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幕間2「いやな予感」


 ふもとの町から山を少し上った場所。

 曇天の空が広がる草木の少ない山道を、女の子……モモさんに、彼女の姉を(さら)ったという賊の拠点である洞窟(どうくつ)へ先導してもらっていた。


「フランさん! この先です!」


 先導してくれているモモさんが、指をさす。振り返るピンクブロンドが揺れ、僕で言う獣耳が生えている位置にそれなりに大きい角が生えていた。



 "角魔族"。

 魔族という、背や腰に蝙蝠(こうもり)みたいな羽と、尾てい骨から伸びる細長い尻尾が特徴的な人間に近い種族。

 その中で、頭に生えた大きな角があるのが彼女の言う角魔族って言う種族らしい。

 彼女が助けたい"お姉さま"も同じ角魔族だって聞いている。


 魔族の種類は初めて聞いたけど、そもそもラトゥムに見かける魔族自体が珍しい、

 彼女たちが賊に狙われたのもうなずける。


(にしても、なんか危なっかしいんだよなあ……。危機感はあるのに、どこかズレてるって言うか……)


 モモさんが危なっかしく岩場に乗り上げ始めて、慌てて彼女が落ちても大丈夫なように後ろで触れないように待機する。

 案の定、足が外れて落ちかけるのを受け止めた。


「おっと、焦ると危ないよ?」

「わ、あ、ありがとうございます! でも、この岩場を抜けたら賊の洞窟なんです! 早く、お姉さまを助けましょう!」

「うん、わかってる。でも、そろそろなんでしょ? 声は潜めないとね」

「あ、はい!」


 返事が大きいモモさんに苦笑しながら、しっかりと考える。


(亜人が人外種が攫われても、新しいのを補充するって噂は元々聞いてる。報告のネタにしようと思って聞きこんではいたから、裏付けもとれるし、モモさんが嘘をついてる人特有の発汗も、嫌なニオイもしないから嘘じゃないとは思うけど)


 問題は案内されてる場所だった。

 今僕たちは岩山をいそいそと登っているけれど、案内されるにしてはやけに険しい道だ。

 いったいどこへ連れていかれてるんだろう。


「ねえ、モモさん……でいいんだよね?」

「はい?」


 岩場を登るのを手伝いながら、モモさんに声をかける。


「本当にこっちの道であってる? 見た感じ、完全に違和を登ってる感じなんだけど……」

「はい。ここからなら、誰にも気づかれないで、フランさんにも場所をお教えできるってモモは思います」

「そ、そっか。自信たっぷりなんだね」

「はい!」


 ふんすと自信満々に言い切られてしまった。

 とりあえず、着いて行って場所だけでも教えてくれないとタイムロスにはなるから、岩肌を登っていく彼女に着いていくしかない。


「心配、ですか?」


 ある程度黙々と進んでいると、丘を登っている時、唐突にモモさんにそう言われる。

 よいしょっとと違和を登っている背中を見てしまって、危うく下から彼女の事を見上げそうになったので慌てて目を逸らす。


「大丈夫です。心配されなくても、モモはキチンとフランさんを案内出来ます」

「ああ、いや心配してるわけじゃ……」

「フランさん。この先で拠点が見える場所につきます」

「え、音は結構遠いけど……」


 突然、会話の方向を変えたモモさんに、思わず首をかしげるが、言われた通り彼女が昇った岩山を登り、しばらくの間慎重に進んでいく。


 遠かった喧騒が徐々に近くなり、おそらく喧騒の主が付けたであろう松明の明るさが目に見えるようになったころ、モモさんが崖にほど近い大岩の前で足を止めた。


「フランさん。この下が、お姉さまの連れてった人たちの拠点です」

「おっけ、ちょっとまって」


 一応、モモさんの方に警戒をしつつも、崖の下に耳を出して気配を探ってからのぞき込む。


 まさに宴会の途中、といったところだろうか。

 がけ下には、丸太の壁で囲われた(くぼ)みのような広場が広がっていて、丸太の壁は山道からの侵入者を防ぐ砦として。

 丸太の防壁には、見張り台や、おそらく見張り番の待機所らしき小屋が隣接した、それなりに防衛の硬い拠点が築かれていた。


 小屋の近くで騒ぐ賊らしき人たちに、入り口らしき丸太の傍系の隙間から、今連れてこられた襤褸を纏った人たちが、僕たちの足元……おそらく洞窟の入り口があるであろう場所に連行されていく。


 拠点を一望できる位置取りに思わず舌を巻きそうになる。

 入り口から洞窟までの道。見張りが建っているらしき場所と、移動経路。

 すべてが見渡せる、完璧な斥候の位置取りだった。


「すごいね」

「はい、いっぱいいます」

「……ああ、そうだね。いっぱいいる」


 モモさんがすごいって言ったつもりだったけど、当人がそう思ってないのなら深堀する事じゃないとスルーさせてもらう。

 というか、突っ込んでる場合じゃない。


「ここが君のお姉さんが連れていかれた拠点?」

「はい。お姉さまはあの洞窟に連れていかれるのをここから見ました」


 モモさんはそう言って、さっきから人の出入りが激しい洞窟を指さしてくれる。


「あー、これか。えっと……? 洞窟前に燭台(しょくだい)がだけっぽいね」

「はい。見張り台に一人が必ずいます。小屋は分かりません」

「ん。外に牢屋もないし、だれかを捕まえてるのならたしかにあの洞窟しかないだろうね」

「はい。フランさん。どうしたらいいですか?」

「ん、とりあえず、見つかって人質にされたら助けるのも無理だから、出来る限りは穏便(おんびん)に行ってみる。モモさんはここで出入りを見張ってて」

「で、でも、モモは……!」

「シー」


 (いさ)めるついでに人差し指を立てて静かにってジェスチャーを送る。

 慌てたモモさんが口元を抑えてうんうんと頷いてくれた。


「はやる気持ちは分かるけど、モモさんはここでお姉さんが来るのを待ってて」

「お姉さまを、ですか?」

「そう。他にも逃げてくる人もいるだろうけど、君の最優先はお姉さんでしょ?」

「は、はい。お姉さまはすっごく大事です」

「だから、他の人が捕まっても、最悪二人は逃げられるように、君は逃げ道の確保をお願いする。こういうところを見つけられるから、出来るはず」

「は、はい。分かりました」

「うん、お願い。……あ、あと、お姉さんと僕意外に顔も見せ無いように」

「顔を、ですか?」

「罠の可能性……はあんまり無いと思うけど、念には念を。最終的に騒ぎを起こして、少人数は確実に逃げられるようにするつもり。だから、どさくさに紛れて逃げる賊も居ると思う」

「……賊も逃がしちゃうんですか?」

「全員捕縛する。は、さすがに無理だからね。二人だけは絶対に逃がしてあげたいから、二人しか追わない状況よりも、たくさん追わなきゃいけない状況にする。だから、出来るだけ顔を隠すように」

「わ、分かりました」


 それに、賊だけじゃなくて逃げてる人たちが自分の身可愛さに彼女たちを売る可能性だってある。

 亜人種や人外種にそう言う人は少ないけど、ゼロじゃない。

 可能性を低くするのに越したことはないと思う。

 逃がすつもりはないけど、顔を見られないに越したことはない。


「ん、それじゃあ、行って来る。モモさんはここで待ってて」

「はい、頑張って待ちます!」

「あはは、頑張って」


 スッとその場にしゃがみ込んだモモさんを見届けて、さっき目星をつけていた小屋の隣へ下りれる岩場に回り込む。

 音をたてないように慎重に回っていき、見張り台から見えないように息をひそめていると、宴会に疲れた賊たちが一斉に小屋の中へ戻っていった。


「いいね、おあつらえ向き」


 こっそり岩場を降り、周りに人が居ないのを確認してから小屋の中を覗き込む。

 カードで遊んでいる人やもう寝に入っている人を含めて、三人程度。

 騒ぎさえ起こせば、対処できずに動きも抑え込める人数だった。


「なんとかするのは見張り台だけでよさそうかな……」


 交代の時間は分からないけど、時間を稼ぐにしても見張り台に居る一人は退場を願う方が早い。

 足早に見張り台に近づき、狩猟用ナイフを口にくわえて音をたてないように昇って行く。

 暇そうに山道を見ていた見張りの口を塞いで、首にナイフを突き立てた。


 しばらく苦しそうにもがいたけど、すぐに寝込んでくれる優等生だった。

 血で汚れたナイフを優等生の服で拭い、下から見えない位置に移動させて、小屋裏の方へと戻る。


(さて、後の問題はこの賊の規模と人数かな)


 無理やり一人二人を助け出すだけなら簡単だ。

 こういう規模の賊は、基本的に檻への見張りはつけていない。檻を見張る労力を割くより、洞窟の入り口を見張る労力を増やした方が、簡単で頭も使わないで済むからだ。


 こっそりと洞窟の入り口を黙視と鼻で警戒する。


(ん……人影は無し。ニオイは……汗と人間。肌と毛皮は……亜人かな? 炭に食べ物……。あとは、鉄と血……それと湿った栗の花みたいなニオイ、ね。まあ、そうなっちゃうよね……)


 考えうる限り、まあまあ最悪なニオイの集大成って感じだった。

 そして、出来ればして欲しくなかったニオイに、思わず顔をしかめる。


 いくら商品といっても、気に食わなければ暴力で黙らせる。

 モモさんのお姉さんがそう言う目にあってなければいいなという希望的観測で、荷物伝いに奥へと進んで行くことにした。


(……結構生活感があるな。最悪【狂化】の出力高めで対応しないといけないか……)


 元々、この洞窟は倉庫とか牢屋だけじゃなく、居住空間だったらしく、奥に行けば行くほど生活感にあふれる道具と、人の気配が増えていくようだった。

 そして、嫌なニオイも。


 奥に行けば行くほど、暗く据えたニオイが強くなっていくごとに、焦りと不安が募り、悪い思考が影を落としてくる。


 それでも、今ここで暴れて牢屋に居るかもしれない人たちを助け出せないのなら、僕が騎士に成った意味がない。


 だってこれは、レシエを守れなかった僕の、贖罪(しょくざい)なんだから。


 刻一刻と嫌な予感が濃くなっていくニオイと気配に焦る気持ちを抑えながら、洞窟の奥へと急いで、でも慎重に歩んでいくのだった。



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