其方に与えるべきは死ではない。亡き母の分まで生きよ。そして自らの思うが通り信念を持て。もはや其方を操る者は存在しない。」

「……"奴ら"が黙っているはずがない」

「だからこそ、捕虜なのだ。」

 俺は呆然とした。

 しかし、サナが無事であることに安堵していた。


 この指輪のせいで、一人の女が、自らの意思とは無関係に夫を愛し、子を産み、国を滅ぼす運命を背負わされた。こんな非道なことをするジジイを、俺は絶対に許さない。


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