りゅうのきし
竜の森にアルスたち一行の到着が知らされたのは、それから二日後のことだった。
「ラヴィ、会いたかったよ。」と言ってラヴィを見つけるとすぐに抱きしめたのはアイリス皇女だった。
「お姉ちゃん、いたいよ。そんなに『ぎゅっ』ってしたら、お鼻がなくなっちゃうじゃない。」
「ごめんね、でもこうしてまた会えて、本当に嬉しいわ。」
お姉ちゃんは、ウサギだったころよりも私のことを「ぎゅっ」ってしてくれた。
アルスがサポニスに挨拶をしている。
「森の賢者殿にお目通りがかなって、何よりもうれしいことでございます。」
「アルス殿下もよくぞ参られましたな。まずは旅の疲れを癒すのです。」
「はい、ありがとうございます。」
大きなテーブルには次々と料理が運ばれていた。
アイリス配下の侍女たちも客人のままではいられないと、自ら配膳などを手伝っていた。
チコおばちゃんも侍女たちに声をかけた。
「支度が出来たらあなたたちも席にお着き。
ここでは皆で食べるのが作法だよ。」
そう言って片目をつむって目くばせする。
「さて皆の者、今日は遠方より友が来た。
アルス殿下とアイリス殿下である。
此度お二人は我が主であるラヴィとは姉妹、兄妹となった。
久しぶりの家族の再会を祝おうではないか!
杯をとれ、乾杯!」
日暮れ前から始まった大宴会は、ラヴィが泣いて帰ってきたことなど吹き飛ぶほどの大盛り上がりとなった。
再び何か余興をという話になり、今日はアイリスが槍術を披露することとなった。
「これでも護身用として、多少の心得がございます。」
「それではわたくしがお相手いたしましょう。
もちろん、受け手がなければせっかくの槍術も、どれほどのものか皆には伝わりにくいですから。」
とネルフが受け手を買って出た。
「よろしくお願いいたします。」
ネルフは大盾を構え、防戦一方でアイリスと対峙した。
「お姉ちゃん頑張れ。」
と大きな声で応援すると、私の身体に光がまとい、額には竜の紋章が浮かび上がった。
お姉ちゃんの右手の甲にも、私と同じ竜の紋章が浮かび上がる。
「参ります、月下の槍突。」
そう言って槍を天に向け、一回転させて突きを放った。
人の力、ましてまだ幼さの残るアイリスの槍術では、ハイオークはびくともしない。
何せ守備隊長なのだから。
誰もがそう思って微笑んでいた、が、
「うおぉ~。」と言って後方へ吹き飛ばされた。
「え?……何が起こったの!?」
ネルフが吹き飛ばされた瞬間、自分でも信じられないような顔で、目を丸くしていた。
「お姉ちゃん、すっご~い。ネルフを吹き飛ばしちゃうなんて。」
「今、槍がね、私の意志を超えた動きで、前に進んでいったような感覚があったのよ。
それに突きを繰り出した瞬間、指先がビリビリと震えたの。」
「ヒール」と回復魔法をかけ、サポニスはネルフが起き上がるのを助けていた。
「すごいな、姫様。
俺が吹き飛ばされたのはこの旦那に魔法の直撃を食らって以来のことだ。
どこでそんな力を?」
「いいえ、私は夢中で技を繰り出しただけです。
ただ……。」
「ただ?」サポニスが興味深そうに聞いている。
「私の右手に大きな力が宿ったようなんです。
しかもさっき。」
「さっき……ねぇ。」
そういうとサポニスは私の顔をじっと見ている。
額には竜の紋章。アイリスの右の手の甲にも竜の紋章。
私が応援したから?
お姉ちゃんは強くなったの?
「ネルフ殿、いくら何でも姫様に、花を持たせすぎですぞ。」
とカイルが大声でからかうから、皆は大爆笑。
でもほんとはカイルも気づいていたんだね。
本物だって。
「今日は酒を飲んだから、あの大技はやらねえぞ。
ただし、ここには上等な布切れがある。
よし、お前ら、やるぞ!」
「おう、一丁やってやりますか!」
そう言うとオーガ2人とともに手に長い布をリボンのようにひらひらさせながら、先日の剣舞を披露してくれた。
同じ内容なのに、今日は剣ではなくてリボンでするから、あまりにも可愛らしくて、大爆笑だった。
「あはは、おなか痛い。
なにこれ、動きが優雅すぎて、へんなのぉ。」
さっきまでこわばっていたアイリスも、このカイルの出し物で一気に笑顔がほころんだ。
サポニスもネルフもほっとした表情だった。
ただ一人、ナギおじさまだけが難しい顔をしていた。
「姫さん、悪いがその槍を見せてはもらえないだろうか。
いや、ちょっと変わった槍だな、こいつは。」
「ええ、何でも騎士団長の家に伝わる家宝とかで、切先はドラゴンの爪を素材にしているとのお話です。
もちろん私は遠慮したのですが、何となく相性がいいというか、それで使わせてもらっているのです。」
そこにサポニスが加わった。
「なぁ旦那、こいつはもしかすると伝説のお方の業物だったかもしれねえぜ。」
「ええ、その可能性は考えられますね。
普通の槍よりも短く、柄も細めで女性に向いている。」
「と、言いますと?」
「伝説の竜騎士様は、女性だったという話さ。
さっき姫さんがネルフの旦那を吹っ飛ばしただろう?
あれは嬢ちゃんの力と姫さんの力が紋章を通して合わさったからなんだが……。」
「ええ、私も見ていましたから。
姫様がラヴィと名づけできたのは、おそらく紋章のつながり、竜の血盟と考えますが、いかがですか?」
「そういえばラヴィがそんなことを言っていました。
ラヴィが人の姿になった日の朝です。」
「やはりな、それで姫さんは紋章を通して嬢ちゃんの力を得たわけだが、それだけではあの力は出せない。
力を発揮するには発現させる道具、つまりこの槍の切先に使われているドラゴンの爪が必要なんだ。
そんな変わった槍を好む人物はめったにいないからなぁ。」
「ドラゴンの爪は加工が難しく、何よりも高価なので、普通の冒険者が手にすることは考えられません。
おそらくは、竜騎士様のもので間違いないかと思われます。」
「姫様がこの槍を扱えたこと自体がすでに奇跡なのですよ。
何しろこれを扱えたのは、伝説の竜騎士様だけでしたので。」
ナギおじさまもサポニスもそろって驚いていた。
「さっき、竜騎士様は女性だって言ったろ?
だからほかの槍と比べて女性が扱いやすいようになっているんだ。」
「どうして竜騎士は女性なのですか?」
「そりゃ、おめえ、なぁ?」
と言ってナギおじさまはサポニスに助けを求めた。
私も興味津々で聞いていた。
なんでも竜と竜騎士の相性にかかわる話で、
男性の竜騎士とオスの竜は、互いに張り合い連携が取れず、
男性の竜騎士にメスの竜は、扱いが乱暴で竜が逃げ出し、
女性の竜騎士にオスの竜は、竜が女性にメロメロで戦いにならず
女性に竜騎士とメスの竜は、互いに弱さをかばい合い、うまくいった
だから女性の竜騎士とメスの竜が選抜されたんだよ。
「竜の背に乗って空を飛ぶだろ?
だから軽くて取り回しが良い槍が好まれたんだよ。」
「それからお嬢様とアイリス皇女殿下の紋章は、秩序の天秤に刻まれているものと同じです。
ですから秩序の天秤の意志を体現する力として、平和と調和を守る役割がお二人にはあると考えてください。」
サポニスはそう言うと、懐かしそうに語った。
「かつての竜騎士がいた時代、それは世界征服をたくらむ暗黒竜と、生き残りをかけた人間との戦いの日々だったのです。
竜騎士とドラゴンが力を合わせて暗黒竜を倒し、人々に平和な世界をもたらしました。
その後『秩序の天秤』が作られ、それ以来世界の均衡を保っているのですよ。」
平和と調和を守る力、母様が言っていたのはこのことだったのね。
満天の星空の下で、私はお姉ちゃんと寄り添いながら月を見上げていたの。
どこからか母様の言葉が風に乗って聞こえてくるように気がした。
今夜はお姉ちゃんと一緒の布団で寝たの。
もしかしたらお母様に会えるかもしれないと思ってね。
そんな私をお姉ちゃんはやさしくぎゅってしてくれたの。
だから、安心して朝まで眠った。




