第4節「男女の同衾ってこんなだったっけ……」―3
ベッドで三人で川の字になって、喋ってるうちに、二人の心を許してしまったからか。
思わずしてしまった素の笑いを、二人に見られたのがすごい恥ずかしくなってくる。
あんまり掘り下げられたくなくて、咄嗟に話題を変えようと、とりあえず見切り発車で口を動かした。
「……ね、ねえ、そう言えば、二人が来たのは僕と一緒に眠るつもりだったからここに来たんだよね?」
「ええ」「はい」
「じゃあさ、僕、が……あー。ごめん。えっと……」
「どうしたんですか?」
「……ふふ、どうしたのかしらね、モモ」
そこまで喋ってから、こっちもあんまりよくないじゃん、って思った。
でも、ローゼアさんは気づいてるっぽくて、彼女から喋れって圧を感じて、僕のせいにして欲しいと腹をくくった。
「……まあ、えっと、僕が"そう言う時期"だったら……どうするつもりだった?」
言った瞬間、ベッドが静まり返る。
うわ、ローゼアさんが横で唆したくせに乗ってこなかったし、モモさんまで喋らなくなってしまった。
どうすんのさって目をローゼアさんに向け――、
「フラン様、そういう時期ってなんですか?」
「嘘でしょ」
横のモモさんの疑問に、思わず素でツッコんでしまった。
まったくの無知ってことは無いと思うんだけど、僕の話題の振り方のせいか、それとも本人はそんなつもりないせいか、まったくもって最悪の道一直線だった。
ローゼアさん! 恨むからね!?
「お姉さま? そういう時期ってなんですか?」
僕が内心で焦ってると、モモさんが僕越しにローゼアさんに話しかけ始める。
「こ、これ本当に分かってないヤツ?」
「分かってないって……なんのことなんですか? フラン様」
「わー、助けてーローゼアさん」
「……フラン、一つ貸しよ?」
「ごめんなさい」
「お姉さま?」
「モモ? フランを困らせたらいけないわ」
貸しにされちゃったけど、もう仕方ない。
さすがにローゼアさんも、モモさんがそういう教育についてのフォローはちゃんとして――。
「彼はウィルカニスなんだから、異性に飛びついて交じり合いたい時期だってあるんだもの。私達が同衾を無理強いして、ベッドの中でぐっちゃぐちゃにされたらどうするつもりだったのっていう質問よ。ねえ、フラン?」
「嘘でしょ!? そういうの援護なの!?」
なだめる方かと思ったら、全力でややこしくしに行くなんて聞いてないけど!
っていうか、それ系の話題だして大丈夫なの!?
心配してローゼアさんを見れば、ローゼアさんは楽しそうに笑ってて、むしろ、意識させた方がマズイと口輪を閉めた。
そして、案の定、ローゼアさんの説明で、モモさんがショックを受けたように僕を見ていた。
「ええ!? そ、それって……ふ、フラン様……?」
この数秒で、もの凄い冤罪が生まれていた。
……いや、話題に出したのは僕だから違わないのかもしれない。
「ち、違うよ、モモさん!?」
「な、何が……いえ、どれが違うんですか……?」
慌てて否定したら、今度は悲しい顔をされてしまった。心なしか、腰の羽とかすかに見える細くて黒い尻尾まで元気を失って見える。
僕にどうしろと!?
横の小悪魔さんは楽しそうにクスクスと笑ってるけど、正直助けて欲しい。
「も、モモさん! ローゼアさんの悪戯に乗らないで! 一応、名誉のために言うけど、もしそうだったとしてもウィルカニスならある程度抑えも利くし、話題に困って変な事くちばしちゃっただけだから! ごめん本当に!」
そう、いわゆる"発情期"はあるし、強く相手を求めてしまうけど、獣人種ならともかく、ウィルカニスなら抑えも利く。
まあ、相手がよっぽど好きだったり相性がいいと無理なんだけど、それはあえて言う必要もないので黙った。
「そ、そうだったんですか、よかった……」
僕の説明に満足してくれたのか、モモさんの腰羽と尻尾がピンと立ち上がった。
ちょっと目で追ってしまうのは本能だから許して欲しい。
「僕が一方的に悪いんだけど、こういう時に話す内容じゃなかったね、これ……」
「あら、もしその時期だったら、フランは私たちの事を襲ってくれるの?」
「お、お姉さま? お姉さまが言うのは……」
「あはは……。まあ、僕としては二人ともすごい魅力的だけど、少なくとも今は我慢したいかな」
「あら、どうして?」
「二人の気持ちにちゃんと答えられてないから」
「まあ、真摯ね、フラン」
「それに……」
「それに?」「なんですか?」
チラリとローゼアさんを見る。
琥珀色の、挑発的な垂れ目で僕を見てくれる彼女は男性恐怖症だ。
そんな彼女が、信頼して僕の近くに来てくれるのに、彼女の信頼を汚すような真似はしたくない。
「……僕の理性が飛んだ状態って、戦ってる時とかと一緒で……怖いと思う。そう言う姿を見せたくないっていうのは、ちょっと本音」
リヴェリク……コアコセリフの知り合いとか、同僚には見せたことあるけど、あんまり人に見せる姿じゃない。
心配かどうかって言われれば、そりゃ心配だから。
不安に思ってるのが伝わったのか、モモさんにはぽふぽふと音がしそうな勢いで腕を叩かれて、ローゼアさんが身動ぎをして腕に体重をかけられる気配がした。
「モモは、平気です! その、もふもふも悪くないなって思いますし」
「ふふっ。私も、可愛い犬は嫌いじゃないわ、フラン」
「いや、そういう事じゃ……」
「分かってるわ、フラン。でも、私は好きよ、あなたの戦い方」
「は、はい! お姉さまを救ってくれた時、格好良かったです!」
「あー」
そういえば、この二人にはその姿をとっくに見られてるんだった。
怖がっては……たぶん、ない。
でも、今はなんとなく、茶化したくなってそうすることにした。
「えー? お世辞じゃなくて?」
「ふふっ、あんなに近くで暴れたら、いやでも慣れるわ、フラン。それに、私が好きなのはあなたの戦う理由の方」※
「え、理由?」
「ええ。だって、あなたが騎士としてその魔法を使わなければいけない時は、誰かを守るためでしょう?」
「まあ、そう、だね。うん」
「たしかに、戦っている姿は恐ろしいかもしれない。あなたは見せたくないのかもしれない。それでも、あなたが嫌うそのやり方を使ってでも、誰かを守りたいって気持ち、私は好きよ」
「モモも……。モモ、もそう、思います、よ……? お姉さま、助けたフラン様、気を使って、いただいているの、すごく、すごい分かってて……」
「あはは、二人ともよく見てるんだね」
「フランの事だもの」「フラン様の事、ですから」
また茶化そうとしたのに、間に挟まれて真剣に答えられるから、逃げられなくなった。
困ったなあ、双子相手には、ちょっとばかし相性が悪いかもしれない。
「なんか……急に真面目になっちゃったから、僕困ってる」
なので、素直に白状した。
ローゼアさんはくすくす笑うと「あら」と悪戯っぽく続けてくれる。
「こういうことは真面目に言わないと、信用を売り払うことになるもの。信用は相手の信頼を勝ち取るのに重要って聞くし」
「あはは、ローゼアさんは商売上手だね」
「誉め言葉として受け取っておくわ。――そういえば、モモ。……モモ?」
「あれ? モモさん?」
いつの間にか返事がなかった。
ローゼアさんが体を起こして僕越しに。つられて右腕に視線を送ると、僕の腕に突っ伏すみたいに、すぅすぅと穏やかな寝息を立てていた。
「……寝てるわね」
「すごい寝てるね」
「まさか、モモが先に寝るなんて思わなかったわ」
「僕も……。そういえば、さっき凄い言葉が細かく切れてたね」
もしかしたら、途中から眠気と戦ってたのかもしれない。
どの時から眠かったんだろうと考えていると、ローゼアさんが僕の胸に手を置いた感覚がした。
「ねえ、フラン」
「ん、どうしたの?」
「近くの森にこの町の女性が沐浴に使う泉が湧いてるらしいの。森の中で少しだけ危険だけれど、いい場所だと思うわ」
「んー? 体を洗いたいの? それだったら僕が少し大きい桶を借りてこようか?」
「あんまり察しが悪いと嫌われるわよ」
「あ、ごめん」
今のは若干わざとだったから、素直に謝る。
というか、ここまで自分を引いてくれてたローゼアさんに指摘されるってことはよっぽど逃げた解答をしてたのかもしれない。
「許してあげる。それよりも、外に出かけたいの。モモも一緒だと嬉しいわ」
「それはもちろんだけど……でも、僕も行っていい場所なの?」
「あら、フランは可愛いし、女装すれば大丈夫よ」
「うわ、聞いといてよかった。絶対無理だからね」
「ふふっ、冗談よ。でも、素敵な場所らしいから、みんなで見に行ってみましょ」
「あー、うん。そうだね。皆で行くのは悪くない場所だと思う」
「ん、それだけよ。おやすみ、フラン」
それだけ、と口にしたローゼアさんの言葉。
なぜか、少しだけ寂しそうにも聞こえて、覗き見てみるけど、ローゼアさんもモモさんみたいに突っ伏して表情も見えなくなっていた。
ほんの少し……ううん、だいぶ気になったけど、二人の温かさと吐息の音が心地よくなってきて……。
結局、なんて言っていいかわからなくなって、僕も睡魔に負けていた。