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15.灯る時 

 その後は頭が真っ白で、レクス先輩とどういう会話を交わしたのかさえ記憶が曖昧だ。けれど微妙に目線が合わない彼がいつも通り寮の前まで送ってくれたことは確かで、気まずい時間を強いていることがひたすら彼に申し訳なくて。私は口さえ殆ど開くことができず、思い返せばお礼すらまともに伝えられたかすら怪しい。


 その夜、私は布団を頭まで被って、呻き声を上げながら転がり回った。本当にもう、誰かぜひ深めの穴を掘ってそこに放り込んでほしい。

 ふと顔を背けつつ耳まで赤らんだ彼のことを思い出してしまって、私は湧き上がった形容し難い強い感情に、叫び出したいのをどうにか堪えると勢いよく枕に顔を埋めて足をばたつかせた。もしもこの布団が海だったなら、きっと隣国まで泳げたに違いない。


 どれほどそうしていただろう。息切れがしてきたところで、がば、と布団を引き剥がして起き上がると、私は勢い込んでペンを手に取り、先日張り出した紙に向き合った。

 手早く「おしゃれをしてみる」の項目に二重線を引き、横に矢印を伸ばして丁寧とは言い難い文字を付け足していく。


『愛してるとは言ってもらえなかったけれど、褒めてもらえてとても嬉しかった。過去の話をしたり、恋人の流行に乗っかってみたり、少し彼に近づけた気がする。……意図しないハプニングあり。これに関しては特定の記憶を消す錬金薬の研究を検討!』


 勢いだけで書き切って、インクも乾かないうちにまたぼふりとベッドに倒れ込む。次に彼と顔を合わせた時にどんな顔をしていいかさっぱり分からないけれど、一回の試行でめげていたら錬金術師なんてとても務まらない。

……あまり恋愛と錬金術を混同しすぎるのもどうかとは思うけれど、そうやって身近なもので自分を鼓舞しないと、もうとても彼と顔を合わせられないくらいには恥ずかしかった。


 枕に額をぐりぐりと押し付けながら、私は心の中で自分に言い聞かせる。がんばれシェルタ、次はきっと。……とはいえ二回目の作戦は、彼と普通に話せるくらいにメンタルが回復してから決行することになりそうだけれど。

 一先ず明日の朝は、鏡と睨み合って何食わぬ笑顔を浮かべる練習をしないと。息苦しくなってぷは、と顔を上げた私は、指先に魔力を集めて照明を落とすと、お行儀良く布団の中で仰向けになって大人しく目を瞑った。


──どうだろう、なかなか思うようには上手くいかないけれど、一歩ずつでも、少しずつでも、彼に近付けているかな。たまに彼が見せる熱に浮かされたような瞳や、淡く染まった耳に、期待してしまってもいいのだろうか。

……彼が驚いたり、喜んだり、笑ったり照れたり。そういうのが、相手が私だから、だったら……欲張りだけれど、どんなに嬉しいだろう。


 緩やかな微睡の中で、私は大好きな彼の、くしゃりとした笑みを思い描いていた。私が心からの、でも少し背伸びをしたその五文字を差し出せば、彼はそれを、本当に嬉しそうに受け取ってくれる。

……そうして、同じ言葉を密やかに囁いた彼がその瞳に熱を宿して、その温くて大きい掌を、私の頬に添えて。


 そこまで想像したところで猛烈に恥ずかしくなって、私は暗闇の中でぱちりと目を開いた。

 何度か寝返りをうったり、足を無意味に組み替えてみたり、きつく目を瞑って今までに調合した錬金薬のレシピを思い返したりしてみたけれど、一度家出してしまった薄情な眠気はどこかで定住先でも見つけてしまったらしい。もう調合での徹夜は控えめにするし大切にすると誓うから、どうか今ばかりは戻ってきてくれないだろうか。


 完全に目が冴えてしまい、途方に暮れた私のその日の夜は結局、満月の光を素材に一晩当て続けることによる調合時の効能の変化の実験に費やされることになった。

……メイクの勉強を少しだけでもしておいて、本当によかった。だってクマを隠すのに、あれほど実用的なものはないのだから。






 同じ学園に通っているわけだから、恋人と会える機会はありがたいことに多い方だと思う。しかし今日はレクス先輩が騎士科専用に用意されている施設で、騎乗や本格的な手合わせといった鍛錬を行う日で、恋しい彼の顔を見る事はできていなかった。

 別に見学が禁止されているわけではないのだけれど、なにぶん学年も分野も違うと教室が遠いので彼に気を遣わせてしまうし、あまりそうした機会は多くない。


 私の方も良い錬金薬のアイデアが浮かんだら篭り切りになることもあるけれど、今のところ差し迫った課題や調合はないので、今日は次の作戦の下準備に取り掛かることにした。

「彼と恋物語を見て良い雰囲気を目指す」というささやかなものとはいえ、意気込みは十分だ。

 外出許可を取って学園の外で、なんていう非日常も考えつつ、レクス先輩は家のこともあってかあまり学園の外を好まないので、この案はすぐに断念した。


 代わりに図書室の一角で貸し出されている映像魔石を今回は採択させてもらった。司書さんの趣味か分からないけれど、これが結構種類が豊富でニッチなものもあり、好評だったりするのだ。

 授業以外で観るには映像室の貸し出し予約が必要で、それが少し煩雑なものだから私もあまり利用したことはないけれど、今回は頑張ってみようと思う。


 映像魔石のラインナップを脳内で思い描きながら、私は図書室へと赴くため、天井近くまでふわりと浮かぶ魔石ランタンが並んだ別棟へと続く廊下を歩いていた。

 本当なら彼の見たいものを借りれた方が良いのだろうけれど、今回の目的は恋物語を見ることなので、それはまたの機会に、別の楽しみにしておこう。結構前に観た子猫がたくさん出てくる日常ものはとても良かったな、と思い返していたら、ふと廊下の魔石ランタンが柔らかな光を灯し始めて、私は思わず足を止めて顔を上げた。


 そういえば、この場所の魔石ランタンが灯る瞬間に立ち会ったことはなかった気がする。物珍しさから改めてしげしげと魔石ランタンを眺めていたら、ふと例の噂が思考を掠めた。……考えてみると、あの噂の条件を満たしたのは初めてかもしれない。確か、魔石ランタンが灯る瞬間に廊下に長居すると───……


「……え、」

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