第9節「家族を救えなかった魔法」
side:フラン
ザッザッと、足元の草を踏みつけ土が吹き飛ぶ音が聞こえる。
ほとんど四足みたいな姿勢で、駆け抜けるせいですぐ近くを枝葉が擦れていく音。僕に驚いた鳥たちの羽ばたきも耳に届いてきていた。
うねうねと続く森の中の道を走りながら、心配で思わず尖った歯をかみ合わせる。
「本当にもう、ローゼアさんは心配ばっかりかけて……!」
全速力で森の中を走っていると、曲道が見えて、コーナリングのために体を傾けて重心を曲げる、
地面に手をついて、極力蹴る力をためてから曲がって地面を蹴ってスピードを上げた。
焦ってる。けど、焦る理由は早く会いたいから、じゃなかった。
「ああもう! なんで、男で! しかも血と鉄のニオイをプンプンさせてるやつらが近くに居るのかな!」
鼻先に漂う、不穏なニオイに愚痴りながら、坂道を駆け上がる。
そう、鼻先に漂って来るニオイは、ローゼアさんのニオイもしていたけれど、残りの二人は明らかに汗臭い男のニオイだ
しかも、血のニオイをさせていて、しかも遠慮なさが男のソレで、隠すなんてことを欠片もしていなかった。
こんなニオイさせてる相手が近いって考えたら、止まってる暇なんてなかった。
「そろそろだ。接触してないといいけど……。さすがに希望的観測過ぎるよね、ニオイの距離が近すぎる」
三人のニオイが近づいてきたところで足の勢いを殺し、こっそりと近づいていく。
ある程度泉に近づいたところで、小さな滝の音に紛れて、だれかが会話している声が聞こえてきた。
足を止め、音をたてないように木々の間から覗き込んだ。
ざあっと音がして周りの木々が揺れるのを見ながら、泉の前に広がっているちょっとした空間に目を向ける。
そこには人影が二つ。
一人はピンクブロンドの長い髪で角が折れたローゼアさんと……。
「顔に傷のある男と二人だけ? ……腕に傷のある男が居ない。もしかして……」
慌てて周囲を見渡していると、ローゼアさんの視界の外を回っている男を見つけた。
その男はもうローゼアさんの背後に回り、無防備な彼女に手を伸ばした後だった。
「っ! やばっ、遅れた! もうマズイ! 僕の視界狭すぎでしょ!」
腕に傷のある男が、ローゼアさんの腕を掴み上げ、ローゼアさんの顔が恐怖で歪む。
……町で男の人にぶつかったみたいにパニックに陥って、腕に傷のある男が慌てたように抑え込もうとしていた。
「ちょ、もう行かないとマズイ!」
急いで飛び出たけど、僕が剣を構えようとした時には、ローゼアさんの顔が青くなり、抵抗を辞めたみたいにぐったりとしてしまっていた。
「ローゼアさん!」
叫び、全員の視線を引く。
あんまりいい手じゃないけど、今は全員の動きを止める方が先だった。
誰かに見られることを想定しなかったのか、男二人がこっちを向いて止まる。
ぐったりしていたローゼアさんも顔を上げ、琥珀色の大きな目に涙を浮かべて僕の事を見てくれていた。
「フラン!」
まるで、ローゼアさんが助けを求めるみたいに僕に手を伸ばしてくれる。
ローゼアさんの声は涙と安堵で震えていて、もっと早く助けてあげらればよかったっていう後悔が牙をむいていた。
「ローゼアさん、安心してね、今助けてあげるから」
「おっと、俺たちを無視するんじゃねえぞ、ウィルカニス」
無粋な声に、イラっとして本気の威圧を向ける。
間に入っていた顔に傷のある男が気圧されたように後退するけれど、場数は踏んでいるのか、ナイフを構えて僕の腰元の剣に警戒を露わにしていた。
「君たち、誰?」
「さあな、どういう人間だろうと、関係ないだろ?」
「……」
警戒してナイフを向ける野盗を観察していく。
(身なりからして、盗賊かなにか、かな。ローゼアさんを狙ってるってことは抵抗しない、抵抗の弱い亜人や人外をさらう集団……この前の残党かな? そうなると、生き残りがほかにも居そうだな……)
僕が剣に手をかけると、間に顔に傷のある男が入る。後ろの男は、ローゼアさんを拘束したまま、僕と対角線になるように動いていた。
人質を取ることに慣れている人間の動きで、人攫いでほぼ間違いなさそうだった。
「兄弟! そいつを離すな! ……さて、動くなよ? そっちの剣に手をかけるのも止めだ、こっちには人質が居るんでね」
「……場慣れしてるね。君たちはここで何をしてるのかな?」
ローゼアさんを掴んでいる相手との距離を測りながら、顔に傷のある男の注意を引く。
男は訝し気に僕を見て、所作から判断したのか、距離を十分に取り始めた。
「ああ? お前こそ慣れてるじゃねえか。お前、帝国騎士か? にしちゃあずいぶんと女っぽいうえに毛深いな?」
「あはは、帝国人の事を知ってるのに亜人に対してやけにいい例えをするね? 毛深いのはお察しの通り、僕はウィルカニスだよ。何種とか教えようか?」
「はっ、必要ねえよ。どうせ売っぱらっちまうからな」
「へえ? ってことはやっぱり嫌がる女の子を無理やり連れてく仕事してる人なんだ?」
「嫌がる女を従順にさせる仕事、さ。結構苦労するんだぜ? 今だって、逃げ出したらしい女をもう一度連れて行こうと思ってる最中だからな」
顔に傷のある男はそう言って持っていた短剣を前に突き出される。
逃げ出した女、って単語に思わず眉根が寄り、あの時つぶした奴隷狩りの一味の生き残りだということも確定する。
なら、元々するつもりはなかったけど、手加減する必要は無いみたいだ。
この町に来て初めて体に魔力を通していく。
ああ、でも、嬉しいな。
魔力が体を通っていくと、感情が高ぶって、目の前の事実だけが頭にしっかりと入ってきてくれる。
「あはっ、驚いたなぁ。アレで生きてたんだ」
「あ? お前なに言って……」
「ううん! こっチの話しだよ! でも、これ、じゃ話し合いは無理そう。これ、本当はあんまり使いたくないんだけド……」
魔力で沸騰しそうなほど熱い血が全身を回っていくのを感じながら、はあと息を吐く。
相手はたったの二人。でも、ローゼアさんが盾にされちゃってる。
現状でローゼアさんを助け出すためには、顔に傷のある男を避けて、奥の男を引きはがす方が先だ。
(排除するのは二人だけ。絶対に男二人だけ。他を傷つけないように。腕と顔に傷のある男の二人だけ。僕は彼女を守る。だから、二人だけ。覚えてろよ、僕)
男を倒す、彼女だけ助ける。
それだけを、僕が"唯一使える魔法"のせいで考えられなくなっていく脳に叩きこんで行った。




