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第八話 空を飛ぶ

「じゃあ、行きますよ。しっかり、つかまってて下さいね」

「はーい」

私は今、とてつもないことをしようとしている。

他人を箒に乗せて、空を飛ぼうとしているのだ。

私は、自分の操作に負の意味で自信しかない。

建物に衝突する確率、九十パーセント。

地面に落ちる確率、八十パーセント。

何事もなく、目的地まで無事に辿り着ける確率、三パーセント。

私は、めちゃくちゃに動揺していた。

多分、顔なんかは蒼白になっていることだろう。さっきから、震えも止まらない。

いくら自己責任で、とは言っても他人を怪我をさせたり死なせたりするのは、後味が悪いものだ。

一体、どうしたものか。

私は、後ろをチラリと振り向く。

(えー……?)

当のシズネは、こちらの心配なんか意にも介さないといった調子で、相変わらず目を爛々と輝かせて、飛び発つのを今か今かと待っている。

この人、ちょっとおかしいんじゃないのかな。

いくら箒に乗って空を飛ぶのが夢だったとしても、死を覚悟してまでやること?

ていうか、そういうことあんまり考えてなくない?

「はあ……」

私は、ため息をついた。

どんないい人にでも、癖の一つや二つはあるのだろう。

もう、仕方ないわね。

「どうかしたの?」

「いいえ、何でもありません。行きますよ」

私はそう言うと、軽く地面を蹴って上昇した。


(どこまで浮けるかしら)

まずは、それが問題だった。

シズネは、飛んでいるのをこの世界の人に見つからない方が良いと言っていた。

ということは、必然的に飛ぶのは建物の遥か上空の、大空ということになる。

一つ目の問題は、そこまで箒が浮くかという問題なのだ。

高さは、みるみる上昇していく。

今は大体、家の屋根くらいの高さ。

「うわー、すごーい」

後ろからすごく嬉しそうな声が聞こえたが、こっちはそれどころじゃない。

集中、集中。

あ。

箒が、止まった。

(まさかの、ここで?)

家の屋根より、少し上くらいの位置。

これ、思いっきり見つかるやつじゃない?

「あのー……。やっぱ、見つかっちゃいますよね?」

「ううん、行って」

「え?でも、人に見られちゃいますよ?」

「もうそんなこと、どうでもいいじゃない」

「え!?」

「今日は平日で人通りも少ないし、この辺に住んでるのは年配の方が多いから」

「なんか、欲に負けてません?」

「いいえ、そんなことありません。絶対に、大丈夫です!」

やばいな、この人。

完全にテンションがおかしくなってる。

「じゃあ、何かあったら責任取ってくださいよ」

「うんうん、分かった」

聞いてるんだか、聞いてないんだか。


さて、二つ目の問題。

それは、飛行だ。

一つ目の難関である浮遊についてはクリアしたが、本当に難しいのはここからだ。

この家屋の間を縫うようにして飛び、店に辿り着かなければならない。

「まだ〜?」

シズネは、呑気に催促してくる。

「いえ、どういう風に飛んだものかと……」

「飛ぶのって、そんなに難しいの?」

「まあ、理屈というよりは感覚的な難しさがありまして……」

「ああ、それなら!」

「はい?」

「車を運転する時と、同じかも。何も考えなくても、慣れで何とかなっちゃうのよね」

「何も、考えない……」

なるほど。確かに感覚的な問題って、考えても解決しないかもしれない。

よし、じゃあとにかく飛んでみるか。

ビュンッ!

「うわっ!」

すごい勢いだ。

一瞬で、家屋をいくつか抜いた。

「うわー、気持ちいいー!」

「私も、びっくりです……」

飛べる、飛べる飛べる。

風が体に当たるのと同時に、家屋がいくつも後ろに遠ざかっていく。

けっこう、いけるかも。

「あれ?」

その勢いは、急になくなった。

箒が、止まったのである。

この感じ、やばいかも……。


「あれ?どうして止まったの?」

「私にも、分かりま……」

その時、私の体は宙をグルングルンと回転し始めた。

「ああああ!」

目が、目が回る。

さっきの感じ。やっぱり、箒が暴走する前兆だったんだ。

おそらく、魔力コントロールが上手くいってないのが原因で、魔力がブレるのと同時に箒もブレまくっているのだろう。

そして私たちの箒は、家屋と家屋との間をスレスレに通過し、何度も何度も回転を繰り返しながら進んでいく。

「あああああ!」

前が見えないし、何が何だか分からない。

「きゃああああ!」

シズネの声。

ただし、こんな時でもドン引きしてしまったのは、それが悲鳴ではなく嬉声であったことだった。

私たちの箒は散々に暴走して突進した挙句、一つの建物に突っ込んで行き、私たちを地面に放り出した。

「うわっ!」

私とシズネは、地面に投げ出されて倒れた。

「いたたた……」

私が尻をさすって起き上がると、シズネは既に立ち上がっていた。

どころか、喜びに満ちた顔で周囲を見渡している。

「すごいわ、チャリオネちゃん」

「何がですか?」

それに対して、私はぐったりとしてしまっている。

「ここ、目的地のデパートよ」

「へえー……、奇跡ですね……」

そっか。私たち、建物の屋上にいるんだ。

しかも、目的地の。

見る限り、シズネも怪我をしていないようだ。

「良かった……」

意識が、遠のいていく。







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