第五話 プリンアラモード
「へい、お待ち」
私は、目の前に置かれた「プリンアラモード」と呼ばれる食べ物を、ただただ見つめていた。
いい匂い。匂いからして、美味しそうだ。
真ん中にプリンが乗っていて、周囲にはアイスクリームとクリーム、果物なんかが盛り付けられている。
こんな豪華なデザート、元いた世界じゃ絶対出てこない。
(はっ!)
シズネは目の前で微笑ましそうに見守っているし、隣のアミーダはニヤニヤしながらこっちを見ている。
しまった。またしても、よだれを垂らしてしまっている。
私はまたしても袖でよだれを拭き取ると、改めてプリンアラモードを見つめた。
ほんとに、美味しそう。
「食べたら?」
シズネは、微笑ましそうに催促する。
「あ、はい。そうですね。いただきます」
私は、慌ててスプーンを手に取ると、まずはプリンとクリームを一気に口の中に入れた。
「おいし〜」
何、この幸福感。
口の中で、とてつもない変革が起きている気がする。
私は、アイスクリームや果物も一緒に食べてみたりと、知らぬ間にガツガツとすごい勢いで食べ進めたので、容器はすぐに空になってしまった。
(幸せ)
しかも、満腹。
けっこう、ボリュームもあったし、大満足だ。
「美味しかった?」
「はい、最高です」
「ふふ、良かった」
シズネは、紅茶を少し飲みながら笑った。
なんか、恥ずかしいな。
「異世界の方が、いいんじゃない?」
その時、ふいに隣から、そんなことを言われた。
「え、そうかな?」
「絶対いいでしょ。だって、ここには魔法が存在しないわけだし」
「それって、つまり……」
「落ちこぼれ生活とは無縁で、過ごせるってこと。あたし達にとっては、パラダイスみたいなもんよ」
「そう、ね……」
正直言って、こんなに美味しいものが食べられる世界には居続けたいという気持ちはある。
それにアミーダの言う通り、魔法が存在しない世界ならば、魔法の勉強に追われることもなく、楽しくやっていけそうだ。
元の世界でアミーダ以外に友達がいるわけでもないし、思い残すことはない。
「二人とも。水を差すようで悪いんだけど、生活していくあてはあるの?」
「あ」
私とアミーダは、思わず顔を見合わせた。
今まで、すっごく重要なことを忘れていたのだ。
まずい。まずいまずいまずい。
よく考えたら、生活基盤が全くないじゃないか。
まだこの世界のことを何も知らない上に、住む所もなければ、食べていけるお金もない。
さんざん留年してきた私たちにとっての資金源は、実家からの援助だった。
それがあったからこそ、学生宿舎に住むことができ、教育も受け、ご飯も一日三食ちゃんと食べてこられたのだ。
異世界に来てしまった今となっては、それがない。
「金づるが消えたのは、痛かったな」
言い方。いくら何でも、それは言い過ぎでしょ。
「あ、そうだ」
アミーダは、しばらく眠たそうにボーッとしていたかと思うと、何かを閃いたように、ぽつりと言った。
「お姉さん、あたし達のこと養ってくんない?」
「えっ!?」
びっくりしたのは、私の方。
アミーダらしいといえばそうだが、それにしてもとんでもなく図々しい提案だ。
シズネはというと。
黙って何かを考えている。いや、まさかとは思うけど……。
「短期間だけなら、大丈夫かも」
「えっ、いいんですか!?」
何で、私の方がびっくりさせられてるんだろう。
「あなた達、行くあてがないんでしょう。少しの間なら、私の家に引きとることはできるわ」
「その短期間っていうのが気になるね。何でずっと住まわせてくんないの?」
アミーダ、図々しすぎ。もうやめた方が……。
「あなた達、学生だったから分からないんだろうけど、働いてお金を得るってけっこう大変なことなのよ」
「お姉さん、教師とか言ってたよね。けっこう、儲かってんじゃないの?あたしらの担任なんか、いっつも高い腕時計つけてたんだよね」
「そっちの世界の先生の給料は分からないんだけど……。私はまだ働いて三年目だし、給料はあんまり貰えてないかな。正直、一人で生活している今でさえ、割とギリギリのところよ。それを二人も養うってなると……」
かなり、リアルな話になってきてる。すごく、申し訳ない。
「すみません、大丈夫です。お気持ちだけで。私たち、何とか生活していく方法、見つけますので」
「何言ってんの、チャリオネ。せっかく養ってくれるって言うんだから、乗っかっといた方がいいでしょ」
「でもさすがに、迷惑をかけるわけには……」
「んなこと言ってたら、やってけないよ。お互い、元の世界でさんざん親から金引っ張った仲じゃない。この世界でも、上手くやってこうよ」
痛いとこ、つくなあ。
「ただ、覚えておいてほしいのは、短期間ってことよ。長期的に養うことは、金銭的に難しいから。私の家にいる間に、自分たちだけで生活していく方法を見つけて。そのための期間でもあるのよ」
「ほんとに、いいんですか?」
「いいわよ。放っておくわけにも、いかないもの」
この人、ほんとにいい人だな。
この人に会えただけでも、私たちは運がいい方なのかもしれない。
「本当に、ありがとうございます」
私は、頭を下げた。本当に、ありがたい。
他人に頭を下げたのなんか、いつぶりだろう。それもこんなに、仰々しく。
まあ、アミーダの「金づるゲット」という小さな声に注目させないためでもあったけれど。




