『雨の中の告白』
タルカス帝国と間の国と呼ばれる国の国境。
その微妙な領地のとある山中に、賊が根城にしていた洞窟があった。
拠点として作られたていたはずのそこは、崩れたガレキの山となっていて、何かの柱に背を預けたウィルカニス――狼系亜人の女性……否、男性が、雨で濡れていく体を抱きしめて座り込んでいた。
整って丸みを帯びた幼い顔立ちと、騎士服の上に着こんだローブで分かりにくいものお、きちんと男の骨格を持った肩幅を持つ細身の彼は、ただただ空を見上げ、口元の牙をかみ合わせていた。
腕の毛皮が濡れるのも構わず、黒煙が上がる暗い夜空を見上げ、その頬に雨……いや、涙の筋が伝い落ちていった。
涙を流す彼の前へ、岩の影から二人の影が歩いてきて座り込む。
片方は、ベルトや紐だけで構成されたような露出の激しい服――魔族と呼ばれる種族の伝統衣装を身に纏った頭の両側に円錐に似た角が生えている少女。
もう一人も顔立ちも角もそっくりだったものの、右角は半ばで折れ、服もぼろ布を慌てて身に纏ったような少女だった。
魔族の双子を見た青年は悲しそうに顔を伏せ、目の前の二人を抱き寄せる。
愛慕……ではなく、ただただ後悔の中で安堵したかのように、よかったと双子を抱きしめていた。
抱きしめられてしまった二人は子供をあやすように、丸まった青年の背に手を伸ばし、届かない分をお互いの手を伸ばして抱きしめる。
温かい感触が背中に広がった瞬間、青年は抱き寄せた二人の腹へ、栗毛の耳が潰れるのも構わずに頭を突っ込んだ。
雨は、火の手が弱まってもなお、容赦なく降り続けていた。
「れしえ……。ごめ……」
呟いたのはウィルカニスの青年だった。
謝罪の言葉と、あふれる涙が青年の薄いエメラルド色の瞳から、毛皮を濡らして絶え間なく流れていった。
抱きしめられていた二つの影が首を振る。
「違うわ。貴方の知ってる人じゃないの」
「ごめんなさい。貴方の知ってる人じゃないんです」
青年の呟いた名前を否定すると、二人は彼の頬に触れ、そっと子供のような彼の顔を持ち上げる。
涙でぐしゃぐしゃになった顔が露わになり、濡れるのも構わずに二人で顔を近づける。
「「でも――」」
鈴を転がすような声と、捕らえられ枯れた喉で何とか絞り出した声。
二つの声が重なり、二つの同じで、全く違う雰囲気を纏った少女たちの唇が青年の唇と交互に重ね合わされた。
「んっ、はあ……ぁ……あむ……。っ…はぁ」
「っぁ……。んはっ、ん……あっ、ぁ、はっ……」
最初は、角の折れた少女から。そして次は、もう片方の子から。
突然の口付けに、泣いていたはずの緑色の瞳が動揺で揺らぎ、焦点が定まっていく。
まるで二匹の親鳥が泣き叫ぶ雛に餌を与えるかのように執拗に……。
長く、何度も何度も交互に青年の唇を割って舌が絡み合い、青年の口腔を貪っていた。
やがて、やっとの思いで取り返した大切な物を見つめるように、熱っぽい視線と顔が離れる。
「私たちを見て欲しいの」
「私たちを見て欲しいんです」
酷く降り続いているはずの雨は、彼の耳に届かなくなっていた。