幕間1「出会いと理由」
※幕間1~3は『フランが双子とエルピスへ向かうまで、を描いている前日譚』
恐らく投稿される幕間4は『ローゼアをフランが追った後の、モモが宿で待っている話』になる予定です。
上記の関係上、直接的な描写を避けるためにかなり薄くしてはありますが、人によってはトラウマの刺激や、不快になる表現を用いるシーンを描くため、主に幕間2と3は避けるご協力をお願いいたします。
前回の注意喚起同様、避けた方がいいとは思いますが、幕間1~3に関しては、読まなくても大丈夫な話のため、あらすじの追加などの予定はありません。
* * *
side:フラン
ざあざあって、雨が降っていた。
チャパチャパと、ぬかるんだ地面を走りながら、雨を避けるためにとりあえず近場の軒先に避難した。
濡れている衣服をの水をはたき落としそうになり、被っているフードがズレそうだったので辞める。
ほっとを吐き出すと、冷えた空気が雨雲の空に昇って行った。
帝国と間の国の内部調査を命令されてから一周り……おおおそ二か月前後。
今、僕が居るのは、帝国と間の国の国境。
その周辺にある、山岳地帯の村だった。
この町は、地元の人にも、"山のふもとの町"って呼ばれてるくらい特徴のない村で、国境の町ラーニアから歩いて二日ほど。
遠くもなく、かといって次の町に行くための補給に立ち寄る程でもないまあまあな規模の村だった。
道は舗装されておらず、近くに港町、ラーニアがあるせいで、特産品もない……本当に目立つ物がない村だった。
そんな村で僕は亜人という種族を隠して調査をしていた。
この町……ううん、主に帝国側の人間に、亜人はたいそう嫌われているらしく、僕を見ただけで舌打ちをしたり、難癖をつけるお馬鹿さんたちが多かったから、耳をフードで隠さざるを得なかったんだ。
怪しいのはもう仕方ない。
(これからどうしようかな……)
雨の中、軒先で雨宿りをしながら考えてると、ふと、視線を感じた。
軒先で雨宿りをしていると、店の人に嫌そうな顔をされてしまい、苦笑してその場を立ち去る。
仕方なく雨の被害が少ない路地に向かいながら、この任務を与えた陛下と宰相にため息をついた。
(あーあ。陛下の命令なのは仕方ないけど、どうせ反対派が押し切った達成が困難な依頼を、宰相が嫌がらせも含めて回してきたんだろうなあ……)
性格の悪い宰相が喜び勇んでやりそうなことだった。
亜人反対派だから、亜人に被害を……ってわけじゃない。いやまあ、それもあるかもだけど。
単純に、宰相はある程度こなせると判断したうえで僕に投げている。
というのも、宰相はどうあがいても亜人推進派だ。
陛下の事を一番に考えてるし、今の情勢情、亜人を取り入れた方が戦争抑止にもつながるし、国力の増強を図りやすい。
って、イアソナとか、他の近衛騎士も言ってた。
だから宰相は、自分を亜人反対派の味方だと誤解するようなハードルの高い任務を、推進派の陛下がお気に入りの亜人騎士に放り投げている……って感じだと思う。
だからまあ、僕に回ってきたのは宰相の嫌がらせだって思ってる。
だって、亜人の方が潜入しやすいのは分かるし、危険もあるから、ある程度自分で何とかできる人材……亜人騎士を選ぶのは分かる。
だけど、もっと諜報能力が高い人や亜人が行けばいいって話ではあるし、そもそも間諜っていう意味ならどの国も最低限は居るから、そういう意味でも僕が行く必要はない。
それも関係して、デミサイド――王城に用意された城勤めの亜人たちの区画や推進派の貴族たちの間では、あまりに無謀で意味のない任務を押し付けるなって陛下や反対派に声を上げてたけど……。
とにかく、政治絡みの仕事なのは言うまでもないことだった。
パチャパチャと雨の中を路地へ移動しながら、潜入の時にお世話になった友人の顔を思い浮かべる。
(ジャックにも迷惑かけちゃったのもなんだかなあ……。入国審査のためとはいえ、名前を借してもらっちゃったし、後でなにか返してあげないと)
今度行く予定のエリーズェシカは交易街だし、その時に何か見繕って帰りにお土産を買えばいっか。
「さーて、そんなことより、人が居るところとか、なにか起きてそうなところはー……っと?」
路地を散策していると、雨の湿ったニオイの中で、だれかが倒れこむ音が聞こえた。
壁に隠れて耳を澄ますと、なにやら言い争い……じゃなくて「さっさと働けこのごく潰しが!」「ご、ごめ……なさ……っぁ!」なんて罵倒と悲鳴が聞こえてくる。
正直、うんざりするようなやりとりだった。
バレないようにこっそり覗き込むと、人通りがない路地で、結構いい仕立ての服を着た恰幅のいい人間が、ボロボロの服しか身に着けてないウィングレイス――トリ系の亜人種の子を……まあ、折檻していた。
ウィングレイスの子の顔には、殴られたようなあざがいくつもあって、ぬかるんだ地面に着く手にも裂傷やあかぎれが目立つ。
地肌が見えてる翼と、路地のあっちこっちに羽が飛んでるのを見ると、僕が来る前から結構殴られていたらしい。
(助けてあげるべき……なんだけどなあ)
仕事上、諦めるしかなくため息を飲み込んで、その場をそっと後にした。
こんなため息が出るような光景は、亜人を敵視する帝国付近では珍しくない。
そもそも、さっき軒先を追い出されたのも、僕の顔がどう見ても人間じゃなかったからだ。
「あんまりいい気分じゃないけど、慣れないとなあ」
こういったことを報告のタネにする。
上手くいけば治安の改善につながるし、ダメだったとしてもどういう行いか分かればを罰しやすく、陛下も判断しやすくなる。
そもそも、助けたくてもここは異国だ。少なくとも誰かの所有物になってるらしい物を助けるのは、立場的にとても難しい。
ウィングレイスの子には申し訳ないけど、彼女は助けられない。
「せめてうちの国では罰せられるようにするからね」
誰に……ううん、助けられない自分に言い訳をして、こんな気持ちの悪いことを大っぴらにはやってないはずの大通りに足を延ばすことにした。
* * *
しばらく歩いて、人がまばらになった大通りに出る。
道行く人たちの顔を見てみようとするけど、誰もかれもが暗い。それどころか、地面を見てる人たちも多くて、あんまり良い雰囲気じゃない。
チラリと僕を見る人もいるけど、フードの隙間から見える毛皮にビクっと肩を揺らして、すぐに目を逸らされてしまった。
(亜人にビクついてる……ってことは、亜人に関わると碌なことが無いって思わされてるか、そういう環境ってことかな。若い人も若くない人もそうなってるってことは……権力が原因か)
あまり良くない状況に眉をひそめる。
曲がりなりにも、僕が今いるのは、間の国だ。
亜人たちが居ても問題のない国のはずで、そんな態度を国民が見せるということは、亜人がまともな扱いを受けてない証拠でもある。
(大方、領主か関係貴族が帝国の人で、亜人にだけ重税を課してるとか、庇った相手をみせしめにしてるんだろうなあ、これ)
敵国の植民地とかなら、ある種間違ってないとは思うけれど、ここはあくまで中立国だ。
しかも周辺国から帝国が管理を任された領地で"コレ"となるとこの調査は案外早く帰れるかもしれない。
帝国の杜撰で雑な統治に呆れ、さっさと別の場所も見ようと、大通りから町の出口に向かって歩き――。
「お願いです! だれか! だれか、助けてください!」
立ち去ろうとしたら、大通りで女の子が懇願する声が響いてきた。
おどろいてフードの隙間を広げる。
雨のせいで人が減った通りの先。
すれ違う人すべてに助けを求める、僕と同じくらいの身長の女の子が居て、思わず眉をひそめる。
「お願いします! この町の兵士さんは誰も聞いてくれないんです! おね――大切な人がさらわれて、急がないと……!」
今にも枯れて、折れてしまいそうな助けを求める声だった。
彼女の横を通る人たちは誰もが可哀そうな目を向けはするものの、時には鬱陶しそうな顔をして通り過ぎていく。
助けを求めるピンクブロンドの彼女の頭からは、フードで隠せない大きなねじれた角が伸び、体を隠したローブはお尻の部分が不自然に盛り上がっている。
彼女がなんらかの亜人や人外種であるのは明白で、亜人や獣人ですら忌避されてるこの町では、きっと彼女の助けは誰にも届かないだろう。
また、同じような光景か。
嘆息しながらも、さっきと同じように無理を悟り、ニオイを覚えないために鼻を抑える。
こうでもしないと、すれ違った時に思い出して後悔しそうだったから。
そのまま、彼女の横をすり抜ける。
「あ、お願いです! 待って! まっ――きゃあ!」
横を通り過ぎる僕を呼び止めようとしたのか、女の子からドチャってぬかるんだ地面に倒れた音がする。
振り返りそうになって、牙を嚙み合わせて耐える。
そうだ、ここで助けても、無事に済むなんて保障は――。
「ぐずっ、おね、がい。待って……」
くぐもった悲痛な声が、フードで潰された耳に届いてしまった。
ああ、もう。耳なんてつぶしてフードに入れるから後ろの音が凄い聞こえちゃったじゃんか、僕の馬鹿。
仕方なく振り返る。
本当に地面に倒れてて、ローブも顔も泥でぐちゃぐちゃだった。
どれだけ、長い時間そうしていたんだろう。そう思うと、やるせなさと悔しさが跳ね上がっていく。
助ける方法は、実はある。
この町は、亜人や人外は忌避されている。
見たことない亜人や人外が、知らない間に消えても、きっと誰も気にしない。
だけど、僕は国を超えるのを手伝ってくれたジャックや、妹のレシエ。そもそも陛下に迷惑をかけるわけには――、
「お姉さまを……っ、お姉さまを助けてください! モモの、モモの大事な、たった一人しかいない家族なんです!」
いかなかったんだけどなあ……。
「おね、がっ、します……たす、け……て……。……え?」
女の子が、フードの下で驚いた声を上げる。
僕は何も言わず、彼女を見下ろして、倒れてしまった彼女の目の前にモフモフした毛皮の手を差し出していた。
雨でドロドロの地面について、泣き叫んで……それでも、まだ綺麗なこぶしを握り締める彼女の手に。
「君は……」
「……は、い?」
声をかけられるって思ってなかったのか、気の抜けた返事が帰ってきて、ゆっくりとその顔を上げる。
たらりと、雨に濡れ、肌や彼女の立派な角に張り付いたピンクブロンドが垂れる。
泥と雨に濡れる女の子は、垂れ目でおっとり……というか、どこかぼうっとし輝印象を受ける、琥珀の大きな瞳。
普段なら曇っていないであろう琥珀からは、大きな雫が溢れていて……降りしきる雨と一緒に流れ落ちていた。
「そのお姉さんって人。大事?」
「っ、はい。大事です!」
「姉妹、ってことだよね。一緒に暮らしてるとかじゃなく?」
「同じ血が。同じ魔力が流れてる、モモの大事なお姉さまです」
「そっか。ずっと……二人きり?」
「はい。二人で、旅をしていました……」
「両親は?」
「もう、お姉さましか居ません。二人でずっと生きてきて……。モモを助けるためにお姉さまが連れ去られて……。お姉さまを助けなくちゃいけないと思って……」
この子も、家族を取られそうになっている。
ああ、もう駄目だ。
そこまで聞いたら、もう引き返すわけにはいかない。
だって、僕にも大切な妹がいる。
たった一人、僕が魔法を習得するのが遅かったせいで、両親も死んで胸元に大きな傷跡を作ってしまった妹が。
「泣かないで。僕が助けるから」
「……え?」
キョトンとして、呆けてしまった彼女の前に膝をついて、爪が当たらないように気をつけながら、毛皮で彼女の濡れた頬を拭う。
僕も濡れてたから、あんまり意味はなかったけど……。
僕は、彼女を助けてあげたいと、仕事と天秤にかけても思ってしまっていた。




