第8節「二人の向かう先」―2
side:フラン
目立つことも構わず、町を探し回って既に一刻……二時間以上――。
エルピスの町を全力で走り回った僕は、未だにローゼアさんの姿を見つけられずにいた。
エルピスの中でも、男性の少ない、かつ人通りが少ない道を選んで探して、ニオイを辿っていくけれど、どこにもローゼアさんのニオイは漂っていなかった。
「えほっ、げほっ。はぁ、はぁ……。モモさんに大見得切って大丈夫って言ったのはいいんだけど!」
走りながら道行く人に目を向け、ニオイを探すけど、だれもローゼアさんのニオイが漂ってこない。
というか、まさか宿を出た瞬間から躓くなんて、僕も思ってなかったのだ。
(もう、ローゼアさんってば途中でニオイ消してる! 宿前からすでにニオイが薄れてたからもしかしてって思ってたけど!)
どうやったのかは知らないけど、もしかしたら、魔族が使える魔力防護でニオイも遮断できるのかもしれない。
息を整えるために足を止めたら、走りまくったせいで体の熱が溜まってし待っている。
膝に手を当てて、肩で息をしながら呼吸を整えようとすると、うしろから来た鳥系亜人の人にぶつかりそうになってしまった。
あわてて横によけながら、あんまりでない汗を拭う。
エルピスの町は広い。
曲がりなりにも間の国の中心部にある交易街だし、足だけで町を見ようと思ったら余裕で一日以上はかかってしまう程度には広い。
僕たちがデートをした区画だって、町の外側でしかない。
(いくら答えを知るのが怖いって言っても、知らない場所にはいかないと思うけど……)
だからこそ、難しくもあった。
ローゼアさんとモモさんと一緒に行ったのはせいぜい市場や宿屋外だけ。
人が一番多い場所でもあるし、ニオイを辿っても人混みのニオイや、シャワーでにおいを消す場所なんていくらでもある。
「だめ、だ……はあ、はあ……冷静にならないと……」
とりあえず、体だけでも休めようと壁際に寄って、壁に手をついて休ませる。
肘を壁についた瞬間、土壁のひんやりした固い感触が伝わってきて、壁に跳ね返って来る吐息に熱がこもりすぎてしまっていた。
「はあ、はあ……。ん! ちょっと、熱を放出しないと、倒れるな……クソ……」
彼女が見つからない焦りで感覚が麻痺してしまっていたけれど、体にたまっている熱量からして明らかに運動のし過ぎだ。
ウィルカニスやリャーディは人間と違って、熱が体に溜まる。
だから、過度な運動の後には体を休めないと、だんだんと動きが落ちて行ってしまうのだ。
出来るだけ早く体温を冷ますために大きく口を開け、空気を肺の中に送りこんでいきながら、雑踏に目を向ける。
「……これだけ探しても居ないってことは町中じゃない? ああ、もう、ニオイで追えたらもっと楽だったのに……」
ご丁寧にローゼアさんが何かしらっぽくてニオイで追う事も出来てない。
しかも、僕は普通の亜人なら使えるとある理由で身体強化を使えないせいで、屋根から探すのも一苦労だ。
「あはは、いくら探し人のためとはいえ、体力調整できないなんて、同族に見られたら、子犬って馬鹿にされちゃいそうだな……」
限界ギリギリまで走ってしまった自分に自嘲し、熱冷ましの舌をしまう。
騎士になるには当然体力も必要だ。そんな僕が、体調の事も体力の事も何も考えずに全速力で街中を走ったせいで、息を切らしている。
「らしくない、かな……。騎士の訓練まで受けてるのに、数刻程度で息を切らすなんて」
普段なら息を切らさないし、放熱も欠かさないのに、この体たらくだ。
壁に寄りかかって額を手の甲で叩く。
「ああ、もう。焦りすぎだよ、フラン。ひと一人の捜索なんて、いつもの宰相たちの無茶ぶりと比べたら楽じゃんか」
楽なのに、全然見つかる気配はしない。
ポスポスと何度も額を叩いて、熱が去るのを促す。
ここまで焦ってしまうのは、騎士になってからもう十年……七年だっけな? も経って、初めてのことかもしれない。
「冷静に考えなきゃ。走ったのは無駄じゃない。ローゼアさんの脚でいけそうな範囲はやみくもだけど探し回った。あとはいかなそうな場所と、ローゼアさんが身を隠しそうな……ううん、ちがう」
冷静になって、考える。
そもそも、男性恐怖症のローゼアさんが安心して隠れられる場所が、この町にあるだろうか。
「……仮に男性が居ない場所があっても、町中ならニオイを消し続けるのは無理なはず。じゃあ……行きたい場所。モモさんが思いつかないってkとは、一昨日の夜、モモさんが寝た後にローゼアさんが行きたいって言ってたのは確か……」
そうだ、僕たちと三人で行きたいって言ってた場所がある。
トントンと額をリズムよく叩いて、必死にその音と衝撃に集中して記憶を探っていく。
「近くの森にこの町の女性が沐浴に使う泉が湧いてるらしいの』
ローゼアさんの声が、バッと脳裏によみがえった。
「エルピスの町の外! 森の中にある水浴びが出来る泉! 男の人もほとんど来ないし、ローゼアさんたちも魔物に襲われずに行ける場所!」
答えが出た瞬間、肘に力を入れて、地面を蹴った。※
泉の場所は、一昨日ローゼアさんから話を聞いた翌日に、聞きまわった。
今から全速力で向かえば、ローゼアさんを見つけたとしても日が落ちる前には宿に戻れるはずだ。
町の人口で見回りをしていた人に事情を伝えて、通った人の事を教えてもらうと、思ってた通り、角が折れたピンクブロンドの女の子が泉のある丘上の森の方へ歩いて行ったという。
お礼を伝えて後を追おうとしたら、呼び止められる。
「ちょっと待った。あんた、もしかして、さっき森に行った奴らの仲間か?」
「え? えっと、わかんない。それ、どんな人たち?」
「なんだか、顔に傷がある人間の男と腕に傷がある人間の男だったんだが……知ってたりするか?」
「えぇ? 覚えはないけど……」
「なら、気を付けた方がいい。あんたも美人さんだからな。そいつらも森の方に行ったんだ」
「そっか、ありがと」
だって、せっかく見つけたと思った安心感が消えて、とっても嫌な予感がする。
見回りの人にお礼を言って、今の僕の限界の速度で駆け出した。
「ああ、もう! 何度も攫われるお姫様みたいだ!」
いわれのない怒りを愚痴りながら、ローゼアさんが居るはずの森へ向かうのだった。




