第十五話 寝てたい
「ええっ!?学費を払ってくれる人が見つかった!?」
シズネは、大声で叫ぶ。
「驚きすぎじゃない?」
「いや、これは普通に驚かない!?」
「あと、肉取りすぎ」
「ああ、それはごめんね」
アミーダは、牛肉をニ、三個スプーンですくい、自分の皿に移す。
あなたも、取りすぎだと思うのだけれど。
私まだ、しらたきと豆腐しか食べてないのよね。
私たちは今、すき焼きを前にして夕食を食べている。
「ところで、どんな人なの?」
「そのおばあちゃん、投資でだいぶ稼いでる人で、いわゆる富豪みたいなものなんですよ」
「でも、金額が金額よね。一体、どうして……」
「うーん、その辺は私にもよく分かりません。一応、断ったんですけど……」
私は牛肉を得ようと、スプーンに手を伸ばす。
「何ていう名前の人?」
「河野菊代さんっていう方です」
「ああ、その人!」
シズネは、また大声を上げる。
「知ってる人なんですか?」
「この辺だと有名な人よ。確かに、富豪と言えるわね」
「そんなに有名な人なんですか?」
「うん。この辺の住宅街を少し抜けて脇道に入ったところに、大きなお屋敷があるのよ。そこが河野さんのご自宅」
なるほど。
お金持ちで有名だったから、ひったくりにも目をつけられたのね。
あ、まずい。
アミーダ、またとったわね。
牛肉が、もうあと二つしかない。
これは確実に死守しなければ。
「でも良かったじゃない。他人にいいことをすると、自分に返ってくる時もあるものね」
「まあ、今回がいい例ですね」
「それにしても河野さん、一人で大金を持って出歩くなんて、何考えてるのかしら。腰がお弱いのに」
「腰が、弱いんですか?」
「ええ。転んで腰を打ったら、大変なことになるって聞いたことあるわ」
もしかして、おばあちゃんが私たちにこんなに感謝したのって。
お金を取り返したことじゃないんじゃないか。
お金なら有り余るほど持ってるし、後で警察に届け出れば犯人を捕まえて、お金も戻ってくるかもしれない。
ということは、犯人に突き飛ばされて転びそうになったところを、私の風魔法で助けたことが理由?
そんな風に、考えられなくもない。
はっ!お肉は!?
ゼロ。
二つとも、アミーダが自分の皿に移してペロリと平らげてしまっている。
「ちょっと、アミーダ!肉取りすぎ!」
「そーお?」
「私、一つも食べてないのだけれど!」
「早い者勝ち〜」
くーっ……!
悔しい悔しい悔しい。
インターネットですき焼きのことを調べて、作ってくれるようにシズネにお願いしたのは私だというのに。
「まあまあ、チャリオネちゃん。次にまた作るから」
「まあ、終わってしまったものは仕方ないですしね」
「あとアミーダちゃん、少しは遠慮しなさい」
「ま、ほどほどに気をつけますわ」
アミーダの場合は、口で言ってるだけ。
気をつけたためしがない。
まあ、それはいいとして。
とりあえず、念願の高校に通うことができるようになったわけだ。
楽しみだなあ、学校生活。
翌日。
ビーッ!ビーッ!
目覚ましが鳴る。
私は目覚ましを止めると、寝ぼけ眼で布団から起き上がった。
そういえば、今日は私とアミーダが初登校する日。
あの話をシズネにした後、シズネがすぐに教頭に連絡をとってくれて、今日登校することが決まったのだ。
「アミーダ、時間よ」
「まだ、寝てたい……」
アミーダは、相変わらず寝相が悪い。
元々のことだけれど、学生宿舎は別室だったから、他人に迷惑はかけなかった。
そういえば、遠征合宿の時。
私とアミーダは同室の、しかも二段ベッドを二人で使うことになった。
私は下が良かったからアミーダは上に行ってくれたが、朝起きると。
アミーダの顔が逆さまになって私の方を覗き込んでいるという、異常事態が発生していた。
あの時は、ホラーレベルで怖かったわね。
その後、落ちるとまずいということで、私が上に代わったのだけれど。
今度は、寝ている最中に足を上に蹴り上げる謎の行動を始めて、うるさくて寝られなかったわ。
そんなことも、あったなあ。
まあ、ここ何日も同じ部屋で過ごしているけれど、毎日そういった奇行を見るし、彼女の寝相が悪いせいで寝ている時に私の体に蹴りが入って目が覚めるなんてことは、よくあるけど。
ああ、でも今はそれどころじゃない。
遅刻、遅刻。
「アミーダ、学校に行くわよ!」
「今、何時?」
「もう七時四十分よ!そろそろ、支度しないと」
「えー、まだそんな時間じゃん。もう少し寝てても良くない?」
「八時三十分登校なのよ。これから朝ご飯食べて、歯を磨いて、支度して……」
「相変わらずブラックだよねー、学校って。もういいわ、行かね」
アミーダは、寝返りを打った。
ああ、本当にこの子は自由人。
元の世界でも、遅刻や無断欠席を繰り返してた原因の一つにこれがあるのだから。
私はアミーダに大声で呼びかけたり、揺さぶってみたりしていたが、頑として起きようとしない。
「ちょっと、シズネさん。手伝ってください」
仕方ないので、シズネに助けを求めに行くと。
「まだ、起きたくない……」
「ええ!?」
「仕事、行きたくない……。日本は大体、働かせすぎなのよ。残業も多いし」
どうやら、みんな本当のところ、思うことは一緒のようだ。




