第9節「家族を救えなかった魔法」―2
「はぁ……はあ……」
魔力が熱くて、呼吸が荒くなっていく。
まだ、準備、終わってない。
ローゼアさんを助けるには、まだ足りてない。
牙が今にも飛んでいってしまいそうなほど力を込めて、今にも駆け出してしまいそうな体を抑え込む。
「あ、兄貴? あいつ、何して……?」
腕に傷のある男がローゼアさんを捕まえたまま、怪訝そうに僕を見た。
わからないのも当然だ。
見た感じ、あいつらは戦いなれてる。
ということは、ウィルカニスである僕が使える魔法は、魔力を肉体に流して補強する"身体強化"と、段階分けされてる魔法の中で型が決まってる"第3魔法"までと知っているのだろう。
魔力が見えない人間は、知識でそう判断するしかない。
だからこそ、ある程度距離を保って人質を取られれば、抵抗する方法はほとんどない。
(あは、今回は慣れてるの、仇なんだね)
僕が扱える魔法は、"とある欠陥"がある不完全な魔法だ。
でも、だからこそ、場慣れしてるコイツらには、絶対に見破れない。
「僕、さ……。あんまり、裏方、得意じゃ、ないんだ」
「あ? うらかた?」
「フラン……?」
気分が高揚して、勝手に相手を挑発する言葉が口をつく。
ローゼアさんも不安そうに僕を見ていた。
彼女を安心させたくて、ニッと牙を見せてみる。
「今回、だって……カッコよく、助けて、あげたかったんだ。でも、僕ってケッこう、武闘派、でさ。いっつも、血なまぐさい事、でしか、助けられないんだよね」
最初に騎士として助けた兵士君の時も、前回のローゼアさんの時も。
力不足だけど、仕方がない。
だって僕は――。
「はっ、この状態で助けられると? 本気でそう思ってるのか!」
「アハ、それがボクだから。ごめん、ね?」
「お、お前。なに言って――っ、まさか……」
顔に傷のある男がナイフを構えたけど、もう僕の準備も終わった。
高めに出力した魔力が全身を駆け巡り、視界が血のように真っ赤に染まっていく。
真っ赤になった人が、目の前にいる。
ああ、まるで、あの時……妹意外を助けられなかったときみたいで、本当に自分が、何も出来ない自分が嫌になる。
許せない。
ゆるせない。ユルセナイ。ゆるセない、ユルせない、許セない許せなイゆるせないゆるせないユるせないゆるせないゆるせない!
目の前のやつらを切り伏せる。
敵は一方的に蹂躙して、叩きのめすという本能だけで、腰の鞘から剣を逆手で引き抜いた。
まだきちんと見える目で追う。
二人の男がうごいてるけど、まるでスローモーションみたいにおそくて、僕の早さについてこれていなかった。
逆手で抜いた剣を、顔に傷のある男に目がけてなげる。
二人が動く前に女の子……ううん、大切な人を捕まえている男の方に向かって、一気に足に力を入れて跳んだ。
怒ってて、ビックリしてる顔に傷のある男を抜ける。
圧倒言う間に大切な人の腕を捕まえてる男の近付き、彼女を捕まえてた手を思いきり握りつぶした。
手の中で、骨がグシャって潰れて、手のひらが痛くなるけど、そんなので止まるわけにはいかない。
そのまま腕を捻り上げて、大切な人からこの嫌な奴を引きはがす。
すっごい遅れて大きな声が耳元で聞こえてすごくうるさかった。
「うるさい!」
ソイツを水じゃないところに放り投げてふりかえる。
僕の投げた剣は狙ってなかったせいで地面に突き刺さってるけど、顔に傷のある男の人の顔が驚愕で見開かれていた。
おお、反応してる。すごい。
「っ、さっきの喋り方とその早さ! ただの身体強化じゃねえ! お前、バーサーカーか!」
女の人を庇って、飛び出してしまいそうな僕を抑えて、出力を抑えていく。
徐々に冷静な部分が戻ってきて、反動のせいで泣きそうになったけど、今だけは頑張って耐えた。
ジッと僕たちを見る顔に傷のある男を睨み返す。
「へえ、すごいね。知ってたんだ」
「バーサーカー。……知能を下げる代わりに、身体強化が強くなる魔法……。フラン、やっぱりあなたの魔法って……」
「う、ん。そう、"狂化"って魔法。感情と、記憶が抑えられない、から。あんまり使いたく、ないんだけど」
二人が察したらしいので素直に頷いた。
そう、僕が唯一使える魔法は身体強化の上位と言われている"狂化"の魔法だ。
普通の身体強化よりも出力……強くなれる代わりに、余り魔力を流しすぎると、知能が低下したり、体の一部が文字通りはじけ飛んだりして、結構危ない魔法だ。
しかも僕の場合、終わった後に感情が爆発したりするし、狂化特有の症状で、普通の身体強化が非常に弱くなる。
正直、騎士として戦うのはすっごい不便だった。
ただ、だからこそ、コイツらみたいに、普通のウィルカニスと戦いなれている人の意表を突くことができる。
「ごめんね、ローゼアさん」
「え……?」
「すグ、終わらせるから」
もう一回、今度はさっきよりも少なめに魔力を流して、顔に傷のある男を睨んで、駆け込む。
さっきよりは随分遅くしたからか、男が短剣を構えるのが見えて、利き手じゃない左腕を差し出した。
ナイフが躊躇なく突き出されるけど、左手で受けるまでもなく、ナイフを持っていた腕を弾き、伸ばした腕をそのまま相手の顔面に向けて伸ばした。
とっさに顔を下げられたけど、狂化のスピードには着いてこれなかったらしく、そのまま相手の頭を掴み上げると、指の間から驚愕し、怯えた表情が垣間見えた。
「あはっ、思ってたよりもすごかったよ」
大切な人が傍に居るから加減してるとはいえ、人間で狂化に反応するだけでも十分すごい。
でも、恐怖で声が出なくなっちゃってる男に顔を近づけ、ニヤリと笑う。
「ごめん。あの子、ボクのなんだ。お前なんかにあげられない」
「ひっ」
「だから、じゃあね」
気分がよくなって、握りつぶしそうになったけど、慌てて男を森へと投げ飛ばした。
顔に傷のある男が情けない悲鳴を上げながら、枝がいくつも折れる音がして……泉の周辺では音は聞こえなくなった。
嵐が過ぎ去った後みたいにシンと静まり返って、体に通していた魔力を……嫌々抜いた。
「っ、ぁ……あぁ……ね、……さん」
「フラン……?」
体から魔力が抜けていく感覚と同時に、感情が大きく揺さぶられる。
隣にローゼアさんが居る。
前みたいに、助けられなかったわけじゃない。
こうして横に居て、無事に居てくれている。
涙が溢れそうになって必死になって我慢してると、鼻の奥が詰まって息がしづらくなっていく。
よかった。よかったよ。ゴメンね、ローゼアさん。モモさん。無事で、良くて、本当に……。
でも、この前は守れなかった。
「ぁあ……ごめ、ごめんね、ローゼアさん。僕が、守れなかったせいで……」
「……いいえ、フランのせいじゃないわ。フラン?」
「ごめん、ごめん母さん、父さん。レシエ……僕がもっと早く、助けられてたら……」
「フラン、もう大丈夫よ。ねえ、フラン」
「ごめん、ごめんごめん。本当に……ローゼアさんだって、もっと早かったら……」
「フラン……」
僕と妹だけが助かった、あの惨状を思い出して、目頭が熱くなる。
どうして、あの時、もっと早く壊せるようにならなかったんだろうって。
誰かに燃やされてしまった家も、両親を殺した盗賊も、全部僕が壊して、燃やして、殺して潰して……。
木と石の残骸になった後にすごく後悔した。
もっとずっと早く壊せるようになれれば、お母さんもお父さんも、妹だって全員無事で助かったかもしれなかったのに、って。
そうすれば、妹も僕のせいで痕が残る大きな傷も負わなかったかもしれないのに!
高ぶった感情がネガティブに入って、張り裂けそうだった。
……これが、この記憶が、僕に返ってくるデメリットだった。
狂化魔法を使えるようになった時の感情を思い出して、しばらく動けなくなってしまう。
別に、動けなくなるのは全部終わって冷静になったあとだから、そこは良い。
でも、こんな情けない姿は出来るだけ見せたくなかった。
「っぐ、ごめ……モモさん、ローゼアさんもごめん……」
ローゼアさんに振り返って跪いて、せめて僕に責任を押し付けて欲しいと頭を下げる。
あの時の……僕が騎士になったきっかけと、彼女を助けられなかったんだって言う後悔が波になって押し寄せてきて――。
ふわりと、何かに優しく包まれて耳がくしゃってつぶされた。




