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第1節「起こしに来たのは妹さんだった」

side:フラン



「……ン様。………早……、お目覚めに……。フラン様」



 優しい声と、腕の毛皮に誰かが触れて、僅かな揺れに襲われる。

 揺れる度に下敷きになった尻尾と耳がそれぞれシーツと枕に擦れて、少しだけ痛い。

 優しいけど、痛さに鈍感な起こし方に心当たりがあって、僕は目を開ける。


 知らない天井……。

 だけど、ここ数週間はおそらくお世話になるであろう天井だった。

 木の板に窓から入ってくる光が反射して、結構な眩しさに思わず手で覆う。

 手のひらの肉球で目を隠すと、くすくすと笑われてしまった。

 たぶん、外見が結構滑稽だったんだと思う。


「ふふ。あ、おはようございます、フラン様!」


 鈴を転がすような声に顔を向ける。


 ベッドの横には、頭の両サイドに角を生やした黒いワンピースの女の子……角魔族――ほとんど人間と同じ見た目の魔族の中でも頭に大きな角が生えてることが特徴の魔族――が居た。


 白い肌に、腰まであるピンクブロンド。前髪は琥珀色の瞳が見える長さでそろえてて、どうしても幼く見えてしまう。

 柔らかい垂れ目のおっとりとした印象も相まって、幼いながらも頑張ってるお姉ちゃんって感じの印象が強いかわいい系の子だ。

 身長は僕と比べても、低くもなく、高くもないって感じ。

 首には革製のチョーカーをつけてるし、起伏の少ないすらっとした体で、黒いワンピース姿の彼女は、ちょっとだけ大人っぽくも見えた。


 結構可愛い女の子だけど、大きな特徴が二つ。


 頭の両側にある人間の二の腕くらいの長さがある微妙にねじれた角。

 それと、魔族共通の腰か背中に生えた蝙蝠の羽と、尾てい骨から伸びる黒く細長い尻尾。これらは、角魔族って言う種族で、この国でも珍しいはずなんだけど……。

 偶然、僕達はこの帝国で出会った。


 なんで角魔族って言う女の子に朝起こしてもらえてるかって言うと、少しだけ事情が合ったりなかったり……。

 まあ、色々とあったからだ。



 目を擦りながら体を起こすと、長く伸ばした髪が頬を伝って僕の胸元に零れてくる。

 んー、任務とか女装のためだったんけど、そろそろ長すぎるかもしれない。


「大丈夫ですか、フラン様」

「うん? うん平気だよ、えっと……」


 もう一回、今度は心配そうに声をかけられちゃったから、"彼女たち"を見分けるための特徴に目を滑らせる。

 頭の両側にある綺麗にねじれた角で、左角には編み込んだ髪が巻き付けられていた。


「ん、おはよう。起こしてくれてありがとう、モモさん」


 へらっと笑ってそう言うと、パッと花が開くみたいに彼女――モモさんが嬉しそうに笑ってくれた。

 動いたおかげか、部屋の中にモモさんの匂いと石鹸の匂いがふわっと広がった。


「はい! おはようございます、フラン様!」


 ただ名前を呼んであげただけなのに、すごく嬉しそうだった。

 あははと笑いで返して、もう一人を探すけど、部屋の中には居なかった。


「あれ、ローゼアさんは?」

「ふふ、お姉さまは前みたいに動けるよう、早く慣れたいから、って先に下で待ってます」

「そっか……」


 前みたいに、か。

 つい彼女たちを連れて来た時を思い出して、何とも言えない気持ちになってしまう。




 一月くらい前、国境の山のふもと町で情報収集していた。

 その時、切羽詰まったモモさんがずぶ濡れで現れて、"お姉さま"って呼ぶ人が山賊に捕まってしまったと訴えられ、僕は救助に向かった。


 何事もなく、無事に助けられた。

 ら、良かったんだけど……。

 正直、彼女の姉、ローゼアさんは無事、とは言い難かった。


 なんやかんやあって、一目惚れしたって言う二人を連れて行くことになってしまった。

 放っておくと二人ともその場から消えちゃいそうで……僕も僕で冷静な判断が出来ない状況だったから、返事を保留にしてもらって、こうして一緒にこの町に来ることになった。


 いや、僕もどうかと思うよ?

 だって、僕は――。



「フラン様!」

「うん?」


 モモさんたちの事を思い出していると、モモさんが窓枠に手をかけて僕に微笑んでいた。



「今日も、エルピスの街はたくさんの人が行き来してます!」



 彼女が開けてくれた窓の先を見る。

 窓下(そうか)には、様々な種族が行きかい、交易する砂レンガと木材で組まれた街"エルピス"が広がっていた。


 窓を開けたモモさんがこそこそと近づいてきて、僕の犬耳にこっそりと手を添える。

 ちょっとだけこそばゆい。


「フラン様は、えっと……エルピスで、極秘の調査、でしたよね?」

「え? ああ、うん。そう、だね」

「モモたちはそんなフラン様のお手伝いが出来るんですね! すごいです!」

「あはは……」


 純度百%のモモさんに、思わず苦笑で返してしまう。



 そう、僕の仕事はここ、エルピスでの極秘調査。モモさんたちに会う前に、既に数か月、この間の国"エリーズェシカ"で情報収集をしていた。

 この依頼は、僕を騎士として認めてくれたコアコセリフ国の国王、ユリウス国王陛下直々のご命令で……いや、たぶん亜人反対派閥の嫌がらせだ。

 まあ、要は敵国になるかもしれない国で、スパイをして来いって依頼だった。


 だから……二人を助けたのも、ぶっちゃけあんまりよろしくなかったりする。

 それどころか、告白の返事もどうしようだし、国に戻るときもどうしようって悩みが増えてて……。不良債権は、後に回すが如く、返事も妥協案も後回しにしている状況だ。


(あーあ、国で待ってる妹にもなんて説明しよう)


 頭の痛い案件を整理していると、モモさんに手をキュッっと握られ、目を開けるとモモさんの顔がすっごい近くにあった。

 うわ、石鹸のニオイで気付かなかった。


「むぅ。そんなことよりもフラン様!」

「そ、そんなこと!? いや、確かに二人からしたらそうかもだけど」

「そんなことです! モモ、今日も宿の人にお願いしてキッチンを貸してもらえたんですよ! まだ、味の調整中ですから、フラン様のお口に合うか分からないんですけど……」

「あはは、そっか。ありがとう、モモさん。でも、毎日言ってるんだけど、僕のためにそこまでする必要はないよ?」


 あー、困った案件と言えばこれもだった。

 一目惚れもそうだけど、二人は助けたことを恩に思ってくれてるらしく、こうして甲斐甲斐しく世話を焼こうとしてくれるのだ。

 騎士としてそんな権利はない! ってきっぱり言いたいところなんだけど……。


「いえ、そういう訳はいきません!」


 いつもこうだった。


「モモたちは、助けていただいただけじゃなく、この町での宿の代金も、生活費も工面していただいてます! 私たちがフラン様に尽くすのは当然なんです!」

「そうかな?」

「そうなんです!」


 えへん、とモモさんは胸を張って腰に手を当てていた。

 まあ、男としてはこうして尽くしてもらえるのは、嬉しい。

 反面、気恥ずかしさもあるから、こういう経験が無い人からしたら天国なのかもしれない。


(僕としては、二人には出来るだけ楽をしてほしかったんだけどなあ)


 まあ、二人が決めたのなら、僕から言うことではない。


「二人とも義理堅いなあ」

「いえ! フラン様に惚れてるだけですから。それに、お姉さま曰く、今はフラン様に認めてもらうための"あぴーるたいむ"ですから!」

「わー、積極的だー」

「あ、でも、フラン様がお姉さまを選ばれるのでしたら、応援します! ぜひぜひ、お姉さまとイチャイチャしてください!」

「あはは。二人の気持ちは嬉しいけど、ローゼアさんみたいなアピールはちょっと困るかなあ」


 今日までの行動を考えると、ローゼアさんたちの……特にローゼアさんの"アピール"は、ちょっと困ってしまうかもしれない。


 なんとなく、彼女を見てれば、彼女が僕に心を許してる行動なんだろうなと分かるんだけど……。


 モモさんにも伝わったのか、クスクスと笑っていた。


「お姉さまとっても奥手さんですから、距離感が難しいんだと思いますよ」

「モモさんはあれを奥手っていうんだ……」

「ふふ、じゃあ、寝る前にお姉さまには、フラン様が困ってるって言っておきますね」

「わあ、誤解されそうだけど、お願い。さてと――あ」


 起き上がろうと、ベッドに手を着くと、石鹸の香りがふわっと広がり、モモさんの柔らかいからだがベッドの上に倒れこんでくる。


(うわ、寝ぼけてるせいか超やらかした。まだモモさんに手を握られたままじゃん)


 あわてて倒れこんでくるモモさんを受け止め、ものすごい勢いの角を避けると、モモさんが僕に迫るみたいにベッドに膝がのっかってしまっていた。

 わあ、大胆。いや、僕のせいだけど。


 謝ろうとすると、モモさんとバッチリ目が合ってしまい、白い頬がシュンと真っ赤に染まった。


「ひゃっ。あ、あの、フラン、様?」

「あは、あはは……。ご、ごめんね? 手、もう大丈夫?」

「え? あ、ごご、ごめんなさい!」


 パッと手が離されて、いそいそとベッドの上を這い、恥ずかしいみたいで頬に手を当てていた。

 反省し始めちゃったモモさんに心の中で謝る。

 とりあえず、仕事着の騎士服……じゃなく、この国で一般的な()()()()に手を伸ばした。



 いそいそと着替えていると、復活したモモさんに、ジーッと見られてしまっていた。


「ん、どうしたの?」

「いえ……。あの白くて金の縁取りの格好は見れないんだなって」


 モモさんは、おっとりした眉をいまだにむむっと何とも言えない表情を浮かべる。

 いやまあ、理由は彼女も分かってるからだと思う。

 オーバーサイズ気味のチュニックを着て、モモさんに見せてみる。


「女装、やっぱり似合ってないよね?」

「むう……。いいえ、似合ってます。正直、モモも負けてるって思っちゃいます」

「さすがにそれは無いと思うけど……」


 でも、止めない方がいいだろう。

 仕事的にとか、色々と理由はあるけど、少なくとも今はその方がいいはずだ。

 手癖で剣の位置を確認して、ベッドサイドの剣じゃなく、ナイフ程度を服の下に隠す。


「そうだ、先に下りてて。ローゼアさん一人だと心配だから」

「あ、はい。分かりました!」

「すぐに着替えちゃうから、食べて待ってて――宿の人にもお礼を言っておいてね」

「はい、もちろんです。それと、お言葉に甘えさせていただきますね」


 ニコッと微笑まれ、モモさんは角が当たらないようにゆっくりと廊下に出ていった。

 可愛い……美少女と言えるモモさんのうしろ姿を見送りながら、彼女とそっくりなローゼアさんの事も思い出す。


 二人の告白の事を考えながら、


「ほんと、どうしようね」


 僕は一人になった部屋で呟いた。

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