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28.今度こそ 

 錬金科は作る錬金薬の難易度や複雑さによって研究室が区分されていて、その数はかなりのものだったりする。というのも錬金科は協調性という言葉すら錬金薬の素材にしてしまったのかと思うくらい個人主義者が多く、共同研究をするにしても日々争いが絶えない。

 その為場所が足りず研究室の取り合いでも起ころうものなら、原始時代もかくやという危険な錬金薬の投擲試合が始まることが長い歴史から証明されているので、穏当な解決手段として潤沢な設備が用意されることになったのだとか。


 そんな話を思い返しながら、私はその中でも比較的簡単な錬金薬を調合するための簡易的な研究室の中でひとり、机の上にゆっくりと素材を並べ、それがレシピと合致しているか確認していた。

 周囲に所狭しと置かれた器材が時折魔力に反応して揺れたり、棚いっぱいに置かれた素材の入った瓶の一部がかたかたと不穏な音を立てているけれど、慣れたもので耳を素通りしていく。


 蒐集している中でも質の良い小さな魔石に、その年最初に雷に打たれた葉、九回の生を歩む猫の毛。部屋から持ち出した素材をひとつひとつ丁寧に間隔をあけて置いて、間違いがないことを確かめると、指先から少しずつ、少しずつ魔力を注ぎ始めた。

 魔力の質や量の僅かな差でまた効能が変わってくるので、この工程は可能な限り丁寧に行わないといけない。必要な素材全てが淡い緑の光を帯びたのを確認してから、青い色をした液体をなみなみと湛えた試験管に、一つずつ順番を間違えないようにそっと落としていく。


 しゅわしゅわと泡を立て始めたそれに、ふわりと思わず柔らかな笑みが浮かんだ。錬金薬を調合しているときの工程でどこが一番好きかというのはかなり意見が分かれるところだと思うけれど、私は全ての素材が溶け合うこの瞬間だとはっきり答えられる。

 いつまでだって見つめていたいけれど、しかしこの時にもしなければいけない作業があるのでのんびりしている訳にはいかない。試験管の中身が淡く発光し始めたところで、私は改めて魔力を混ぜ込みながら、服用から七時間が経過すること、と呟いた。


 錬金薬を調合する時には、基本的に必ず解除条件を設定しなければならない。勿論余程の魔力を込めない限りは自然と効果は切れるけれど、特に意識や精神に強く作用するような危険な錬金薬に関しては、これを怠ると場合によっては後遺症が残ることさえあるのだ。

 今回作っているのはそう複雑な錬金薬ではないからこれが最後の工程で、やがて発光が収まって錬金薬が完成する──はずだったのだけれど。


「うわ、っわ、」


 ぼん、と音を立てて煙が出始めた試験管に、咳き込みながら慌てて距離を取る。幸いなことにすぐに怪しい色をした煙は収まったけれど、机の上に残されたのは中身が黒く変色してしまっている試験管だけだった。

 すぐに換気を行いつつ、小さい頃以来の派手な失敗に思わず呆然としてしまう。じわじわと落ち込んでいく気分に、片付けを行なった後も研究室から出ていく気になれず、私は机に突っ伏すとひんやりしたそれに額を擦り付けた。


 最近煮詰まっていたし、少し簡単な錬金薬でも調合して気分を落ち着けようと思っていただけだったのに。今回調合していたのは望んだ夢が見られる錬金薬という、授業ではやらないくらい初歩的なもので、今更失敗するようなものじゃないはずだった。

 今晩猫ちゃんやわんちゃんに囲まれて癒される夢を見るという希望が儚く潰えて、ずんと体が重くなった気がする。


 トライアンドエラーは錬金科にとって当然のことで、何回失敗したって普段そうめげることなく、もう一回、と思えるのだけれど、集中しきれていなかったせいで簡単な調合を失敗して、素材を無駄にしてしまったとくればそうもいかない。自己嫌悪で地の果てまで沈んでしまえそうだ。

……やっぱり、こうして趣味に逃げてはいけないという天からのお達しなのかもしれない。


 というのも、本当に悩みに悩んだ末に、あの保留にしていた作戦を実行することにしたのはいいけれど、具体的に何を行うという案がさっぱり浮かんでこないのだ。この後、また例の裏庭でレクス先輩と待ち合わせをしているのに。

 挫けないで頑張っておいで、というラン先輩の言葉に踏み出すことを決めたのは間違いないし、他にこれといって案も浮かばないけれど、こちらからスキンシップと言っても一体どうしたらいいのだろう。


 例えば手を繋ぐ、ハグ、くらいはレクス先輩からよくしてくるし、とてもとても恥ずかしいけれど、それくらいならどうにかこちらからできないこともない、かもしれない。

 けれど今まで通りのことをしても、また彼が大胆だとか何とかからかってくるだけで、あまり現状を動かせないような気もする。かといってそれ以上のこととなると……


「〜〜っ!!」


 私は唸り声を上げながら、更に額を机に擦り付けた。おでこが赤くなってしまっているかもしれないけれど構っていられない。

 やっぱりちょっとハードルが高すぎるし、何よりも彼に怪訝に思われたり、急に何だと引かれたりしたら……もうとても立ち直れる気がしない。


 とりあえず、心の準備も何もできていないし、今日ばかりはいつも通りにレクス先輩と過ごすことにしようかな、と弱気な自分が顔を出した。

 逃げと言われてしまったらそれまでだけれど、もしも具体的な案が浮かんだら必ず頑張るから、と自分に必死に言い訳をしてみる。


「、ふわ……」


 そう決めてしまえば少し心が楽になって、緩慢な動きで立ち上がりつつ思い切り伸びをしたら、ふと大きなあくびが漏れた。昨夜も考え込んでいたらろくに眠れなかったから、気が抜けたら睡魔がやってきてしまったらしい。

 とはいえ錬金薬の調合で徹夜をするのなんてよくあることだし、この程度だったらあとで眠気覚ましの濃いコーヒーでも飲めば問題なく過ごせるはず。

 そう考えたところで少し記憶に引っかかるものがあって、何だろうと踏み出しかけていた足を止めて考えてしまったのがよくなかった。


「……あ、」


 いやいや、と首を振るも、さっき具体的な案が浮かんだら頑張るから、と自分に誓ってしまったことを思い出して、私はまたもや唸り声を上げると頭を抱えた。

……確かにこれなら色々想像してみた中では、まだ幾分ハードルは低い方、だとは思うけれど。それでも恥ずかしいことには変わりなくて、思わずじわじわと顔が火照っていく。

……でも、もう少し頑張ってみると決めたのは自分。またぐだぐだ考えて先延ばしにしてしまうくらいだったら、いっそ勢いづいている内に実行してしまった方がいいような気がする。


「……よしっ」


 両頰をぱちん、と叩いて、私は勢いのままに研究室を飛び出した。頭の中はこれから顔を合わせることになるレクス先輩と、勢いで実行が決まってしまった作戦の手順でいっぱいで、実験に失敗して落ち込んでいた気持ちなんてもう跡形もない。

 自分でも現金なものだと思うけれど、でも、恥ずかしさの影に、今度こそ彼にもっと近づけるかもしれないという隠しきれない期待が、やっぱりある。


 上手くいかなかったら、また彼に悲しい顔をさせてしまったら。胸の底から湧き上がるそんな臆病な気持ちを振り払うようにして、私は足を早めつつ、ぎゅうと胸元を握りしめた。


……どうか今度こそ、と何度も胸の内で呟きながら。


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