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第7節「告白の返事はお早めに」

side:フラン



「んぅ……ん……うん?」



 微かに走る肩の痛みで目を覚ました。

 身じろぎをすると、体にかかっていた何かがずり落ちて、絶妙な肌寒さに襲われた。


 目を開けても何も見えない……。はあと息を吐くと篭った熱が返ってきた。

 起き上がって周りを見渡そうとして、膝がテーブルの角にぶつかって足が猛烈に痛む。


 悶絶するのを耐えていると、そういえば、自分が机に突っ伏して寝てたんだっけ、とおぼろげに思い出した。

 ぼうっとした頭で何をしてたんだっけって考えながら顔を上げると、温かかった顔周りに冷気が流れ込んできて、思わず体が震える。


 消してないはずの魔力ランプの光はいつの間にか消えていて、窓から光が差し込んでくる光が少しだけ眩しかった。

 ……たぶん朝だ。


「ん……。なんで、寝てたんだっけ……えっと……」


 固まりかけてる体を伸ばして周りを見る。

 まだエルピスの宿屋で、備え付けのテーブルで何かをしながら寝落ちしたんだっけ、とテーブルを見る。


 テーブルには、インクに突っ込んだままのペンと、僕の下敷きになっていた報告書。

 それと、だれかが淹れてくれた飲み物が置かれている。

 椅子の足元には毛皮の毛布が落っこちていた。


 ぼうっとしたままそれらを見つめ、瞼や手を動かしてひらの肉球と頭に血を巡らせる。


「たしか、報告書をまとめてて……。あぁ、そうだ。二人への返事も考えなきゃって、全然進まなかったんだっけ」


 はあと、重いため息をつきながら、肉球で顔を揉む。


 あの後……ローゼアさんたちに帰らなきゃいけないことを伝えた後、切羽詰まった僕は、とりあえず、仕事を終わらせるために徹夜で報告書に取り掛かった。


 結果だけ言えば……大失敗だった。


 だって、ローゼアさんとモモさんの告白の返事は考えなきゃいけないし、報告書は要点をまとめなきゃいけないしで、どちらかと言えば武闘派な僕にはオーバーワークでしかなかった。

 恐る恐る自分の下敷きになっていた報告書を見直す。


「仕事……は、とりあえず大丈夫、かな。うわあ、これだけでも終わって本当によかったあ……」



 最低限はまとまっていたので、後は向こうに帰ってからでも大丈夫なのが不幸中の幸いだ。

 さすがに陛下に上げる前にはちゃんとしなきゃだけど……。


 迫ってくる制限時間と、二人になんて伝えたらいいかわからなくて、頭の中がぐっちゃぐちゃだ。

 どうしようもなくて、テーブルの上で頭を抱えて丸まる。


「あー! もう! 妹の元に早く帰れるのは良いけど! なんでこんなに早く終わっちゃったんだよ……!」


 元々、今やってるこの仕事は、陛下からわざわざ直接指名してもらった大きな仕事だ。

 最低でも向こう五年は何もない事を覚悟して間の国に来てるし、屋敷に残してきた妹にも寂しくないように二月に一度は手紙を送ってる。


 陛下が命令を下す際、大勢の貴族たちの前で直々に「大きな出来事に遭遇し、危険を感じた場合は即刻戻りなさい」と言われているおかげで、大義名分もしっかりあるし、ローゼアさんたちも連れ帰って証言してもらえば、次の身って居による追加調査の証拠になるだろう。


 でも、だ。

 ギリっと牙をかみ合わせて、余計なことをした貴族を思い出す。


「くっそ、あの馬鹿貴族め……。イアソナが見つけたって言う元平民……奴隷だっけ? の宗教家の方が領地経営が上手いなんてギャグにもならないじゃんか。あっちはあっちで問題あるんだろうけどさ」


 "イアソナ"は、亜人騎士としての同僚で、治癒魔法の使い手としては最優秀ともいえる使い手だった。

 変人だけど。


 そんな彼女が見つけたのは、変な魔力を持ったって言う元平民で、今はプロムシライの信徒で巫女をしていると聞いた。

 話半分で聞いてたけど、陛下に領地の仮経営をさせられてて、大変だなって感想を持ったのは覚えてる。


 でも、そんな人よりも領地で問題を起こす貴族が居る帝国は本当に意味が分からなかった。


「あああああ。それにしても、二人への返事、どうしようかな……」


 頭を埋めていた腕から上げて、天井を仰ぐ。答えが降りて来るかもと淡い期待をしたけど、何も変わらない、木製の天井だった。



 ……別に、二人の事は嫌いなんて思ってない。むしろ……下手な人より好ましい、とは思う。



 僕は騎士で、今は他国で慣れない密偵中。下手したら捕まって死んじゃうかもしれないし、そうじゃなくても、僕は怖い目に合わせてしまった人だ。

 だから、二人がここまで僕に真剣に思いをぶつけてくる想定外だったし、こんなに仕事が急展開するのも想定外だったわけで……。


「うーん。どうすれば、二人を連れて帰れるかな……」


 ちょっとだけ、打算的な酷い考えと、二人の美少女を泣かせずに済むのだろうって贅沢な悩みをし続けていると、ふと、部屋が静かだなって思った。


「なんか、そういえば静か? どうしたんだろ。いつもは朝に起こしに来るのに……」


 飲み物だって、昨日寝る前に淹れて貰ったものだから、今朝来たわけじゃないのは分かってる。

 ということは、今日になってから、ローゼアさんもモモさんも来ていない、ということだった。


「……様子を見に行った方がいいかな」


 窓の外を見て、時間もちょうど町が起きてくる時間だと確認する。

 様子を見に行こうと、椅子から立ち上がったところで、廊下に向けて耳へパタパタと走ってくる音が聞こえてきた。

 出迎えるためにドア前に立って、ぶつからないようにゆっくりとドアを開けた。


「っ! フラン様!」

「わあ!?」


 瞬間、想像してたよりもずっと大きな声のモモさんに肩が跳ね上がる。

 びっくりしてモモさんの方を見れば、ピンクブロンドの髪がぼさぼさのままで、ものすごい勢いで飛び込んできていた。


 慌ててぼふっと受け止めると、ぎゅっとモモさんに抱き着かれてしまう。

 まるで、初めて僕と出会った時のモモさんみたいで………。

 すごく、嫌な予感がした。


「ちょ、モモさん!? ちょ、そんなに急いでどうしたの!? その髪も。いつもはローゼアさんに手伝ってもらってるって……」

「た、たいへ……。たいへ、ん、です、フラン様!」

「そんなに急いでどうしたのさ。とりあえず、落ち着いて事情を――」




「お姉さまが部屋から居なくなってるんです!」




 モモさんから伝えられた緊急を要する案件に、思わず動揺する。


「ローゼアさんが、居ない……?」


 モモさんを抱きしめながら、必死に思考を回す。


「だれか……ローゼアさんを捕まえてた賊の生き残りに連れ去られた? いや、違う。だったらモモさんも連れていかれるはず。事前に察知して、ローゼアさんが迷惑をかけないように先に逃げた? でも、それだったら書置きか、なにかはあるはず……」


 最悪の可能性は、賊に連れ去られた事だったけど、それはほとんどないだろう。

 そもそも町中で悪事を働けるほど、エルピスの治安は悪くない。

 とりあえずぱっと思いつくことを否定してると、腕の中でモモさんに見上げられていた。


「……モモさん、とりあえず部屋を見に行こう」

「はい……?」

「ちょっと、気持ち悪いけど、ニオイで探してみよう。ウィルカニスだから【嗅覚強化】で最悪何時間前までいたかは調べられる」


 今とりあえずできることを話すと、モモさんはきょとんとした後、慌てたように何度もうなずいた。


「あ……あ、そ、そうですよね! 大丈夫です! 恥ずかしい物は置いてませんから!」

「うん。モモさん、案内お願い」

「はい!」


 モモさんに連れられて、二人が泊まっている部屋に案内してもらう。


 焦りすぎて、案内してくれた部屋のドアを勢いよく開けてしまう。

 壁に当たって思っていたよりも大きな音が出てしまった。


 ああくそ。思ったよりも焦ってるっぽい。


「冷静に。とにかく、今は何か手がかりを探さないと……」


 頭を冷やしながら、冷静に部屋の中を観察していく。

 間取りは、僕が借りてる部屋とほとんど変わらない。テーブルとベッドが小さくなってる代わりに二つに増えてる程度だった。


 片方のベッドは綺麗に整えられていて、もう片方はシーツがはだけた状態で残っていた。

 テーブルの上には、昨日買ってきた食料や、モモさんたちの持ち物だろう服。それと、大きめのバッグが用意されていた。


 違和感はない。次に【嗅覚強化】でニオイを探る。


「……宿の人と二人のニオイだけ。誰も出入りをしてない? ローゼアさんは自分で外に出たってことかな……」

「お姉さまが自分で……?」


 戸惑うモモさんの声を申し訳ないけどスルーして、ローゼアさんのニオイが染みついているベッドに近づいて、温度を感じやすい肉球で触れる。

 モモさんの方はまだ暖かいので、さっきまで寝ていたみたいだった。


「ローゼアさんのベッドは冷たい。いなくなったのは少なくとも一時間以上前かな」


 その時間は、僕もモモさんも眠っていた。

 つまり、僕に毛布をかけに来たのはローゼアさんで、少なくとも、黙って姿を消すような状況ではなかったとだけは分かる。


「フラン様……」


 背後のモモさんから、悲しそうな声が聞こえてくる。

 振り返ると胸元で手をぎゅっと握ったモモさんがいて、廊下から僕の事を見守っていた。


「モモさん。一応確認。昨日の夜、僕に毛皮の毛布はかけてくれた?」

「え? いえ。私は……」

「ならやっぱりローゼアさんだね。ローゼアさんに変な様子は?」

「わ、分かりません。だって、モモに秘密でこんなことするなんて初めてで……。私何が起きたか分からなくて、それで……」


 しどろもどろな反応をされて自分の失態に舌打ちをしたくなる。

 知り合って間もない僕が動揺しているのに、ずっと一緒にいるモモさんがこんなことが起きて動揺しないわけがない。


(ああ、もう。今日の僕、いつにもましてかっこ悪すぎ。これじゃ、リヴェリクもジャックもからかえないじゃんか)


 もう一回頭を冷静に戻そうと努力し、モモさんに状況を伝える。


「……ごめん。僕も動揺しすぎてた。荷物も残ってるし、一人でどこかに行っちゃった……ってことじゃないとは思う」

「で、でもお姉さまはどこかに消えてしまったんですよ?」

「モモさん? 大丈夫だよ、きっとすぐに……」

「お、お姉さまが居なくなることに慣れてなくて。しかも、あの時と違ってたぶん、自分でどこかに……モモは……」

「モモさん?」


 何回か言葉を交わしてようやくモモさんと会話がかみ合ってない事に気が付いた。

 モモさんを見ると、心ここにあらずの状態で、視線もあちこちに彷徨わせてしまっている。

 慌ててモモさんを落ち着かせるために駆け寄った。


「モモさん、平気?」

「も、モモも! ううん、モモがお姉さまを探しに行きます! フラン様よりも長い間一緒なんです! だからモモが!」

「ちょ、ちょっと、落ち着いて。大丈夫だからさ」

「お姉さま! きっとモモが――」


 今にも走り出しそうなモモさんに慌ててしまう。

 ローゼアさんが居なくなった現状で、モモさんまで居場所が分からなくなるような事態は避けなきゃいけない。


(ああもう、こういうのはもっとかっこいい人がやるべきことでしょ!)


 誰に向かってか分からない文句を言いながら、今にも走り出しそうなモモさんの腕をつかみ、強く引き寄せた。



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