第6節「転機」―2
「あの"平等姫様"が? それ本当?」
「真偽までは確認出来ていませんが、人外種の方から回ってきた情報です。それだけに飽き足らず、亜人種の方からも。ということは……」
「ん……本人か、もしくは相手側の策略で意図的に、ってことだよね」
今日までに手に入れた情報を、メリッサさんの噂について思考を回していく。
タルカス帝国、第三位王位継承者の"平等姫"。
帝国は情報統制も厳しいし、王位についてない人間の名前が知れ渡ることはほとんどないから、僕まで情報は降りてこないけど、その名前は知っている。
曰く、亜人を嫌い、奴隷化している現帝国の情勢に不満を持っている、間の国の星のような人らしい。
真偽は分からないけど、帝国はお姫様以外の後継者は微妙……というか、他が暴君過ぎて、他国との争いになるのは避けられないような現状らしい。
あくまで"らしい"だけど、そんな人たちが噂に上るまで活動している、となると結構厄介だった。
現に、亜人や人外種が関わっている商品……布や鉄、食料品も少しずつだけど、高騰が始まっていた。
帝国は元々物品に関しては物価が安い方だったけどこのままだと……。
「ん-、どっちが立てたかは知らないけど、お姫様は希望の火ってとこかな」
あんまり、良い状態じゃないし、思いのほか、僕の仕事が終わってしまいそうな情報だった。
「何かお役に立てましたでしょうか」
「うん、すごい役に立った、ありがとう。あ、そうだ。久しぶりに会ったから、お裾分けってことで、はい」
情報代と、入国の際のお礼、その意味を込めて、モモさんが持ってくれていた袋からジャックが好きそうな乾燥果物……と、裏に数枚の銀貨を忍ばせる。
「ミスター、これは……」
「僕の仕事が終わりそうだからちゃんとしたお礼はまた後日。果物もたぶん探してた酸っぱいやつだと思う」
「……そういうことはご自分の足でなさって欲しいのですが……承知しました」
メリッサさんが静かに乾燥果物をしまい込んでいた。
……今何処にしまったんだろう。僕の目にはメイド服のスカートに吸い込まれた気がするんだけど、気のせいなのかな。
この世には不思議なことがあるものだ。考えないようにしよう。
「フラン様、お話は終わりましたか?」
「え? あ、ああごめん。うん、終わったよ」
「よかったです! それなら、モモのお話をしてもよろしいでしょうか!」
「うん、もちろん。ってことで、メリッサさん後はよろしく」
「はい? 私が、ですか?」
「はい! メリッサさん! モモにメイドを教えてください!」
「メイドを、ですか?」
突然嵐のように別の話題に降り注がれて、メリッサさんが珍しくキョトンとしていた。
おお、あの鉄面皮が歪んでる。珍しい。
今日は特大の嵐が来そうだった。いや、来たらすごい困るんだけど。
「はい! モモ、フラン様のメイドとして、頑張りたいんです!」
「既に忠義を尽くす相手を見つけているとは……。合格です」
「ほんとうですか!」
はや!? メイド試験合格はやくない!?
嵐の前に特大の驚きが目の前で繰り広げられていた。声には出さなかったのを褒めて欲しい。
「ええ、忠義を尽くす相手を見つける、メイドにとってこれ以上に喜ばしいことはありません。あとは、貴方の誠意次第。よろしいですね」
「はい!」
「それではまず礼儀作法についてですが……。モモさん、何事にも代価はつきものです。それは分かりますね」
「は、はい! メイドであろうと、代価は必要なものだと思います」
「よろしい。では……この果物は何処で……?」
メリッサさんがモモさんが持ってる袋の一番上にあった果物……モモさん曰く、クラカヴェークのおじさんがオマケしてくれた黄色い果物に視線を向けていた。
「これですか? 市場をまっすぐ行ったところにある果物屋さんでオマケしてもらっちゃいました! クラカヴェークのおじさんです!」
「爬虫類系の獣人種のお店ですか、なるほど……。ありがとうございます」
「い、いえ! お役に立てたのなら嬉しいです」
「助かりました。実は旦那様の申しつけでこの果物も探していたんです」
「珍しいものだったんですか?」
「アントラース領ではとても珍しい物なのです。なので普段は行商人の手を借りていたのですが……所要がありまして」
「なるほど! 見つかってよかったです!」
「ええ。では、教えていただけたお礼に――」
いつの間にかメリッサさんのメイド指南が始まり、あっという間に蚊帳の外に放り出されてしまった。
メリッサさんが報酬に臨んだ果物は、さっきも乾燥果物として渡したけど、ジャックが好きなお菓子の材料で、酸っぱい酸味と肌艶や疲労に聞くと言われている果物だ。
さっき僕が報酬代わりに渡したのもその果物を乾燥させたモノで、この地域では珍しい物で、噂では毛皮のある種族が住めないような暑い地域が原産らしい。
あれは長そうだなあって思いながら眺めていると、ふと、広場の方が騒がしい事に気がついた。
騒ぎの元に目を向けると、あっという間に人だかりができていて、僕がいる方からじゃ何が起きてるかわからなかった。
「わ、なんか蚊帳の外だったけど、何か起きてるっぽいな……えっと……?」
二人の邪魔をしないよう、距離を離さないように鼻へ魔力を……普段はあまり集中しないようにしてる鼻先で匂いを感じ取っていく。
匂いを強く感じることが出来る、犬系や狼系の魔力持ちが使える【嗅覚強化】を使った。
これは魔法じゃなくて、身体的特徴の類だから僕でも問題なく使用が出来る。
(……たくさんのニオイがあってキッツいなあ……。えっと、広場、騒ぎの真ん中にあるのは、たくさんの鉄と革に汗が染み込んだ人間のニオイと、血のニオイ、かな? それと……これは……)
特徴的なニオイを感じて、思わず薄緑色の目を細めていた。
この世界にはない魔力と油のニオイ。それと、亜人種や人外種ではあんまり嗅げない、細長い尻尾の特徴的なニオイ。
「へえ、また魔族のニオイと、厄介ごとの香り、っと」
今月はどうなってるんだろうか。
まさか、魔族に三人も会えるような事態になるなんて思わなかった。
「……様。フラン様? 大丈夫ですか?」
ニオイに集中してると、肩をゆすられる。
ハッと声がした方を見ると、モモさんに話しかけられていた。
「え? あ、ごめんモモさん。もしかして、ずっと呼んでた?」
「いえ! 今のが最初です! でも、ごめんなさい。最初、嫉妬したのはモモだったのに、モモの方がずっとメリッサさんと話し込んでしまって……」
「あはは、僕は仕事してたから大丈夫。楽しかった?」
「はい! とてもゆういぎな時間でした!」
「それは重畳。って言葉が古いか。えっと、いきなりで悪いんだけどさ、二人とも逃げる準備は出来てる?」
もしかしたらまずいかもしれない。
そんな雰囲気を混ぜつつ二人に提案すると、後から来たメリッサさんとモモさんが顔を見合わせ、深く頷いてくれる。
「モモはフラン様について行くので、大丈夫です!」
「私もいつも通りです」
「なら、寄り道させてもらってもいい? ちょっと興味深い……厄介ごとのニオイ」
「ミスターがそこまでおっしゃるのは少々気になりますね。行きましょう」
頷いてくれた二人を連れて、広場に出来ていた人だかりへ向かう。
当然、人混みがあってうまく前に行くことが出来ず、広場の方からどよめきと悲鳴のようなものが聞こえてきた。
「……わあ、人がいっぱいでちょっとまずそう。二人ともごめん、ちょっと強引に行くね」
「では、私は外でお待ちしています。先ほどの場所で」
「了解。モモさん。一緒に行くでしょ?」
「え? あ、はい! 一緒に行かせてください!」
「うん。獣はいやかもだけど、左腕にしっかりと掴まって」
「う、うで、ですか!? は、はい!」
僕が腕を差し出すと、モモさんの腰羽がビクンと跳ね上がった。
恐る恐るではありながらぎゅっと僕の腕にしがみついてくれた。
「し、しっかり掴みました!」
「ん、じゃあちょっと強引に行くね。――すいません! ちょっとだけ、何が起きてるか見たいんです!通してー!」
跳躍とか特別なことはせず、目立たないように道を通してもらう。
モモさんを庇いながら人混みの中を進み、なんとか騒ぎの中心が見えそうな位置までたどり着くと、見えた光景に思わず顔をしかめてしまった。
広場に居たのは、どこかの私兵っぽいバラバラの装備を身に着けて、ニヤニヤと笑ってる兵士。
それと、傭兵かなんかっぽ兵士たちに囲まれた三人の人影が見えた。
(うわ、なんだあの格好。あんな変なにおいがする服なんて見たことない。人間、だよね? それに普通の男の子っぽいな。そろそろ大人っぽいけど、それにしては幼い感じがする)
見たことない男子だったけど、周りの兵士に何度も突き飛ばされたのか、額には血が滲み、彼の独特な服も擦り傷や土に塗れていた。
そのことは別に、もう二人。
片方は……見るからに帝国の貴族風……袈裟みたいな派手な前掛けをつけた男が赤い髪の女性の腕を捻り上げていた。
女の人は細い紐とベルトを組み合わせたような……モモさんが最初に来ていた魔族の民族衣装のような服を着た、頭に羽耳の生えた女の人だった。
(ああ、なんとなく。あの魔族の女の子を助けようとした異国の男の子が、帝国貴族にあしらわれてるって感じっぽいかな?)
どうやら男の子は、この貴族風の男にケンカを売ったか売られたかなんかで周りの兵士にいびられているらしい。
死にはしない……と思うけど、帝国じゃないのにここまでするってことは相当横暴な誰かか。
「帝国の貴族が、無理やり夫婦の妻を連れていく……。にしてはちょっと若いかな?」
帝国だったら、正直おかしい光景じゃない。
そう"帝国"だったら。
残念ながら僕たちが今いるこの国は、"間の国"だ。あいつらが権力を笠に着て暴力を振るっていい帝国国内じゃない。
本当は助けてあげたいけど……。
ほとんど流れないはずの汗を額に薄く感じながら、周りの人たちに視線を向ける。
(マズイな。どの人も不満に思ってる顔だ。それどころか、怒りのニオイまでしてくる……。さっきまで広がってるのに、あの帝国人、それに気が付いてないのか? それとも、向こうなら権力でどうとでもなるって思いこんでるのか……)
とにかく、非常にまずい、一触即発の雰囲気だった。
たしかに見てていい気分のするもんじゃないけど、この空気は尋常じゃ――。
「っ! あの子、赤髪の……翼魔族! そんな……!」
僕が周りの空気に驚いてると、モモさんから別の意味で絶句して、僕の腕をぎゅっと抱きしめられてしまい、思考を持ってかれる。
……いやらしい意味じゃないよ。
「モモさん? どうかしたの?」
尋常じゃない反応をするモモさんに問いかけると、モモさんは動揺してるのか、琥珀色の瞳を丸くしていた。
「あ、いえ……あの子、間違いなく、赤髪の翼魔族、です……」
モモさんは信じられないと言った様子で、彼女の事を教えてくれた。




