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14.ハプニング 

「え、いいの? もっとこう、検分していいんだよ。気になるんでしょ、とんでもない魔力が封印されてるかもよ?」


「そ、それなら尚更、不用意に触れないです。それに、アルヒ・ソルシエル由来の品ということ以上に、これはレクス先輩とラン先輩にとって大切な繋がりじゃないですか」


 憧れの錬金術師由来の品だということは勿論気になるけれど、それ以上に、これは彼にとって兄弟の絆を示す大切なものだ。正直とてもとても心惹かれるけれど、ちょっと迷ってしまうけれど、それでも好奇心に任せていじり回していいものではないという分別くらいある。

 でも、とまだ躊躇うような表情を見せる彼に、私は困ったような笑みを浮かべた。


「それよりも、……がんばれーって、すごく、すっごく気持ちを込めたんですよ。スノウモルの木だって満開にできちゃうくらい。だからレクス先輩が辛い時は、それに励まされてくれたら嬉しいです」


……本当は、頼ってくれたらもっと嬉しいのだけれど。でもレクス先輩は、私に、というよりは誰にも、弱みを見せることを良しとしない人だから。私が彼に頼ってもらえるくらい立派になるまで、私たちの間にある見えない壁が、取り払われるまで。……小さなことだけれど、ほんの少しだけでも、彼の力になれたらどんなに嬉しいだろう。

 私の言葉に目を見開いた彼は、やがて目を伏せると、ピアスを握りしめた手を胸に抱いた。……それはまるで、溢れた何かを押さえつけるような仕草だった。


「……もう励まされちゃったよ、シェルちゃん。これ、今まで以上に宝物になっちゃったな」


 純粋に喜んでくれてる、というには押し殺したような声を私が怪訝に思う前に、レクス先輩はぱっと顔を上げるといつもの朗らかな笑みを浮かべた。ピアスをまた己の耳へと戻しつつ、なんでもないように口を開いてみせる。


「ねぇシェルちゃん、抵抗がなかったらだけど、俺もシェルちゃんの魔石に何か込めようか。俺に言って欲しいこととかない?」


「え、」


 想像もしていなかった申し出に、私は目を見開いた。抵抗なんて勿論ないけれど、それでもすぐには口が開けない。……だって、彼に言ってもらいたい言葉なんて、たった一つしか浮かばない。

 途端に早鐘を打ち始めた心臓に、聞こえてしまうんじゃないかと変なところで焦りが募った。……そうだ、昔話に花が咲いて当初の目的を忘れかけてしまっていたけれど、私はレクス先輩に「愛してる」って言ってもらいたくて。


 この流れだったら、冗談めかしてさらっと強請ってみせたら、彼は応えてくれるかもしれない。万が一断られても、私も断ったのだから気まずくはならないだろうし、じゃあ他の言葉を、と流すことだってできるはずだ。間違いなく千載一遇のチャンス、なのに、……どうしてか、うまく口が動いてくれない。

 しばらく迷って、口を開きかけては閉じてを繰り返して───……けれど私は最終的にそっと目を伏せると、意識的に口角を上げた。


「……抵抗なんてないです。でも、すぐには浮かばないので、良かったらレクス先輩が好きな言葉を込めてください。……先輩からもらえる言葉だったら、私はなんだって嬉しいです」


 結局自分の口から出たのは、嘘ではないけれど本当からも程遠いような言葉だった。……レクス先輩は、私にいつも自分から強請って、その五文字を貰えれば満足そうにしていたけれど。私は彼と違って欲深いから、強制して得た言葉じゃきっと物足りなくなってしまう。

 それにずっと聞けなかった理由の一つに、彼は例え言いたくないことでも、本心からは程遠いような言葉でも、私の為にと言ってくれる気がするというのがあったから。それは、結局は私の欲しいものじゃない。


 ピアスを着けることに集中していたレクス先輩は、幸いなことに私のそんな複雑な機微には気が付かなかったようで、少しだけ困ったように眉を下げた。


「そう言われると悩んじゃうな。あんまり長い言葉は込められないし……分かった、何か考えとくから、ちょっと時間ちょうだい」


「そ、そんな……その場で思いついたこととかで大丈夫ですよ、好きな食べ物とか」


「いや、髪飾りから温玉ラーメンとか聞こえてきてもシェルちゃん困っちゃうでしょ」


 正直それはちょっと聞いてみたい、と思ったけれど、うんうん唸って真面目に考えてくれているのが結局のところ嬉しくて、私はそっと口を噤んだ。私の欲しい言葉は置いておいて、彼が私に贈る言葉に何を選んでくれるのかは、正直とても気になってしまう。


「……じゃあ、決まったらいつでも教えてくださいね。その、楽しみにしてますから」


「えー、ハードル上がっちゃったな」


 そんなつもりじゃ、と慌てる私が面白かったのか、彼はまるで悪戯が成功した子供みたいに笑った。それがいつもよりもずっと、彼の素顔に近いように思えて、心臓が音を立てて跳ねる。

 今日の彼は私の思い違いじゃなければ、いつもよりも口数が多いし、はしゃいでいるというか、浮かれているような気がした。


……自惚れだったら、とても恥ずかしいけれど。でも、今日四苦八苦してどうにか形にしたお洒落が、関係していると思ってもいいのだろうか。

 そう思ったらじわじわと体温が上がってきて、熱くなった頬がどうかお化粧で隠れていますようにと願わずにはいられない。冷たくなってきた風に熱が奪われてはくれないかとローブをはだけつつ、私は彼に話を振った。


「あ、そういえば、以前にヘアアレンジやメイクに関する本を譲ってくれた錬金科の友人がいて、今回参考にさせてもらったんです。普段読まないものだから新鮮で……レクス先輩はいつもお洒落ですけど、そういう本は、……?」


 いつも私の話に穏やかな相槌を打ってくれるレクス先輩の反応がないことに気がついて、私は言葉を途切らせると隣の彼を見上げた。音を立ててぶつかった見開かれたターコイズブルーの瞳に、いつになく動揺が浮かんでいることに気がついて、思わず首を傾げてしまう。

 そんな私に彼は言葉に詰まったような素振りで、視線をあちらこちらへと彷徨わせ、不明瞭な呻きをこぼし、最終的には完全に顔を背けてしまった。


「……レクス先輩?」


「あー、と、その……」


 これまでにないくらい何事かを言い淀む彼に、怪訝に思うのを超えて心配になってきたところで、赤茶色の柔らかな髪から覗くその耳だけが、目の前でじわじわと赤く染まっていく。疑問符をいくつも飛ばす私に、レクス先輩は視線を逸らしたまま、低く掠れた声で呟いた。


「……無防備なのさ、気をつけて、お願いだから。……心臓、保たない」


 言いながら、ちょい、と指先で示された方へと何気なく視線をやって、目に入ったものに私は頭が爆発するかと思った。──自分への景気付けのつもりでスカート丈を短くしていたのを、完全に忘れていた。

 しかもローブの下のことなど気にしないで腰掛けたものだから、ただでさえ短い裾が捲れ上がって、太ももが殆ど晒されてしまっている。というか下手すると、し、下着が、


「〜〜〜〜〜〜っ!!!」


 大慌てで半端にはだけていたローブを羽織り直して、私は声にならない悲鳴を上げた。横から慰めのように投げられた、何も見てないから、というレクス先輩の言葉に羞恥のあまり死にたくなる。


 確かに積極的になれたらいいと思っていたけれど、それはこんな、物理的な話じゃなかったのに……!

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