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第6節「転機」

side:フラン



 僕とモモさんは、さっきとは別の広場で、たくさんの買い物客がいる中を歩いていた。


 エルピスの町はなんだかんだで活気のある町だ。

 視界にはたくさんの種族の人たちが通っていくけど、色とりどりの種族と引き換えに、目的の物は見つかりそうになくて嘆息してしまう。


(こんなに混雑してるんなら荷物は置いてくるんだったな……モモさんの負担になるかも)


 すぐ後ろに気配を感じてはいるけど、振り返ってモモさんの安否を確かめる。


「モモさん、大丈夫?」

「は、はい! 荷物は大丈夫です!」

「あはは、モモさんのことだよ。……大丈夫そうだね」


 両手に持った果物の袋から覗く笑顔と角に安心して市場を見渡した。


「えっと、探してた物はどこで……っと」


 ふと、町の入り口の方面から歩いてくる人を見つけて、ピタリと足を止める。


「あれ? あの人は……」


 見覚えのある影に目を細めていると、背中にトスっとぶつかった。


「わぷっ、フラン様?」

「あ、急に止まっちゃってごめん、モモさん。大丈夫?」

「いえ! どうかしたんですか?」

「ん……。まあ、言っても大丈夫かな? 今知り合いかもしれない人をを見つけちゃって」

「フラン様のお知り合いですか? エルピスで?」

「そ、僕の知り合い。……あー、もしかしたら仕事の話しかも」

「そうですか……。なら、モモは宿で……」


 モモさんの声が露骨に残念そうに声色が下がってしまった。

 うっ、モモさんの時間が少ないって連れ出した手前、罪悪感が酷い。


「ちょ、待ってモモさん。モモさんが大丈夫なら、二人で話を聞きに行こう」

「……モモもご一緒してもよろしいですか?」

「もちろん。聞かなかったふりをしてくれるとすごく有り難い。あ、そうだ! その人、メイドに詳しいから、後でモモさんも色々聞いてみるといいかも」

「ほ、本当ですか!」


 メイドって聞いた途端、さっきまで残念そうにしていたのが吹き飛び、モモさんの琥珀色の瞳が輝いていた。

 ここまで食いついてくれるとは思わなかったけど、ここまで興味を持ってくれるのなら、正直助かったかもしれない。


「それじゃあ、ちょっと行ってみようか。荷物、もう一回持とうか?」

「いえ! モモのお仕事ですから!」

「ん、ありがと。一回通り過ぎて確認するから、ついて来て」

「はい!」


 テンションが高くなったモモさんを連れて、知り合いの人に視線を戻す。

 ……背が高くて、紫色の、人間の女性。そしてメイド服。


 そんな人が、市場の入り口あたりで止まり、商品に目を向けていたので、横を通り過ぎるふりをして顔を覗き込んだ。

 間違いなく、僕の知り合いの女性だった。


 一度通り過ぎ、振り向いて二度見したふりをして、偶然を装って声をかける。


「あれ? もしかしてメリッサさん?」


 振り返った知り合い……ピクリとも動かない鉄面皮のメリッサさんが、僕を見てゆっくりお辞儀をした。


「これはこれは。お久しぶりでございます、騎士フラン様」

「あはは、今日は仕事だから、フランで」


 全然僕の説明が足りていないけど、きっとあいつのハウスキーパーとメイドを兼用してるメリッサさんなら把握してくれるはず。


「……なるほど。大変失礼いたしました、ミスター。この不手際の謝罪は後日に」


 想定通りにメリッサんは納得したようにうなずくと、軽く頭を下げられる。


「ううん。僕が声をかけちゃったから。メリッサさんはどうしてエルピスに?」

「はい。旦那様の買い物の為に遠出をしていただけです。旦那様と奥様がお気に入りの果実が見つかるかと思いまして。ミスターはお気になさらないでください」

「お、奥様? 結婚したの!?」


 とんでもない事実に驚いて、任務とか関係なく聞き返してしまっていた。

 メリッサさんは想定していたとでも言いたげに頷く。


「ええ。正確には、なりそうな御方、ですが。今、メイドとして我が家で"匿って"おりますので」

「あーね。そりゃ大変だ。今度"挨拶"させてもらうね」

「はい。お待ちしております」


 思わぬ別のお仕事が出来ちゃったことには驚いたけど、あいつにもそう言う人が出来たんだなーと他人事のように考えていた。

 メリッサんさんが僕の後ろに視線を移す。


「ところで、ミスター。そちらのお嬢様は」

「彼女? この子は……この、子は……」


 メリッサさんに紹介しようと振り返って、思わず固まった。

 そこには、さっきまで興奮していたはずなのに、いつの間にか、僕とメリッサさんを、訝しげな表情で睨むモモさんになっていた。


(あ、あれ、僕何か悪いことした……?)


 覚えのない疑いの眼に頭を悩ませてると、モモさんはとても不安げに「あの」と口を開いた。


「フラン様のお知り合いって、女性の方、だったんですか……?」

「え? あーもしかしてそういうこと?」


 そこまで言われて、ようやくモモさんが何を考えているのか理解して、混乱する。

 確かに、メイドに詳しいとしか言ってないし、メリッサさんが女性だということも言ってないけど……。


 若干わざとらしさは感じるけど、モモさんの腰羽と尻尾が、服越しにすら元気をなくしていくのが見えて、焦る。

 ものすごく焦った。


 羽と尻尾と耳は、感情ほどにものを言う。つまり、理性では抑えがきき難い部位だ。

 モモさんが本当に落ち込んでいるのだと目に見えて、ガチ目に焦る。


「フラン様……。モモ、お邪魔ですよね……?」


 潤みそうな琥珀の瞳、元気をなくした垂れ目と眉。堪えてる表情に僕の焦りはあっという間に臨界点だった。


「ち、ちがっ!? モモさんちがう! そういう関係じゃないって!」

「ああ、なるほど……。あ、フラン様、"そういう関係"ってなんですか!」

「わあ! 今完全にいらないドラゴンを叩き起こしちゃった! ちがう! そう言う間男のテンプレートな言い訳じゃないって!」

「フラン様! ちゃんと説明を要求します! じゃないとお姉さまにも聞いちゃいますから!」

「ちょ、とりあえずローゼアさんに言うのだけはやめよう!? 昨日の件で疲れててふたんになっちゃうでしょう!?」

「や、やっぱりそう言う関係なんですか!?」

「だから違うって!」


 むしろ、途中からモモさんの顔が危機として輝き始めたけど、わざとじゃないよねこれ!?

 周りの人に笑われたり、肴にされてるって自覚しながらも、どうやってなだめようかと考えていると、メリッサさんからコツっと一歩近づく革靴の音が聞こえた。


「お二人は仲がよろしいのですね」

「ちょ、メリッサさん助けてよー」

「申し訳ございません。私、他種族……それも魔族の方に蹴られたくはありませんから」

「僕だって蹴られるのは好きじゃないって」

「諦めてください。どうせ自業自得なのでしょう?」

「すごい! 的確に僕が返せない言葉で返してくる! いや、そうだけど!」

「それよりも、ミスター。私を彼女に紹介してくださらないのですか?」


 くそう、なんだかんだで手助けはしてくれるんじゃないか!

 もうちょっと早くしてほしかったなって恨み言は抱えながら、慌ててモモさんにメリッサさんを紹介するため、場所を開ける。


「ほ、ほら、モモさん! この人がさっき言ってたメイドに詳しい人! 名前は……」

「申し遅れました。ハウスキーパー兼メイドとして、さるお方に忠義を尽くしているメリッサ、と申します」

「あ、はい! モモはモモって言います! フラン様とはその、ご主人さまです!」

「うん、たぶん違うけどもうそれでいいや」


 何か非常に疲れたのでモモさんのしたいように自己紹介してもらった。

 メリッサさんの様子をうかがうと、興味深そうにモモさんを観察して、頭の角と腰羽に目を止めていた。


「間違っていたら申し訳ありません。もしや、角魔族の方、でしょうか」

「はい! 大丈夫です、合ってます!」

「これは珍しい……もし、フラン様に愛想が尽きた場合は、我が屋敷にいらっしゃってください。きっとお力になりましょう」

「ちょっと、メリッサさん?」

「ありがとうございます! それで、あ、あの! メリッサさん!」

「はい。なんでしょうか」

「あの、その……」


 メリッサさんの冗談を流したモモさんが迷ったように視線を泳がし、やがて決意を下みたいにキュっと目をつぶる。

 そして――


「あ、改めて聞きます! フラン様とは何の関係も無いのでしょうか!」


 モモさんがそう叫んだ途端、周りに空気が吹き抜けていった。

 こういうやり取りも珍しくないのかエルピスの町は誰もがいつも通りに歩いていく。

 いや住人の人たち慣れすぎでしょ。


「……ふふ、ご安心ください、モモさん。私の主であるとあるお方とミスターがご友人関係でして、その繋がりで顔見知りというだけです。なので、ご心配になられるようなことは何も無いかと」

「そう、なんですか?」

「そうでなければ、私のような身分の低い卑しい人間はフランさ……ミスターのような方とお近づきに慣れませんので」

「そんな! メイドさんは最高のお仕事なんです! 最高なんです!」


 モモさんの謎理論がさく裂していた。

 すごい好きなんだと思う。


「……あ、そうそう。その話なんだけど、ジャックは元気?」

「はい。相変わらずうじうじとしていらっしゃいます」

「あはは、ジャックらしい」


 メリッサさんに毒舌を吐かれるのもうじうじしてるのも、彼らしくて思わず笑ってしまう。


 "ジャック"はメリッサさんの雇い主で、とある事情で仲がいい身分違いの友人の名前だ。

 さっき奥さんが出来そうって言った人でもある。

 こうして僕がエルピスに無地到着したのも、彼の権力と領地を通ることによる力技があるからこそなので、この件が終わったらゆっくりと挨拶したい。


 モモさんは納得してくれたかなってチラッと見てみるけど、まだ不機嫌そうだった。


「ど、どうかな、モモさん」

「むぅ……まだ疑わしいです! でも、フラン様が大丈夫だって言うのなら、信じてあげたいです……」

「そ、そっか、うん。よかった、本当に……」

「ミスターはしなくてよい苦労をしすぎなんです。ところで、お仕事というのであればお耳に入れたいことが……」

「ん? やっぱりメリッサさん的に何か気になったことがあったの?」

「ええ、まあ……少々よろしいですか?」


 仕事って聞いたら聞かないわけにはいかない。

 メリッサさんが変わらぬ鉄面皮のまま目を細め周りの様子を確認して、多少店から離れた位置で雑談するように促される。


(へえ、メリッサさんが珍しく分かりやすい。そこまで気にしてるってことは相当マズイ情報なのかな? 一応、念には念を入れてモモさんは聞かない方がいいかも)


 話の内容がまずそうだって理解して、モモさんに耳を抑えるジェスターを送る。

 目を丸くして驚いたモモさんは、むっとした顔をするとタッタッと駆け寄ってきて腕を抱きしめられてしまった。


 服越しにモモさんの体の感触が伝わってきて、ピシッと体が固くなる。

 けど、まさか振り払うわけにもいかず、仕方ないのでそのまま続けてもらうことにした。


「……巻き込んでもよろしいのですか、ミスター」

「ん? いやまあ、あんまりよくはないけど……。まあ、本人が決めたんだし、たぶん平気」

「分かりました」


 メリッサさんは頷くと、頬に手を当て、いかにも困ったご主人さまの話題を話すように小声で言葉をつづけた。



「まだエルピスまでは届いていませんが、この国側の国境で、帝国のお姫様が難民や亜人、人外種たちを助けるように回っていると、まことしやかにささやかれているようです」



 メリッサさんも持ってきた情報に思わず眉を寄せてしまった。



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