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13.がんばって 

「えっと……確かに驚きましたけど、どうして怒るだなんて」


 むしろそんな貴重なことを教えてくれた彼に感謝するべき場面だと思うけれど、と困惑する私に、レクス先輩は少し目を瞬いてから気が抜けたような笑みを浮かべた。


「いや、だってシェルちゃんがアルヒ・ソルシエルに憧れてるって知ってて黙ってたわけだし、怒られても仕方ないかなって。……本当は、これはラン兄様にだけ正式に譲渡されたものなんだ。眉唾物の話だけど、特殊な製法でとんでもない魔力がこれに封じられてるなんて噂があったりして、今代までは家宝として厳重に仕舞い込まれてた。家を継いで数年で病死してしまったけれど、それでも歴史に名を刻むほどの功績を残したあの当主と並ぶと認められたということで、物凄い栄誉だよ。……でも兄様は、あっさり俺にその半分を譲り渡した」


 ふと、レクス先輩のターコイズブルーの瞳が、柔らかく細められる。懐かしそうに、古びた宝箱をそっと開けるように。それだけで、その思い出が彼にとってとても大切なものだということが痛いほどに伝わってきた。


「──この魔石が君を守ってくれますように、ってね。……まあ、つまり完全に兄様のおこぼれだから、自分のものとして自慢するようなことはちょっと気が引けてさ、言い出せなかった。ごめんね」


 苦笑して眉を下げるレクス先輩に、私は慌てて首を横に振った。彼が謝るようなことなんて、何もないのに。何となく、彼が本当はそのピアスに自分は相応しくないと思っていることが伝わってきて、歯痒い気持ちになった。


……ラン先輩が本当に彼のことを大切に想っていることは、ちゃんと伝わっているのだろうか。二人の仲がいいのは間違いないけれど、レクス先輩が語るラン先輩は、いつもどこか遠い存在みたいで時々心配になる。

 でも、いくら恋人だからって、そんなことにまで簡単に口を挟むこともできなくて、結局いつも、私は口を噤んでしまうのだ。

 何となく私が神妙な顔をしてしまったからだろう、レクス先輩はそういえば、と空気を変えるように明るい声を上げた。


「魔石が魔力を吸収することは知ってるでしょ。恋人にさ、魔力を込めた声を魔石に封じて贈るのが最近流行ってるんだけど、シェルちゃんは聞いたことある?」


「え? い、いえ、流行には疎くて……でも確かに素敵ですね」


 私にとって魔石といえば、レクス先輩達のピアスやこの特別な髪飾り以外は、等しく錬金術の素材だ。どれほど美しいものでも、質のいい錬金薬が作れそうだなとしか考えたことがない。

 けれど世間ではどちらかというと装飾品やお守りとして浸透しているし、そういうロマンチックな流行が起こることもあるだろう。頷きを返した私に、レクス先輩はにやりと口角を上げた。


「ね、丁度ここに魔石もあることだし、やってみてほしいな。シェルちゃんもアルヒ・ソルシエル由来の品、気になるでしょ? 好きなように見ていいから」


「えぇっ」


 言うなりピアスを外しに掛かった彼に、私は素っ頓狂な声を上げてしまった。

 だってそんな貴重な品を、それを抜きにしても彼の兄から贈られた大切な思い出の品を、そんなにあっさり人の手に渡してしまっていいのだろうか。初めて会った時からただの一度も、彼がそのピアスを外しているところなんて見たことがないのに。


 でも、でも、正直なところ気になるし、手に取っていいのなら物凄く見てみたい。いやでも彼の言う魔力が封印されているという噂が、万が一にも本当だったらとんでもないことだし、傷の一つでも付けようものなら……と悩んでいた私は、はっと浮かんだ思考に、精一杯の警戒を表情に浮かべて彼を鋭い視線で睨み付けた。


「あ、あの! いつものあれは言いませんからね、絶対!」


「あ、バレちゃった?」


 いつの間にかピアスを外し終わっていた彼は、私の言葉に苦笑を浮かべた。いつものあれとは、当然彼がよく私に強請る五文字のことだ。

 その場であいしてる、と言う分には、恥ずかしいけれど恋人同士だし、胸の痛みさえ無視すれば伝えるのは構わない。でも、魔力に乗せて魔石に込めるとなると話が違う。

 何せ魔力は立派な声の媒体であり、いつどんな形で発露するか分からないのだから。どこかで聞き返されようものなら恥ずかしくて死んでしまう。


 いっつも彼には流されてばかりだけれど、今回ばかりは譲れない、と毛を逆立てる猫みたいに必死で威嚇していれば、どうどう、と手を差し出して私を宥めたレクス先輩は、考えるように宙へと視線をやった。


「んー……わかった、じゃあ他の言葉にするからさ、それならいいでしょ?」


 あっさりと譲歩した彼に、思わず私は目を瞬いてしまった。よく私に言わせるくらいだから、正直もっと粘られるかと思っていて、そんな風に考えていたのが自意識過剰みたいで段々恥ずかしくなってくる。

 羞恥を押し隠しつつ躊躇いがちに頷いた私に、レクス先輩はふわりと柔らかな笑みを浮かべた。


「じゃあさ、『がんばって』って言って欲しいな」


「え、……それだけでいいんですか?」


「うん」


 恋人に贈るという流行に則るのだから、もっとこう、甘い言葉みたいなものを求められると思っていた私は拍子抜けしてしまった。

 勿論、あまりハードルの高いことを言われたって困ってしまうし、私としては助かるけれど、彼はそれでいいのだろうか。そんな疑問が表に出てしまっていたのだろう、彼は苦笑を浮かべた。


「ほら、大会のとき。ギリギリのところでシェルちゃんが、がんばってレクス先輩、って声上げて応援してくれたじゃん。覚えてない?」


「あ……」


 言われてみれば、終盤無我夢中でそんなことを叫んだかもしれない。とは言っても私は観戦中はらはらしっぱなしで、正直自分が何をしていたかなんて記憶は曖昧だ。

 ただ必死に歯を食いしばって戦う彼から、ひたすらに目が離せなくて。ずっとずっと、ただ彼の無事を馬鹿みたいに祈っていた。

 終わったあとは気が抜けて、魂が抜けたみたいになっていた覚えしかない。けれど彼は、今まさにその声を聞いたような表情で目を細めた。


「あれにさ、すごい力もらったんだ。それに、シェルちゃんが俺のこと見てくれてるんだって、滅茶苦茶嬉しかった。……シェルちゃんに応援してもらえたら、どんな辛い時でも頑張れる気がするから」


 ね、お願い。そう言ってピアスを差し出し眉を下げるレクス先輩に、私は胸がぎゅうと締め付けられて、一瞬声すら出せなかった。

……彼が、私の捻りのない応援を、そんな風に思ってくれていたなんて。あの喧騒の中で、私の声援を彼が受け取ってくれていたということが馬鹿みたいに嬉しくて、口を開けば何だか泣いてしまいそうだった。


 だから私は何も言えないまま、ただ彼の掌の上のそれを、慎重に、そっと受け取って。しゃらりと軽やかな音を立てる花弁を模した魔石をじっと見つめてから、なけなしの魔力を丁寧に、ゆっくりと込め始めた。

 やがて淡いペリドットの色を纏い始めたそれに──飾り気がなくても、捻りがなくても、心からの言葉を。


「……──『がんばって、レクス先輩』」


 強い気持ちを込めて声を乗せれば、やがてそれが魔力として魔石へと染み込んでいく。それを見届けて、私は成功したことにそっと安堵の息を吐いた。失敗してしまったらどうしようと不安だったけれど、うまくいってよかった。

 魔力の馴染みを確認してから丁寧な手つきでそっとレクス先輩へと返せば、嬉しそうに見守っていた彼はそれを受け取ると目を瞬いた。


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