第六話 アパート
私とアミーダは喫茶店を出ると、シズネの案内で新しい家に向かっていた。
私たちにとってはこの世界で初めての家であり、少しワクワクする。
私たちが住んでいた学生宿舎は、古い煉瓦造りで、部屋の中も簡素なものだった。
だが、ベッドや棚、クローゼットなどが取り付けられていて、生活するのには全く困らなかった。
一体、どんな家なのだろう。
私たちは、ガヤガヤと騒々しい人の群れや、高層の建物群を抜けて、一つの路地へと入っていく。
ここら辺は、さっきと雰囲気が違うな。
人通りも少なくなっているし、年齢層も年配の人が多い印象だ。
高層の建物も建たっておらず、何軒も家が建ち並んでいて、静かな趣を感じる。
「ここよ」
シズネは、しばらく行ったところで急に立ち止まった。
目の前を見れば、そこは二階建ての家だった。
あまり綺麗とは言えないけれど、ある程度の衛生を保っていそうな外見。
「えっ、二階建てですか!?」
あまり稼いでいないと聞いていたから、とてもびっくりした。
確か元の世界でも、二階建ての家を購入するのにはそれなりにお金がかかったはず。
土地代とかも含めると、豊富な資金がなければ購入には至れないだろう。
「まあ二階建てとは言っても、私の部屋は二階の一部屋なんだけどね」
シズネは、二階の奥の一部屋を指差した。
「なあんだ、学生宿舎みたいなもんか」
アミーダは、軽くため息をついた。
「ここはね、アパートっていうのよ」
「アパート?」
「そう。大家さんっていう人がこの建物を管理していて、その大家さんに月々お金を払って部屋を貸してもらってるの」
「へー、そんな仕組みが……」
元の世界には、こういう建物はなかった。
パターンとしては、一つの屋敷があるのみ。
その他は、学生宿舎のように学校が学生を対象として、住まわせてくれる場所があるとかそういう程度だった。
私たちは早速、シズネの部屋の前まで行くことにした。
ギシ、ギシ……。
階段が、軋む音がする。
けっこう古いな、この建物。
シズネは部屋の前に立つと、鍵を取り出して扉を開けた。
そして中に入ると、当然ながら玄関があり、その奥には茶色い床が真っ直ぐに伸びていた。
その床を歩いてすぐのところに一つの部屋があり、そこは机や本棚が置いてあったりと、質素な部屋だった。
「ここ、私の部屋。あなた達の部屋は、奥よ」
「あれ?そういえば、何で一人暮らしなのに二部屋もあるんですか?」
私は、ふと疑問に思った。
学生宿舎も、一生徒に一部屋しか与えられていなかった。
「ちょちょ、チャリオネ。察してやんなよ」
「何を?」
「分かんない?男、男がいたんだよ」
「え、そうなんですか!?」
「ちょっと!変なこと言わないで、アミーダちゃん!空いてる部屋が、ここしかなかっただけなのよ!」
シズネは、顔を真っ赤にして否定した。
「さあ、どーだか」
「もう、ふざけてないでさっさと奥の部屋に行きなさい!」
シズネは、私たちを奥の部屋に追い立てた。
奥の部屋は、もっと質素なものだった。
真ん中に、丸い机が置かれているだけ。その向こうには、窓がある程度。
あと気になったのは、床が何だか変だということだ。
緑色だし、足で擦ってみるとザラザラとしていて感触も異様だ。
「あのー、すみません」
私は、シズネを呼んで聞いてみることにした。
「どうかしたの?」
シズネは、すぐにやってくる。
「この緑色の床、何ですか?」
「ああ、これね」
シズネはかがみ込むと、床を撫でながら続ける。
「これはね、畳っていうのよ」
「タタミ……ですか?」
「イグサっていう特殊な素材で作られててね。確か、けっこう昔からあるものなのよ」
「普通の床ではなく、これにする理由とかって、あるんですか?」
「畳は保温性が高いから、冬も暖かく過ごせるのよ。ついでに言えば、夏は涼しいし」
「へえー、そうだったんですか」
畳か。珍しいし、すごい優れものだ。
「あ。ただ、気をつけてほしいことがあって」
「何ですか?」
「そこの部屋の入り口に、茶色い部分があるでしょ」
シズネが指差した先を見ると、なるほど。
入った時は気づかなかったが、扉の下辺りに茶色くて細長い部分がある。
「あれ、絶対踏まないで」
「どうしてですか?」
「あれは敷居っていうんだけど、トゲが立っている時が多いから、うっかり踏むと足にトゲが刺さるのよ」
「えっ!?」
何、そのダンジョンの一部みたいな場所。
うっかり踏んだ所に、やばい植物が生えていて、足を食われるみたいなダンジョンがあったな。
何人か、怪我人も出てたっけ。まあ、私もその一人だけど。
「トゲ、ですか……」
「そうよ」
ダンジョンと比べると、地味と言えば地味だが、なかなか陰湿な攻撃だ。気をつけなければ。
「ところでさあ。ベッド、どこにあるの?」
あ、確かに。
この部屋には、肝心なベッドがない。
まさか、いくら保温性が高い畳だからといって、床で寝るんじゃないよね?
「さすがにベッドは用立てられないから、あなた達には敷布団を使ってもらうわ」
「シキブトン……?」
「まだあなた達の分は買ってきてないから、買いに行きましょう。せめて好きなの選んで、我慢してね」
シズネは、そう言うと部屋を出て行った。
よく分からなかったが、アミーダも頷いているのでついて行くことにした。
「あ、イタッ!」
私は、この世界でも同じ過ちを繰り返していた。
ダンジョンの時も、教師から植物についての説明は念入りに行われていたのにも関わらず。




