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第3節「銀貨一枚の赤い布」

side:ローゼア


※今回【男性恐怖症】の描写のため、人によってはトラウマの刺激を刺激する不快になる可能性がある描写をします。

 薄目で見るか、第4節の前書きに、あらすじとして追記しますので、不快な表現が苦手な方は、避けて第4節まで飛ばすご協力をお願いします。

 今後追加するシーンでもう1シーン、同じように注意を促す場合がありますのでご了承ください。



 ん、そろそろ肌寒くなってきたのかしら。

 フランが来るまで暇だった私は、手に息をはきかける。

 今は、待ち人を……フランを、人通りの少ない宿の間の前の通りで待っていた。


 待ち合わせにしたのは……たんに、フランを待ってみたいという、我がまま。

 それと、出来れば自分が大丈夫と言う自信を持つため。


 視界の端に苦手なものが映りそうになって、慌てて思考を彼の事に飛ばす。

 すると、これからどうしようって思いばかりが溢れて、気持ちがすっと軽くなった。


「ふふっ、フラン。あなたはどんなお返しが喜ぶのかしら」


 私とモモが彼についてきたのは、お返しのため。

 助けられた後、どうするのかと彼に聞けば、彼は任務が終わりしだし、国に帰るかもしれないと言う。

 どうしても恩を、そして彼の気持ちを知りたかった私たちは、彼に無理を言ってついてくることにしていた。


 それに……。

 ふと、人通りが少ないはずなのに、視界の端に"苦手なもの"が映り込む。

 ビクっと体が反応して、慌てて目を閉じて息を吐くと、またゆっくりと心臓が落ち着いてくれた。


(まだ怖い。でも、大丈夫。フランがきっと来てくれる。だから、大丈夫)


 ん、と息を呑んで、心を落ち着かせる。

 あんな無理やり"約束"をしてしまったけれど、フランはいつかどこかに行ってしまう。

 だから、早くモモのためにも、今苦手になってしまったものにはなれなくてはいけない。

 落ち着いたかしら。と、視線を下げ――、


「っひ」


 目の前を、ガタイのいい男性が通り過ぎて、咄嗟に我慢できず喉から悲鳴が零れた。

 見られる気配がして、ぎゅっと唇をかみしめて視線を逸らしても、心臓がドキドキと鳴って、肺が呼吸を求めていた。

 喉が狭くなる。呼吸がし辛い、唇をかみしめ、動悸がする体を押さえつける。


 怪しまれないよう、自然に腰の後ろに手を回し、壁に寄りかかるようにして視線を地面へ下ろせば、なんとかその場に立っていられた。


「っ、はぁ、はあ……。ふふっ、やっぱり、まだ駄目ね……」


 自分の弱さに苦笑してしまう。

 そう、私はフランに助けられた日から、異性を前にすると、パニックを起こすようになってしまっていた。




 あの日……山賊に攫われ、思い出すだけでも心臓が震える恥辱を受けた。

 口には出せない。思い出すのも(はばか)られる。

 あの時は、フランに思いを伝えたくて、痛みも辛さも無視していたけれど、経って話せるのも不思議なほど少数していたらしい。


 角魔族の象徴である角も折られ、肌につけられた傷も酷くて……フランが持ってきてくれた薬のおかげで、見れるものにしてくれた。


 その時を思い出して、角に触れようとして……。

 自分で触れようとしているのに、色々な手が迫ってくるのを思い出してしまって、唇が震えた。

 耳朶と首筋にかかる誰の物かもわからない激しい息遣い。

 体全体に襲い来る異物感に、吐きそうになって、なのに許してくれない圧迫感に押しつぶされる。


「っ! っはぁ! はあ……もう、弱虫なんだから……」


 とっさに折れた右角から手を離して、息を吐きだして自分の体を見る。

 今日は、太い革のベルトに合わせたベージュがベースになった茶色のアクセントが入ったワンピースドレス。

 ピンクブロンドの紙には合わないけれど、首輪を目立たせないようにするとこれしか似合わなかった服。


 彼は、どう思ってくれるのかしら。

 さっき聞いておけばよかった感想を思いながら、ジッと壁を背に耐え続けていると、一人だけ、地面の石畳に反響する靴音が近づいてくる。


 何度も自分に大丈夫と言い聞かせていると、その人は私の数歩前で立ち止まった。



「ごめん、お待たせ。日蔭でも美しさの花を際立たせている、物憂げなおじょーさん」



 貴族風のお世辞を言う、唯一まともに聞ける声して、恐怖が嘘みたいに消えて胸が温かくなる。


「あら、フラン。ずいぶん待たされたみたい。この後、期待してもいいのかしら」


 もう……。この口は、本当に。

 いつもフランに意地悪な言葉を口走ってしまうけれど、フランはいつもみたいに「あはは」と笑って誤魔化されてしまった。

 つい、ムッとした可愛くない顔でフランを見つめ返してしまう。


 フランが、男の人にしては大きな、エメラルドの瞳をパチクリとさせていた。

 本当に、綺麗な人。


 ウィルカニスだから毛皮におおわれた獣耳に、腕。見てないけど脚も、きっとそう。

 男の子にしては長く維持している栗色の髪をサイドテールにして、流した前髪から覗く、緑色のきれいな瞳。

 服も女性物でゆったりとしたものを選んでいるから、強いて言うなら背の高い女性に見える。


 本人は趣味って言ってるし、荷物の中にも女性ものの服はたくさんあっから、嘘ではないと思うけれど……。

 私と会うときは出来るだけその姿をしてくれてる。


 そんな彼が、頭をかきながら少し困ったように微笑んでいた。


「えっと……あはは、それじゃあ、今日の付き添いでお返ししたいと思います、お姫様」


 思わず瞼と口元が緩くなって笑ってしまう。

 ……モモが言うには意地悪そうに見えるらしい笑みを彼に向ける。


「あら、楽しみ。きっと私が受け取れないほどの愛を返してくれるのね」

「あはは、期待には答えてあげたいけど、僕のお返しは重いから配慮するね」


 それならそれで期待したい。

 思っていても言わずに彼がゆっくりとした歩みで町に行こうとするので、行ってしまおうとする横に並ぶ。

 歩幅は……合わせてくれていた。


「今日はどこへ行くつもりだったの、フラン」

「んー。今日は前から気になってた布を見に行こうかなって」

「服? フランはもうたくさん持ってるじゃない」

「あはは、こっちに来てから買ったのもあるしね。でも、今日はローゼアさんのため」

「あら、嬉しい。……本音は?」


 まるで、私たちのためにって言葉選びをしてくれるフランに追い打ちをかけてみる。

 意地悪……ではないけれど、彼は故郷に大切な人が居て、仕事で来ていると知っている。

 そう言う意味で、私たちがフランの仕事を知れば、否が応でも彼は私たちを離せなくなるからだ。

 ちょっと迂闊だけど、わざと話してくれてるのなら、ともっと深い事を聞いてみたくなった。


「わー、鋭いなあ、もう。ん、この国の服でちょっと気になることがあったから」

「あら、じゃあ今日の報酬はお似合いの服かしら」

「あはは、そういうこと。ああ、でも、ローゼアさんと服を見に行きたかったのは本当だよ?」

「ふふっ、そういう事にしてあげる」

「わあ、寛大だー」


 たまにでるフランの子供のような返事に、耐えられなくてクスクスと笑ってしまう。

 フランに軽くエスコートをされ、通りの壁際を進んでいると、傍らから生温かい目線の気配を感じる。


 当然、そっちにはフランが居るわけで……。

 そっちを見ると、フランが満足そうに微笑んで見下ろしていた。


「なに、フラン」

「ん、もう大丈夫そう?」

「もう大丈夫って……。っ!」


 何の心配をされたのかすぐに分かって、かあ、ッと頬が熱くなる。

 見れば、エスコートの腕も軽く体から遠ざかってくれているし、通りを歩くのだって、彼が壁をしてくれている。


 嬉しいけれど……相応にバレていたと恥ずかしくもあって、顔を作れなくなりそうだった。

 表情に力を込めて目を細めるだけに止め、不機嫌に見えるように目を逸らす。


「……まあ、なんの話かしら。フラン、目的のお店の目星はついてるの?」

「あはは、誤魔化すのはへたっぴ」

「……ねえ、フラン。犬鍋ってそろそろ美味しい季節じゃないかしら」

「あ、お店の話だよね、近くのお店で信頼度の高い人を教えてもらえたからそこに行こうかなって」


 本当にする気はないけれど、怒ってると伝わったのか、フランは慌てたみたいに話してくれる。

 ……いつもならあしらわれるし、妙に私の御機嫌取りをされてしまう。

 お店だって調査をするのなら信頼度ではなく、物が一番出入りするお店が良いのは私でも分かる。

 ルートだって、フランが壁際になるよう、選んでくれているみたいだった。


「……フラン、あなたがそこまで考えてくれてるなんて思わなかった」

「わあ、情熱的。じゃない。ローゼアさん、不穏だね、その会話始まり」

「ん、分かった。私の事を好きにして、フラン」

「うん。……待って、ごめん、ローゼアさん。その言い方だと色々誤解されちゃう」

「あら、残念。してくれないんだ」

「いやいや、急すぎるって。それに、さすがに露骨すぎるかも。それで引っかかて慌てる人なんている?」

「モモ」

「ああ……。あはは、僕は騎士で紳士だからね。それじゃあ、お店はこっち」


 あまりにスッと流されてしまったけれど、仕方ないかと諦める。


 そもそも、お店を見るのだって、こうして連れまわしてくれるのだって、私たちの我が儘を聞いてくれている証拠。

 こうして、二人で回れるだけもう十分だし……。


「あ、そうだった」


 唐突に、フランが足を止めてそう言った。

 腕を引かれていたので、止まってしまったフランより先に歩いてしまい、振り返るとベージュと茶色のスカートが広がる。


 スカートの影が落ち着いた時、そこには片足を半歩内側に引き、膝を折る……綺麗なカーテシーを見せるフランが居た。

 僅かに栗色のサイドテールを揺らした彼は優しく微笑む。


「ふら、ん……?」

「このような格好で失礼します、お嬢様。どうぞ、この私めに、エスコートをさせてくださいませんか」


 突然、目上の人間にやるような対応され面食らってしまう。

 人の視線が気になって周りを見るけれど、人が居ない隙を見計らったのか、見事に誰も居ない。

 通り向こうから聞こえるくぐもった街の喧騒が、カーテシーをするウィルカニスの青年と私と言う別世界のような幻覚をそこに作り上げてくれていた。


 驚いて何も言えずにいると、フランは恥ずかしそうに頬を赤らめて苦笑する。


「………」

「あの、ごめん、ローゼアさん。すごい真剣にキメちゃったから、無言はちょっと恥ずい、かも」


 何とも言えない表情。

 それでも、私なんかのために色々考えてくれてる様子で……。


「ふふっ」

「ろ、ローゼアさん?」

「ふふっ、いいわ。今日の事も許してあげる」


 少しだけ……モモに申し訳が無かったけれど……。


 頑張って恐怖症を我慢したご褒美だと思うと、いろんな意味で熱くて篭った熱を冷ます外気も心地よくて、もう少しだけ私は彼にぞんざいな扱いをされた方がいいと思ってしまった。


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