第10節「出した答えに、二人は納得してくれた」
side:フラン
優しく頭を包み込まれて、思考がストップした。
それはまるで、ローゼアさんを助けた直後の……ローゼさんとモモさんの二人にに抱きしめてもらったみたいで……。
ふわりと、耳のあたりを撫でられ、耳が跳ね上がった。
「私は助かったわ、フラン」
「……ローゼア、さん。でも! 僕は助けることが間に合わなくて、ローゼアさんが酷い目にあって……!」
「それでも、我がままな行動をした私を救ってくれようとした。違う?」
否定しようとした。
でも、僕に触れてくれているローゼアさんの腕は震えていて……。
っ、僕、何を彼女に甘えて!
とっさに顔を上げると、ローゼアさんは唇を震わせながらも微笑んでくれていた。
「……っ、ローゼアさん!」
「ひゃ! ちょ、ちょっとフラン!?」
頭をぐりぐりと彼女が痛くないようにお腹にうずめる。
言葉では嫌がってるけど、僕を離そうとする腕には力がこもってなくて、嫌がってないってだけは伝わってきて、彼女が潰れてしまわない程度の力で薄い腰を抱きしめると抵抗もほとんどなくなってしまった。
耳と頭にモモさんと似ている温度とニオイが伝わってきて……。本当に、間に合ってたんだなって時間が遅れてやってくる。
そして、やっと助けてあげられたんだなって思うと、ずっと後悔していたはずの過去が、許されたようにも思えた。
「よかった! ローゼアさんが無事で! 告白の返事も! 二人がショック受けないようにとか、喜んでくれるようにちゃんと考えてたのに返せないままになっちゃうかと思ってた!」
……あ、マズイ。狂化の直後だから、抑えが利かない。
僕の言葉を受けたローゼアさんの力が強くなって、体の密着度が上がっていく。
不思議と、いつもの魔法の反動はほとんどなかった。
「ねえ、ローゼアさん」
「んっ、あんまりお腹で話さないで……。なに?」
「ごめんね」
「……。あら、後ろめたい事でもあるのかしら」
「ううん、ちがくて。危ない目に合わせて、こんな格好悪いところまで……それに……」
「それに?」
「ん、今日居なくなったのって、僕の返事が遅かったから、じゃないかなって」
頭の上でローゼアさんがビクッと反応していた。
チラリと見上げると、腰羽も腕も全体を使って僕を抱きしめてくれていたらしく、すぐ近く……本当に目の前に彼女が居た。
それが、とてもホッとした。
ローゼアさんはたっぷり時間をかけると「そう」とつぶやいた。
「……返事の話。モモに聞いたの?」
「ん、だからちゃんと謝ろうって。たぶん、僕の態度が不安にさせたんだなって。だから、ごめん」
「っ、ちが! フラン、それは……!」
ちゃんと言葉にして伝えると、ローゼアさんは否定をするようにパッと体が離されてしまう。
ちょっと名残惜しいけど、ちょうどいいから体の向きを変えて、彼女の膝の上から彼女の顔を見上げた。
「違わないよ。僕が君たちを待たせたせいで不安にさせて、こうして行動まで起こさせちゃった」
「違うの。私が、私が我がままで、我慢できなかったから……」
「あはは。僕のせいって言うのは譲れないけど、じゃあ、お互い様で」
「フラン……もう……」
僕が引き分けを提案すると、ローゼアさんは驚いた顔をしてふっと耐えきれなくなったみたいに破顔した。
「じゃあさ、ローゼアさん」
「あら、どうしたの?」
「実は、告白の返事を――」
「っ! ま、待ってフラン!」
そろそろちゃんと答えよう。
膝に頭を乗せたままだから立ち上がれないらしく、嫌々されるみたいに両手で抵抗されてしまった。
本当に嫌なら僕を放り出せばいいのに、嫌々するだけで膝を動かしもしないんだから、本当に彼女はいつもの態度で損をする性格をしていると思う。
超みたいにひらひらと嫌々する手を捕まえる。
「だめ、待てないって。ローゼアさんだって聞きたかったんでしょ」
「い、嫌、やめて、フラン」
「わー、本気じゃない抵抗。でも、ローゼアさんが"約束"って言ったんだよ?」
弱々しい抵抗だったけど、約束って言った途端、ピタっと止まってしまう。
手を引いて、僕の元に両手を下ろしてあげると、困ってるのやら嬉しいのやら恥ずかしいのやらよくわからなくなってしまった顔のローゼアさんが居た。
「っ、それはズルいじゃない、フラン」
すっかり弱々しくなってしまったローゼアさんだった。
その姿がいつもの悪戯を仕掛けてくる彼女とギャップがあって、思わず吹き出す。
「あはっ、あはは。もう、ローゼアさんは本当に憶病なんだなあ」
「ちょ、もう……後で覚えてなさい、フラン」
「わあ、肝に銘じておくよ、っと」
勢いを利用して、彼女の顔と角にぶつからないように体を起こす。
振り返ると、ちょっと緊張したローゼアさんがちょこんと正座で座っていた。
膝の上に乗せていた手をもう一度取って立ち上がる。
「ローゼアさん」
「……なに? ちょっと待って、立つから」
「あはは、じゃあ、このまま二日ぶりにちょっと失礼するね」
「え?」
僕に続いて立ち上がっていたとしていたローゼアさんの片手を引き寄せ、彼女の体ごと僕の方へ手繰り寄せる。
ダンスをするみたいな姿勢でぽふっと僕の体にローゼアさんが収まった。
「ひゃ、ふ、フラン……?」
弱々しいローゼアさんの声が胸元で響いていた。
抱き寄せたローゼアさんの手を取って、柔らかな女の子の手をした彼女の指に指を絡ませる。
僕の背が低いからか、彼女の長いまつ毛が、すごく近い。
琥珀色の瞳が動揺で揺れてるのも分かるし、ピンクブロンドの毛先はまだ震えている体に揺らされている。
「ぁ……」
そして、ゆっくりとローゼアさんの琥珀色の瞳が閉じられる。
何かを覚悟したかのようにきゅっと目を閉じてしまった彼女に、顔を近づけ……。
「あ、そうだった」
忘れてたことを思い出して、止まった。
「……ぇ」
若干切なそうな顔をしたローゼアさんの事が気になったけど、忘れっぽい僕は思い出したら即決断しないと。
ポケットに入れたままだった……少しだけ細長い袋を取り出して、彼女に見えるようにする。
それは、僕が彼女のために用意したプレゼントだった。




