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第3節「銀貨一枚の赤い布」―2


「あ、お店に着いたよ、ローゼアさん」


 恥ずかしくて黙々と彼に手を引かれていたら、あっという間に店の前についてしまっていた。

 店を見れば、露店が並ぶ通りの入り口で、大通りと比べて人通りが少ない印象を受ける道だった。


 お店自体も質素な雰囲気を纏う外見で、長年使われた……手入れはされているものの雨風で汚れた砂レンガの建物で、長年地元の人には愛されている、と言うことが分かる。


 広げられている商品はどれも安価……なのだと思う。

 一応値段表は置かれているのだけれど、私もモモも、ラトゥムに来て日が浅く、書かれている値段が高いのか低いのかも分からない。

 でも、たくさんの色の布が置かれていた。

 名残惜しく思いつつ、軽く包み込んでくれていた彼の手からするりと自分の指先を抜く。


「ん、もう平気?」

「なんのことかしら」

「怖くないのかなって」


 それ、わざわざ言ってしまうのね、フランは。

 デリカシーは少し学んで欲しいけれど、モモには愚痴られていないということはヒトを選んでいるのかもしれない。

 嬉しくもあり、複雑な気持ちだった。


「……嬉しいけど、仕事の邪魔をするわけにはいかないでしょ」

「え? あはは。ん、でもこのお店の人は女性だし、この町で布を買いに来るのは皆女の人ばっかりだから、ローゼアさんも一緒に見よ?」


 チラリと、お店の中に視線を向ける。

 たしかに、店番をしているのは、恰幅のいいヘンドーリャ――頭に角を生やす有角人種で、商才に富んでいる以外、人間とほとんど変わらない種族――の女性で、通りはそもそも人が殆どいない。

 それに、布は確かに気になる。


「そう。そこまで言うのなら付き合ってあげる」

「あはは、ありがとう。あ、店主さーん!」

「はいはい。なんですかウィルカニスのお嬢さん」


 フランがお店の人に声をかけたので、彼らの会話を聞きながら、お店に並んでいる布に視線を移した。


「最近、ここに来たんだけど、服が破けちゃって。亜人が良く使ってる布ってこの店でも扱ってる?」

「当然! この町一番の品揃えを自慢……って言っちゃあ商品がちと少ないけど、それなりにはそろえてあるよ!」

「ほんと!? じゃあ、高いのも見たいんだけど、良いのある?」

「おや、繕うのなら安い布の方がいいんじゃないのかい?」

「ううん。お気に入りで、安い布と合わせると、色が合わなくて。高い布ならもしかしてって!」

「ははあ、大事にしてるねえ。さては恋人からのプレゼントかい?」

「あはは、そんなところ! どんな布があるの?」

「そうさねえ。質が良いのだと、エルフの里の草編みとか、布じゃないけどドワーフの革細工に……。あ! これなんかどうだい! 数は少ないけど、人外種から仕入れた生地さ!」

「へえ、人外種ってことはアラクネかな? でも、数が少ないの?」

「あっはっはっ、この町は帝国産が出回ってるからねえ。アラクネの糸はべらぼうに高いし、帝国民には売れないからさ」

「あー、もしかして、関税?」

「さてねえ。アラクネの糸に関しちゃ、置いてはいるけど、これでもタダ同然なのさ」

「ふーん? あ、自分の話ばっかりしちゃった。ねえねえ、ローゼアさんはどの布がすき?」

「……え? なに?」


 話は聞いていたけれど、一連の話の内容から、彼の情報収集の仕事だろうなと、真剣に話す彼を見ていたので、反応が遅れてしまう。

 聞き逃したと思ったのか、フランが店を見せるように道を開ける。


「お店の商品。ローゼアさんにも見てほしいなって。どれが僕の服にちょうどいいかなって」

「あら、あなたが見に来たんじゃないの?」

「え? でも、今着てるのもローゼアさんが縫製したんでしょ?」


 とんでもないフランの発言に思わず眉根を寄せる。

 たしかに私が着ているのは、そこまで目立たないようにしてる一般的なワンピースドレス……を模して、モモの服の余り布で作った物だ。


 本当は、魔族の衣装も作りたかったのだけれど、この国では使える布も革も出回ってなかったし、フランと一緒なら普通の服が良いと思って作ったのだけれど……。


 いくら造りが粗いと言っても、初めて見た彼がそのことを知っているはずがない。

 ということは……。


「……そう、モモね? ふふっ、あとできつく叱ってあげないと」

「うわ、モモさん、ごめん」

「いいわ、モモにじっくり聞くから」

「……えっと、だから心得のあるローゼアさんにも見てもらおうかなって」

「そう。――店主さん、見てもいいかしら?」

「どうぞどうぞ! もし良ければたくさん買っとくれ」

「いい物があったら」


 店に並べられている布地の中から、薄い紫色の生地に手を触れる。

 さらさらとしていて、高価なドレスや魔族服の下地に使えそうで、こちらでも手に入る素材なのかと驚いてしまう。


「この生地、いい布ね。アラクネ?」

「おお? あんたいい目をしてるね。そりゃあ王国からの行商人から仕入れ――。っと、腰羽に大きな角ってことは、もしかして魔族かい?」

「ええ」

「こりゃあ珍しいお客さんじゃないさ! どうしたってこの町に?」

「あはは、旅の途中だったんだ。珍しいってことはたまに来るんですか?」

「別の魔族さんだけど、常連さんに居るのよ。男の人があんまり来ないからってひいきにしてもらってるから、その生地も仕入れているのさ」

「へえ、他には――」


 フランが気遣ってくれたのか、私の話から仕事モードに入り、会話が自然と日常の話題へとシフトされていった。

 あの話をしなくて済んで少し安心して、別の生地にも目を通してみる。


「あら、この布は……」


 先ほど手にした布は店の目立たない場所にあった布だ。

 今持った布は、一番見やすい位置にあって、手が安い場所にあるのに、肌触りが悪い物や、ただ硬い生地が多かった。

 魔族の店では考えられない置き方に驚いて、フランの元に戻って袖を引く。


「ねえ、フラン」

「あ、店主さん、ごめん。――ん、どうかしたの?」

「こういう店の一番手前に多い粗い素材や、硬い布は何に使うの?」

「えっと? ああ、粗いのはお金がない人が継ぎはぎに使ったりとか、古くなったら掃除のために切り取るとか、屋根とか敷物とか、かな? 結構需要があるはずだよ」

「需要……。さっきの良い生地よりもたくさん使うのかしら」

「うん。というか、普通の人はさっきのアラクネの布みたいに高いのは使わないと思うよ」

「そう。ありがとう」


 まじまじと見つけた生地を観察することに夢中になってしまう。


 とても衣服向きとは思えない生地や、安さに重きを置いた量の多い生地……。

 隙間から奥が見えるほど粗い編まれ方をした枯草の生地に至ってはちゃんと店で売られているのを見るのは初めてだった。


 魔族の店ではこ血らの高級品が魔力や物品との物々交換で、珍しい物じゃない。魔族は高級品以外に目を向けないことも少なくないので、こう言った商品は向こうでは手作りすることも多い。

 売り物になるなんて私には……ううん、魔族にはない思考だった。


(角魔族はまだ人に近いと思ってたのに、こうしてみると遠いのね)


※ 金銭を稼ぐために良い物も悪い物も利用価値をつけて売る、って考えは新しいし、逞しいとも思えた。


 ――だから、人も売るのかしら。


 亜人も人間も、色々な物に価値を生み出して売っている。

 なら、珍しい魔族を売りに、それも魔族の中で比較的弱い角魔族ならば、こうして布のように売れてしまうだろう。


 それこそ"色々な意味でかいたい"という人も少なくないはずで……。

 草編みの布を傷つけないように持って、ここには居ないモモにくすっと笑う。


「こういう布みたいにお店に並ばないで、フランと一緒に居られる私たちは幸運なのね、モモ」


 チラリと、私たちを拾ってくれた当人を見る。


「じゃあ、この町って――」

「あー、それねえ。実は――」


 ヘンドーリャの店主さんとまだお話をしていて、時間はかかりそうだなと、もう一度。今度は、彼に似合う色は無いかと探していく。

 ふと、並べられている商品に、ひときわ目を引く赤い……まるで貴族の家に飾るような綺麗な赤の発色の布をみつけ、栗色のフランの毛皮が手前に重なる。


「……あの赤い布。似合いそうね」


 思わず、フランの事を考えて手を伸ばした。



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