第十四話 お茶目な税金
炎の狼は素早く、それでいて正確に、ひったくり犯の居場所に向かって行った。
「うわあっ!!」
ひったくり犯が後ろを振り向くと、炎の狼が唸りを上げて追いかけてきている。
驚くのも、無理はないだろう。
「な、何だよこれ……」
しかも不運なことに、行き止まりに遭ったらしい。
犯人は壁を背にして、狼の恐ろしさに震えていた。
というのが、狼と視界を共有していたアミーダからの説明。
今、犯人の男は、炎の狼に咥えられて、私たちの目の前で意気消沈していた。
そこには、黒い覆面を脱がされた、三十代くらいの無精髭の生えた男の顔があった。
アミーダは、すぐに男のバッグから札束を取り出すと、ペラペラとめくって金額を数え出した。
「おい、ひったくり。百三十万しかないんだけど」
アミーダは、ひったくり男を軽く睨みつけた。
「え、俺それ以上とってませんけど……」
「この期に及んで、何で嘘をつくの?二十万、足りないでしょ!」
本当に、嫌な奴。
老人を狙ってお金を奪うってことだけでも悪質なのに、さらに嘘を重ねるなんて。
「ほんとに、ほんとに知りませんってえ!!」
ひったくり犯は、涙をこぼして泣き出した。
「何?泣けば許されると思ってるの?まあ、警察に捜査してもらえば、分かることだけれど」
「ねえ、チャリオネ」
「何?」
「こいつ、クズだけど嘘はついてないんじゃないかな」
「どういうこと?」
「あたしたちが婆さんと会った時には、こいつすぐに逃げ始めてた頃でしょ。それであたしがとっ捕まえたのも、あれからすぐ。隠せる暇、ないんじゃない?」
「そんなの、分からないでしょ。とりあえず、身体検査してみるべきよ」
「でもたった二十万ぽっちを、わざわざ隠すかねえ」
すると、後ろからクスクス笑いが聞こえた。
振り返ってみると、先ほど助けた老婆が笑っている。
「どうかしたんですか?」
「百五十万っていう金額は、実は少し盛ってたの」
「え!?」
「悪者には罰を加えたいと思って、税金みたいなものをかけてたのよ」
ひったくり税。新しいわね。
というか、このおばあさん、けっこうふざけた人?
「やれやれ、粋な婆さんだね」
「ほら、とってないでしょ!?」
「あなたは黙ってなさい。おばあちゃん、警察に連絡して」
警察が来て、あとのことは全て対処していってくれた。
ただし、ひったくり犯を捕まえた経緯は、おばあさんの協力も得て上手く誤魔化したけれど。
「ほんとに、ありがとうねえ。助かったわ」
「いえいえ、いいんですよ。体もお金もご無事で、何よりです」
「私は、いいんだけどねえ……」
おばあさんは、急に口を閉ざして私のことをじっと見つめた。
「?どうかしましたか?」
「あなた、何か悩みでもあるんじゃないのかい?」
「え、私がですか?」
「うん、そうよ」
「……」
悩みがないと言えば、嘘になる。
正直、この世界の学校には通ってみたいという思いが大きくて、おばあさんを助けたことなんかどうでも良くなってしまっている。
「この歳になるとねえ、人の気持ちが分かるようになるものなのよ。あの人、今日は何か嫌なことあったんじゃないかとか、あなたが何か悩みでも抱えてるんじゃないかとかね」
「そうですか……」
「良かったら、話してみてくれないかねえ?こんな私でも長く生きてる分、何か分かることがあるかもしれないからねえ」
確かに、長く生きていると分かることもあるかもしれない。
でも、それが私の今の悩みを解決できるだろうか。
お金。それは絶対的な物質だ。
感情をどうこうして解決できる問題じゃない。
だけれど。
このおばあさん、悪い人には思えないし、話してみてもいいかもしれない。
何か手掛かりくらいは掴めるかも。
「実は私たち、これから高校に通うことになりまして」
「もう、九月なのに?」
「はい。時期は少し遅いですけど、編入って形です」
「なるほどねえ」
「ですけど、私たちお金がなくて。学費を、払えないんです」
「そういうことだったのかい……。なるほどねえ」
おばあさんは言葉を切ると少し物思いに耽っていたが、やがて一言聞いた。
「今は、私たちの時代とは違って、必ずしも学校に行く必要はないんだよ。色んな選択肢があるからねえ。それでも、行きたいのかい?」
私が、学校に行きたい理由。
それは自分を変えたいというシンプルな理由だったが、実は他にも理由があった。
英語の勉強の合間なんかにパソコンをいじっていると、学生生活を満喫する学生の話なんかが上がっていて、楽しそうだなと思ったことが何回もある。
そういえば、私にはこんな時期はなかったな、と思わされた。
だから、私が高校に行きたいのは、そういう理由もある。
「はい、行きたいです」
私がおばあさんの目を見てきっぱりと言うと、おばあさんはにこりと笑って、両手で私の手をとった。
「じゃあ、私が学費を払ってあげる」
え?突然の申し出に、私は初め何を言われたか分からなかった。
だけど、その話の重大性に気づいたその時。
「ええええ!?」
私の叫び声は、空気を切り裂かんばかりに大きく轟いた。




