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第5節「お姉さまは怖がりなんです」―3


「んー。あ、それじゃあ、怖くなかったときの具体的な話しってある?」


 モモの恐怖心が薄いのをどうやって伝えようか悩んでいると、フラン様が別の角度で聞いてくれました。


「具体的な話し、ですか? ……えっと、火を近づけられたり、すっごい怒ってる人に剣を向けられても、モモは動かないからお姉さまにこわいって言われたのは具体的ですか?」

「わあ……。待って、思わなかったってことは本当にやられたことあるの?」

「あります。魔族の世界に居た時、獣魔族に狩りだって襲われて、爪とか剣で脅されたり、切られたりはしました」

「……僕、今のうちに爪とか切った方がいい?」」


 フラン様が心配そうな声を出したのでまた横を見上げる。

 とても真剣な表情で目を細めていたので、騎士様の面影が残っててとても格好良かったです。


「フラン様の爪は格好いいので大丈夫です!」

「そっか……。怖くないって言うと、爪とか剣を向けられたときはどう思ってるの?」

「えと、爪で傷をつけるのかなって、漠然と思う感じ? です。こう、建物がある? みたいな」

「んー、たしかに反応としてはだいぶ薄い、かも? その時は大丈夫だった?」

「はい! 私の代わりにお姉さまが怖がって、何度も助けてくれましたから!」

「ローゼアさんが?」

「お姉さまはとっても怖がりなんです! だから、お姉さまは、いつも怖がらないモモに、怖い物を先に教えて守ってくれるんです」


 あの時……お姉さまが奴隷狩りに出会った時もきっとそう。

 お姉さまはモモを守るために、前に出て、モモの事を逃がしてくれました。


「モモは生まれつきらしいので、お姉さまがモモの代わりに怖がってくれてるんだって、モモは思ってます」


 それに、お姉さまは自分が変わることよりも、周りの人が変わってしまうことが一番怖いって思ってる人だから。



「モモさんから見ても、やっぱりローゼアさんは臆病?」



 お姉さまの事を考えていると、フラン様の声が随分後ろから聞こえました。

 振り返ると、フラン様は足を止めていました。


「……はい、お姉さまはとっても臆病さんです。あ、悪い意味じゃないです!」

「そっか……。実は、僕もうすうすそうなんじゃないかなって思ってた」

「フラン様……」


 また、フラン様がとても真剣な表情で苦笑していて……お姉さまはフラン様にバレてしまうくらい、フラン様に心を許してるんだなって思うと、胸のあたりがあったかくなりました。

 だって、モモ意外にも、お姉さまが巣を見てくれているなんて、すっごく嬉しいじゃないですか。


 だから……だから、フラン様には、お姉さまの事をもっともっと知ってもらいたいって思いました。

 足を止めてしまったフラン様の前にぴょんと出て、栗色の髪と薄緑色の目を覗き込む。


「あはっ、フラン様は知ってますか?」

「え? ど、どれだろう」

「お姉さまは、初めての人に悪戯をすることってないんですよ?」

「……やっぱり、僕にだけ?」

「はい。モモたちの世界では……する暇がないだけかなって思ってましたけど、こっちに来てからも、見たことないですから」

「あはは、そっか。そうだよね。ローゼアさんって、本当は礼儀正しいし、キチンと壁を作って話す人だし……」

「はい。昨日みたいに、倒れるまで頑張っちゃったり、フラン様にも弱いところは見せたくないなって思ってるのが、お姉さまなんだと思います」

「あはは。本人は我がまま言えないの困ってそうだったけどね」

「ふふ、お姉さまは怖がりさんですからね。本当はモモと一緒で甘えたがりなんですよ。モモは怖くないだけなんです。だから……だから、フラン様から、お姉さまの事色々知ってあげてくださいね」

「あはは、モモさん。それ、ローゼアさんを応援してるってことになるよ?」

「はい! モモはお姉さまもフラン様も応援しますよ! モモはその横に居られればいいので!」

「わあ、すごい宣言。僕が貴族だったら即行で妾行き一直線だったね」

「ぜひ!」

「ぜひじゃないよ!? ……まあ、じゃあ二人の事は僕からきちんと知って行かないとね」

「はい! そっちもぜひぜひ、色々知ってください! あ、お姉さまの事なら、モモがなんでも話しちゃいます!」

「あはは、それは本人に聞くよ。……後が怖そうだし」


 笑ってくれるフラン様の斜め後ろに続いて、宿への帰路につきます。

 どこか嬉しそうにしてくださるフラン様に、モモは一つだけ……お姉さまじゃないけど、悪戯をしたくなりました。


「あ、そうだ。フラン様」

「うん?」

「せっかくなので、モモから一つだけ告白しちゃいます!」

「わあ、なんだろ、ドキドキする。なんの告白?」

「えへへ、実は桃、獣とか、獣人の人とか、すごく苦手なんです!」

「え゛」


 変な声を出してまた足を止めてしまったフラン様の足元に、さっきクラカヴェークのおじさんからオマケしてもらった果物が地面に落ちました。

 こころなしか、フラン様の獣耳の元気も落ちました。


 モモが果物を拾い上げると、すぐに立ち直ったのか、また歩き出して、拾った果物を両手で抱えながらフラン様に並ぶ。


「えっと、モモさん。この前言ってた苦手って話……もしかして、獣、嫌いってやつ……?」

「あ、やっぱり聞いてたんですね? はい。昔、獣魔族の人に襲われた時、モモは傷つけられてしまって、お姉さまが泣かれてしまったんです。その時から、モモは獣の人がすごく苦手なんです」

「そっか。そっか……」

「あ、フラン様は別ですよ?」

「お、おおうん。良かった……? いや、うん? 凄い感情の揺れ動きが。情緒壊れそう」


 変な反応をしてくださるフラン様がおかしくなって、ついつい笑ってしまう。

 耳は起き上がったので、たぶんもう大丈夫だと思いながら、ちょっとだけお姉さまがフラン様をからかう気持ちを理解してしまいました。


 こんなにとってもいい反応を返してくださって、怒らないのならたしかにからかいたくなるかもしれません。


「ふふ、ごめんなさい。でも、フラン様が大丈夫なのは本当ですよ? もふもふ、すっごいきもちよかったです!」

「ほ、本当? 強がりとかじゃない?」

「あはっ! お姉さまじゃないから、大丈夫です!」

「わあ、当事者の僕としては笑えない。けどよかった……」

「そんなにですか?」

「正直、焦っただけで言えば、人生の中で一番焦ったかも。騎士人生の中でも初めてだよ……」


 チラリとフラン様の尻尾を確認しましたが、スカートの下に隠れてしまっていて、フラン様が本当にそう言ってるのか分かりませんでした。

 むぅ、女装ってもしかして、合理的なのかもしれません。


 思わぬ副産物の発見に興味津々になっていると、あっという間に宿の近くについてしまっていました。


「あ、いつの間にか、もう宿の近くですね。荷物受け取りますね」


 ちょっと名残惜しいですけど、お姉さまが待っているのです。

 なので、すっとフラン様から荷物を受け取るために手を伸ばしました。


 荷物を受け取うろと舞っていたら、フラン様は荷物を持ったまま、宿に向かう道じゃない、別の道に向かおうとしていました。


「? あれ、フラン様。そっちは、宿じゃ――」

「あっ、そうだ。モモさん」


 宿じゃない。

 そう言おうとしたら、フラン様が発言されたのでお口を閉じました。

 すると、フラン様が振り返って、悪戯っぽく笑われる。


「ローゼアさんに内緒で、ちょっとだけ遠回りして帰ろっか」

「え?」

「あはは、昨日強がられちゃったお返し……というか、もう少しモモさんと一緒に居る時間も作ってあげたいし、ね? ローゼアさんも僕といる時を張っちゃうだろうから」


 まさかの、モモを優先してくれると言うお言葉にドキッとしてしまいました。

 不覚です! メイドとして主の気遣いにときめいてしまうなんて!

 ……実際はどうか分かりませんけど。


 迷っていると、フラン様の薄緑の目が泳ぎ始めました。


「え、えっと、どうかな? モモさん」

「あ、えっと……でも、お姉さまに悪い気が……」

「じゃあ、僕の我がままってことで。実は、砥石もまだ買ってないし、砥石とか別の必要なものはさっきの市場とは別なんだ。荷物もまだ持てるし、ついでにどう?」


 その言い方はズルい。

 モモはそう思いました。


「むう……。フラン様がそこまで言うのでしたら仕方ありません! お手伝いします!」

「あはは、ありがとう。そのオマケも戻しておいてね」


 フラン様はそう言って、モモが持っていた果物を指して、袋を差し出されてしまいました。

 それ以上はもっとズルいので、モモはおまけを袋に戻した後、フラン様からその袋を奪い取ります。


「フラン様! この干し果物の袋は、モモの仕事です!」

「おお、あはは、じゃあありがたく持ってもらうね」

「あの、フラン様」

「ん? どうしたの、モモさん」

「ありがとうございます」


 色々と。

 モモが感謝の気持ちを込めて言うと、フラン様はきょとんとして、いつものニコニコした表情に戻りました。


「僕は我がままを言っただけだから、なんのころだろ」


 フラン様はそう言うと、モモが追いつけるようにゆっくりと宿に向かうのとは別の道に向かっていきました。

 その斜め後ろに追いついて、フラン様を見上げる。


「……ふふっ♪」

「あれ、ご機嫌だね、モモさん」

「はい! 楽しいです!」

「そっか」


 苦笑するフラン様に笑いかけて、自分でも分かる暗いニコニコした顔でフラン様の斜め後ろに並ぶ。

 お姉さまに黙って、好きだと伝えているご主人さまと一緒にお買い物に行く。


 ちょっとだけ……ちょっとだけ、禁忌っぽくて、ドキドキしちゃうのでした。


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