第10節「出した答えに、二人は納得してくれた」―2
僕が持ってきていたプレゼント……エルピスの市場で買った"角磨き"が入った袋を彼女の目の前持ち上げる。
琥珀色で真ん丸になった瞳の前に差し出して、ゆっくりと彼女の手を取って手渡すと、目をぱちくりとさせていた。
よかった、これを渡せて。
ほっとしていると、プレゼントを受け取ったローゼアさんが固まって、プレゼントが入った袋を凝視していた。
(……あれ、冷静に考えると僕の渡すタイミングだいぶやばくない?)
あまりにも雰囲気ぶち壊したなって僕の中で時が止まった。
おそるおそるローゼアさんを見ると、目をぱちくりさせて、眉を寄せていて、完全にやらかしていたと教えてくれていた。
やばい、絶対今じゃない。
「……フラン。これは……?」
「あ、えっと……これ、っモさんと出かけた時、別れて買い物をした時に買ったんだ。昨日、渡そうと思ってたけど、色々あったから……」
しどろもどろになりながらも、説明をする。
不思議そうに袋を持ち上げたローゼアさんが僕と袋を交互に見て……ふっと、噴き出すように握った手を口元にあてた。
「ふ、ふふっ。でも、今じゃなかった、フラン」
「あー、うん、ぶっちゃけ僕もそう思う」
「ふふ、ふふふ。っもう、フラン?」
「ご、ごめん」
僕自身、タイミングが悪すぎるのは思ってたことだし、それに関しては本当に謝る事しかできなかった。
ローゼアさんはひとしきり笑うと、琥珀色で袋を愛おしげに見て、悪戯っぽく微笑んで目を逸らした。
「いいわ、受け取ってあげる。いいからかいのネタだもの」
「わー、ひどい」
「それで? 告白の返事を聞かせてくれるんじゃなかったかしら」
「ごめんごめん。こういうところで変になっちゃうの、やっぱり格好悪いよね」
「そうね。でも、そういうところも好きよ」
「そっか……」
本当に格好悪いけど、抱き寄せていたローゼアさんを離してしっかりと正面から見える。
……格好悪いけど、ローゼアさんはキチンと僕を見てくれた。
「ごめん。先に言わせて。これは後でモモさんにも伝えるつもりなんだ」
「ええ、それは当たり前だわ」
中途半端な僕の答えに、ローゼアさんは理解しているとでも言いたげに頷く。
僕は、すっごい中途半端な答えをだした。
だから、どう伝えようかなってずっと悩んで……結局、良い答えはたどり着けずに帰国する。
なんでこんななにもかも中途半端かなって思うけど、でも、"約束"通りだ。
ローゼアさんの手をもう一度取って、彼女の指先に、鼻先と唇で順番にキスをする。
頭の上で彼女が息を呑むのが聞こえる。
でも手は止めず、彼女の両手を優しく包み込む。
「これが答えになるかは分からない。でも、これからも、出来るだけ二人の事を守りたいのは本当なんだ。だから、二人とも僕と一緒に、僕の守らなきゃいけない妹がいる国までついてきて欲しい」
出来るだけ真摯に、気持ちが伝わるようにまっすぐ彼女を見上げる。
動揺したように揺れる琥珀色の瞳に、折れてしまっている右角に髪を巻き付けるアレンジをした長めのピンクブロンド。
首に奴隷みたいな太い革のベルトを巻いた、ローゼアさん。
そして、ローゼアさんとうり二つで、左の角に髪を巻くアレンジが特徴の、獣が苦手で恐怖心が薄いと教えてくれたモモさん。
二人を、僕の国であるコアコセリフ国に連れていく。
これが、二人に出せる、他国の騎士としてできる限りの答えだった。
というか、最初からそれは決まっていた。
決まらなかったのは、どうやってそれを彼女たちに伝えるか。
絶対これも今じゃなかったんだろうけど、帰る直前になって結局格好悪い形でしか伝えられなかった、僕の答え。
だって、初めてだったんだよ?
レシエ以外で、僕の魔法を受け入れてくれて、止めてくれたのは。
そんな二人を逃すのなんて、男としても狼としても、失格じゃない?
僕の言葉を聞いた、ローゼアさんは、キョトンとした顔で手にしていた袋をきゅっと握りしめていた。
「それ、は……まだ、一緒に居られる?」
「もちろん」
「モモも、一緒?」
「うん。というか、二人とも来てくれないと困っちゃうかな。だって"約束"はしてないけど、僕は二人の告白に返事できる状況じゃないんだから」
「あ……」
「あはは、男っぽい返事の仕方でゴメンね。僕、これでも一応男だからさ」
ローゼアさんの両手を離して両手を広げる。
今も騎士の格好じゃないから、男っぽくは見えるか分からないけど。
いつもの癖で茶化してしまうと、ローゼアさんの体からふっと力が抜けて膝から崩れ落ちていた。
慌てて受け止めると、彼女の体が遠慮なく僕の方に倒れこんで来てくれる。
「ちょ、あぶな! ろ、ローゼアさん、大丈夫?」
「……はぁ」
慌てて受け止めたローゼアさんから、か細い吐息が唇から漏れ出していた。
心配で覗き込むと、片手で制される。
「ありがとう、フラン」
「本当に大丈夫?」
「ん。ええ、告白を断られるかと思ってたから。安心したの」
「え、えぇ? そんなつもり毛頭なかったんだけど……。プレゼント、魔族の中でそう言う話でもあるの?」
「ただの手切れ金って思ってた」
「いやあ、それはさすがに卑屈すぎるんじゃないかな」
モモさんにも臆病だって言われてたけど、あの状況でプレゼントを受け取って手切れ金って思うってどういう自信の無さなんだろう。
……まあ、二人とも苦労してたみたいだから、仕方ない、のかな。
しっかりと、最低限の返事が出来たことに安堵していると、ローゼアさんに胸元をとんと叩かれる。
「ねえ、フラン。あなた、妹さんが居るのよね」
「うん、居るよ。僕のせいで胸元におっきな傷が残っちゃった、唯一血がつながった妹が一人」
「そう……。モモみたいね」
「え? そう? 妹って意味ではそうかもだけど」
「ふふ、一緒なの。ねえ、フラン。その子と、私たち。どっちの方が大事?」
「ん゛!?」
本当は即答しなきゃいけないんだろうなって分かる。
でも、妹には傷を負わせたせいでお嫁さんなるのも難しいから面倒を見てあげたいし、でもでも、それじゃあ二人を突き蓮野は良いかって言うとダメなわけで。
答えなきゃまずいって分かってるのに、言葉と配慮と妹の顔が浮かんで次々にはじけて魚みたいに言葉が出なかった。
頭の中がぐるぐる担ってると、胸元に触れられてハッとする。
「……ごめんなさい、冗談だから悩まないで」
「わ、わあ、やだなー。……ごめん、ちょっと答えたくてもそれは……」
「むしろ、今はすぐに答えないで頂戴。悩んでくれただけで充分だもの」
「そ、そう? でも……」
「答えようと頑張るだけで嬉しいわ。だって、私がモモに思うのと同等に思ってくれたってことでしょ?」
「それは、まあ……。いつか、ちゃんと答えを出すって"約束"する」
「っ。ねえ、フランそれは……」
「大丈夫」
まだ前に約束をさせたことを気にしていたのかローゼアさんが心配そうに僕を見上げる。
僕はそれに苦笑して答えた。
「もうモモさんから意味も、重要さも聞いてるから。だからいつかってちょっと悪あがきしてるでしょ?」
「……"いつか"ちゃんとした答えをくれるの?」
「うん。"約束"」
「そう……。ならいいわ。……ねえ、フラン。プレゼント、開けてもいい?」
ローゼアさんはそう言って胸元でくしゃっと袋を持ち上げる。
そっと彼女の体を離してもちろんと頷いた。
「もちろん! 駄目かどうかも教えて? 僕、角魔族の人にプレゼントするのは初めてだから、何が良いかわからなくて……」
「そうね。……でも、フラン」
「うん?」
「今の言い方だと、他の女性やモモにはちょくちょくプレゼントを渡してるみたいね」
「え゛」
ローゼアさんの一言に心臓と時が止まる。
いくら女性経験が少なくても、ローゼアさんの一言に嫉妬が入ってるのは分かる。
(こういうとき、どうしたらいいの!?)
自分でもわかる程目を泳がせていると、ローゼアさんにふっと悪戯っぽい笑みをした後ナナメ横を見せられる。
「冗談」
ねえ、ローゼアさん。それはどこからどこまでの冗談なのかな。
いや、たしかに、騎士仲間とか助けた人には定期的に差し入れしたりはしてるけど……。
言い訳をしようと思ったら、ローゼアさんが澄ました顔で袋を開け始めたので、何も言わずに待つことにした。
ローゼアさんが袋から角磨きを取り出して目を丸くする。
「……これは! "角磨き"? フランがこれを選んでくれるなんて」
「あれ、なんか期待以上に反応が大きい。えっと、うん。僕からプレゼントできるもので、消えない物はなにがいいかなって。ちょっと手が出辛い高めのやつにしたんだけど……」
「そう……。嬉しいわ。ありがとう、フラン」
モモさんの反応は悪くなかったけど、ローゼアさんにも嬉しいって言ってもらえてほっとする。
これで、角磨きに変な意味でもあったらどうしようかと思った。
「良かったよ。こんなものをって言われたらどうしようと思ってた」
「ふふっ、安心して。たとえ思ってても面と向かってなんて言わないから」
「言われたら困るなあ、それ」
「でも、意外だわ、フラン。まさか、角魔族に角磨きを送るだなんて」
「……ん?」
ローゼアさんの一言に思わず体が固まった。
角魔族に角磨きを送るなんて?
ローゼアさんは確かにそう言った。
(え、嘘。もしかして、貴族の会話みたいに、すごい遠回しな意味が含まれてる贈り物だった、とか)
貴族言葉は非常に遠回し的で、詩的だったり、直接的な意味だったり、結構別の意味が内包されている。
もしや、これにもそんな意味があるのかと内心汗がだらだらと流れ落ちた。
「ふふっ、なあに、フラン。知らなかったの?」
「な、なにを? 変な意味で知ってたらたぶん送らないとは思う、たぶん。ちょっと自信ない」
「そうね、ある意味では変な意味かも」
「うわわわ、ね、ねえローゼアさん。角魔族に角磨きを送るっていったいどんな意味が……?」
「そうね……。角魔族にとって、成人した後の角は一生もの。だから、角磨きを送るのって、一生あなたの角を磨けるほど近くに居たいって意味かしら。約束も一緒だなんて、フランは情熱的ね」
「え、はい!?」
(もしかしなくてもそう言う意味だったの!? いやいやいや、それだったらモモさんだって貰った時に言ってたはずじゃないか! でもモモさんは……あれ、モモさんもすごくうれしそうにしてたっけ)
モモさんに送った時も思い出して、思わず眉根が寄ってしまう。
もし、モモさんまで同じ意味を知っていたんだとしたら……。
「あ、あのローゼアさん? お聞きしても?」
思わず、口調を正してローゼアさんに聞き返していた。
ローゼアさんには、何が面白かったのかくすくすと笑われてしまう。
「あら、どうしたの、フラン」
「そんなことモモさん言ってなかった気がするんだけど……」
「ふふ、モモもどうでしょうね。あの子、私以上に意地悪だもの」
「え゛あ、あの……、いつもの冗談、だよね?」
一応、念の為の確認をすると、ローゼアさんはキョトンされてしまう。
その反応が全ての意味を物語っていて……。
ローゼアさんが噴き出すように笑顔を咲かせ、いつもの悪戯を思いついた子供のような笑顔を見せると、手に持っていた角磨き口元へ運んで、秘密のポーズをした。
「さあ、どうかしらね」
また偉い人と約束を交わしちゃったなって、思わされる笑顔で……。
「はあ……。まあ、いいけどさ」
さっきまであんな怖い事に巻き込まれたのに、意地悪をして楽しそうに笑うローゼアさんに、僕は苦笑するのだった。




