第4節「男女の同衾ってこんなだったっけ……」―2
ローゼアさんの言う"姉でなければいけない理由"を考えていると、テーブルの上に置いた魔力ランプが揺れる。
同時にベッドに座ったローゼアさんも足を揺らしていた。
「ふふっ、他人から見たらどうでもいい理由だもの。本当は賢いあの子を守るのに、私が姉の方が都合が良いってだけだから」
「そういうもの?」
「だって、姉の方が先に目を付けられると思わない? ……私が先に連れてかれたみたいに」
「……んー、まあ、比較的、そう言う印象はある、かな」
ローゼアさんが自分から連れていかれたと言って、思わず眉根が寄ってしまうのを自覚する。
これは、あくまで知識だけど、人を連れ去るとき、その場の混乱を促し、冷静な判断をさせないため、まとめ役や、しっかり者を優先的に攫う。
ローゼアさんの言う、"姉でなきゃいけない理由"は"モモさんの代わりにローゼアさんが矢面に立つため"ってことだ。
彼女たちがどういう世界で生きて来たかは知らないが、現にモモさんは僕に助けを求め、結果的にローゼアさんも助かってはいるから、間違ってはないんだろう。
だけど……。
(悪い手じゃないけど、不快ではある、かな。自分を犠牲にするの、本当にリクとか妹みたいだ)
身内に、自分を犠牲にしてでも人を助けようとした人が居る。
そう言う身からしたら、彼女の理由は、酷く気持ちの悪い胸の痛みに襲われる理由だった。
表情に出ないように努めていると、ローゼアさんに見つめて、嬉しそうに笑っていた。
「ローゼアさん? この状況で笑うの、あんまりいい趣味じゃないよ」
「ふふっ、それは素直に謝るわ。でも、フランが悩んでくれているから」
「わー性格が悪ーい」
「ごめんなさい。でも、フランが気に病む必要はなかったでしょ? 私たちにはそれが当たり前だから」
「あはは、ちょっと無理かも。これでも騎士なもので」
肩を竦めて答えると、ローゼアさんは琥珀色の目を細め、ベッドに手をついて、体を支える。
「そうね……。ねえ、お優しい騎士様」
「はいはい。どうしたの、お姫様」
「……私、こういうことでも悩んでくれるあなたが好きよ」
「わあ、えっと、うん。ありがとう?」
まさか、突然そんな返しをされると思ってなかったから、変な声が出てしまう。
ローゼアさんはまた足をパタパタと動かしながら、視線を床に投げていtあ。
「私の事を、気に病まないで? もちろん、考えてくれるのは愛おしいし、嬉しいの。でも、あなたに知っててもらいたいって言う私の我がままだから」
「わがままねえ……」
「そう、我がまま。フランが私を連れ帰ったのも、私がこうしてあなたに打ち明けるのも、同じ我がまま。素直じゃない私なりの。精一杯の一歩」
「…………。昼間の仕返し、早くない?」
「私のお返しは速達だもの。追加報酬も用意できてるわ」
何とか絞り出して茶化して返すと、くすくすと笑って返されてしまった。
なんだか、ローゼアさんの距離の詰め方は竜車みたい早かった。
こっちが本来のローゼアさんなのかもしれない。
「そっか。まあ、気に病まないように努力してみるよ。たぶん無理だけど」
「ふふ、時々思い返してちょうだい。私を忘れないために」
そう言われて、ああ、これも彼女なりのアピールなのかなって思った。
確かに忘れられそうにはない。僕だからいいけど、下手な人にやったら嫌われそうなくらいだ。
「ん、あんまり他の人にはやらないでね」
「あら、嫉妬してくれるの?」
「いやいや、モモさんとか僕じゃないと受け取れないって」
「……だって、そうでもしないと、私の事は気にしてくれないでしょ?」
「えー? そういうわけでもないよ。女の子と二人きりなんてドキドキするもん」
「本当?」
ベッドの上から覗き込まれ、大きなローゼアさんの琥珀が近づいてくる。
思ってたよりもずっとずっと澄んだ、悪戯っぽいローゼアさんの瞳。
たらりと、彼女のピンクブロンドの前髪が垂れ、白い肌に散らばって重なるのを、彼女は優美に耳にかけ直した。
ふわっと、魔力ランプが揺れる。
ううん、魔道具に通した魔力はなくなるまでそのままだから、きっとそんな気がしただけだ。
言葉が出ないでいると、薄く光が揺れる室内でローゼアさんが近づいてくる。
「フラン……」
少しずつ……本当に少しずつ、ローゼアさんの顔が近づいてきて……。
雰囲気が、完全に彼女とキスする流れだった。
ちょ、ま。待って欲しい。突然過ぎて、どう対処すればいいか分からなくて頭がフリーズして、椅子が倒れそうになって、慌ててバランスを保ったら、もっと距離が近くなる。
何を勘違いしたのか、ローゼアさんは皿に目を細めた。
ちが、僕はまだ答えを出せてない!
空気の重さと緊張感に耐えきれなくて、ぎゅっと目をつぶってしまい……。
「……ふふっ」
目の前で、噴き出す笑い声が聞こえた。
「ろ、ローゼアさん?」
「もう、フランったら。ふふっ、ふふふ」
堪えきれなくなったみたいに、ローゼアさんが今までにないほど笑っていた。
いつの間にか悪戯っぽいローゼアさんの雰囲気に戻ってて、さっきまで動揺していたのが空しくなるほど、いつも通りの彼女だった。
完全にからかわれて、昼間の仕返しをされたって気が付いた。
雰囲気も言葉選びも、全部彼女がそうするように仕向けられたと考えると、ぐっとやられた感が増える。
なんとなく負けたのが悔しかった。
「そ、そんなに面白かった……?」
「ごめんなさい。あなたは狼狽してる姿も可愛いくて」
「……それ、初めて言われた」
「あら、フランの初めてなんて、こうえ、い。…………?」
嬉しそうに笑っていたローゼアさんがふと目をぱちくりして、動きが止まった。
「ローゼアさん? どうかしたの?」
「……いいえ。ただ、廊下に立ってるモモにもあなたの顔を見せてあげたかったかなって」
「廊下? え? モモさん!?」
嘘だ、まったく気づけなかったのに!
信じられずにドアを見つめていると、観念したかのようにゆっくりと、軋みを挙げながらその隙間を広げていった。
そして……。
「あの……ごめんなさい」
廊下に、枕が立っていた。
……いや、正確には枕を抱えたモモさんが立っていた。
全然気づかなかった事と、本当にモモさんが立っていたことの蓋地に驚いて唖然としてしまう。
「も、モモさん! いつから廊下に……」
「さ、さっき、です。起きたらお姉さまが居なかったから、まさかと思って……。そしたら、お姉さまとフラン様がとても良い雰囲気で……」
「ふふっ。あらあら、残念。今日はフランと二人きりだと思ったのに」
ローゼアさんがそう挑発すると、モモさんはキッとローゼアさんを睨む。
そのままツカツカと僕が座る椅子を通り抜けようとして……ハッとした顔で「失礼します!」と頭を下げてからローゼアさんの元へと向かった。
「お、お姉さまずるい! モモもフラン様とお話したかったのに!」
「あら、でも、今日は私の番だったはずだけど?」
「ぐぅ! そ、それは……。昼間だけの約束だった!」
「だって、誘おうとしてもモモは寝ちゃってたし。せっかくなら、二人で過ごしたいもの」
「うっ……」
言い合いはしつつ、他の人に迷惑が掛からないようにお互いの距離を肌がくっつくほど近づけて小声で言い合いをしていた。
これで二人が手を恋人繋ぎにしたらとってもきれいな絵面になりそう。
自分はまきこまれていないおかげで、そんな感想が思い浮かんだ。
「ふふっ、それじゃあ、二人でフランと一緒に寝ましょうか。元々、モモもそのつもりだったみたいだし」
「え? ひゃ! こ、これは違うよ! お姉さまが居ないから……」
「居ないからちょうどいいって一緒に同衾しようとしたんでしょう?」
「むぅ……お姉さまの意地悪」
「ふふっ、安心して、モモ。モモが持ってくると思ったから、ベッドは狭くならないわ」
「……あれ、もしかして二人ともこっちで寝るつもりだった?」
あまりにも二人の世界で会話をしているので、危うく聞き逃しそうになった。
指摘すると、するするとモモさんが抱えていた枕で口元を隠し、困り眉で覗かれる。
横のローゼアさんには目を横に逸らされた。
「だ、駄目、でしょうか……」
「ふふっ、断っても構わないけれど、覚悟してね、フラン」
「お姉さま! 素直になろうよ!」
悪戯っぽく茶化すローゼアさんにモモさんはむくれる。
うーん、あんまり男女で同じベッドは良くないと思うんだけど……。
「フラン……?」
「フラン様……?」
黙ってたら、二人が不安そうに僕の事を見上げてきていた。
「もう、しょうがないなあ……」
「じゃ、じゃあ!」
「ん、いいよ。拗ねて二人に床で寝るって言われても困っちゃうし、ただし、誘惑はしないこと! こう見えても僕は男なんだからね!」
「ありがとうございます、フラン様!」
「我がままを聞いてくれて嬉しいわ、フラン」
言うが早いか、二人同時に笑って、一緒になってベッドに仰向けで倒れこむ。
ベッドの正面に回り込むと、真ん中を開けてモモさんが右側でポンポンとシーツを叩き、ローゼアさんは左で悪戯っぽく笑いながら微笑んでいた。
(わあ、僕が真ん中に寝なきゃいけないやつかー)
距離は離そうと画策してたんだけど、失敗に終わったらしい。
腹をくくって、潜り込むようにして、二人の隙間に入り込んだ。
……自分でやっておいてあれだけど、絵面的に完全に僕が変態だよね、これ。
もぞもぞと仰向けに寝転がった瞬間、二人は何よりも早く僕の右腕にモモさんが、左腕にローゼアさんが頭を乗せられる。
当然彼女たちの角も胸の上に置かれて、腕枕と角でなんか拘束されてるみたいな気分だ。
「えへっ、フラン様の毛並みはふかふか……」
「ふふっ、モモが満足してて私も嬉しいわ」
二人は楽しそうに言い合う。
僕の胸の上で。
「二人とも幸せそうでなによりだよ」
「ええ、だってフランと一緒だもの」「はい! だってフラン様と一緒ですから」
意趣返しの皮肉のつもりだったのに、ほとんど同時にそう答えが返ってきてしまう。
思わず、我慢しようと思っていた笑いが漏れてしまった。
割と窮屈だし、僕が獣臭かったりしたらどうしようかとか、色々心配だったのもあるけど、二人して即答されるのはちょっと面白かった。
「嬉しそうね、フラン」
「うん。二人が楽しそうだからね」
「そう。意外ね」
「え、意外?」
「ええ、意外。私はたちてっきりあなたの邪魔になってると思ってたから。ね、モモ」
「う、うん。モモたちはすごく強引についてきちゃったから、フラン様の邪魔になってないかなって……」
「あはは、邪魔だなんて思ってないよ」
「本当?」「本当ですか?」
そんなわけないと本当に噴き出して答えると、二人は器用に体の向きを変えると、琥珀色の瞳で覗き込んでくる。
なにが二人の琴線に触れたのか分からないけど、そんなに心配されてたらしい。
「邪魔だったら僕はもうここには居ないって。それに、とっくに国境の友達のところに送ってる」
「国境の、ですか?」
「うん。アントラース辺境伯領……ジャックって人が僕の友達で、国境から逃げてくる亜人や人外種を保護してくれてる人。いい人だよ?」
「……なら、どうして、フランは私たちを一緒に連れてきてくれたの?」
「え? それは……」
「「それは?」」
告白の返事がまだだから。
そう答えそうになって、これじゃそっけない返事になりそうだったからって、一回考え直す。
「……えっと、初めて、だったから、かな」
「初めて?」
「何がですか?」
「ん、暴走した魔法を止めてられた人。妹以外では、初めてだった。だから、もっと二人を知りたいって思ったから……じゃ、だめかな」
僕の魔法は、あんまり使い勝手がよくない。
だから、僕の事情を明かして、絶対に連れ帰ろうとしたのは、そういう打算的な意味は多分にある。
暴走するまで使わなきゃいいだけなんだけど……まあ、全部が全部そう言うわけにはいかないし。
それに……二人が気になってるのは嘘じゃないから。
さすがに照れ臭すぎてそれは言えなかったけど……二人には伝わってしまったのか、キョトンとした後、すっごい優しい表情をされてしまった。
うわ、なんか、バレてそう。
「えっと、その、今ので答えに、なってた?」
「……はい、ちゃんと伝わってます。だから、大丈夫ですよ、フラン様。ね、お姉さま」
「……ええ。ちゃんと伝わったわ。フランがそんないい顔で笑うなんて思わなかったもの」
「笑ってた? 僕が?」
思わず、腕を動かそうとして、右腕の上に居たモモさんが一瞬持ち上がって「ひゃわ!?」って悲鳴が聞こえた。
「笑ってたんだ、気付いてなかった……」
「ふふっ、とてもいい顔だったわ」
「そっか。……そっか」
表情に出せてたってことは、気を許してたのかもしれない。
僕の反応が面白かったのか。両脇の二人にくすくす笑われてしまった。