第十三話 お金持ち
(ああ、しんどい……)
どの世界も、勉強というのはしんどいものだ。
私は今、英語の勉強をしている。
もう三時間になるだろうか。単語の読み方、スペルの書き方から始めて、文法の教科書まで辿り着いた。
一方のアミーダは。
さっきから寝転がって、買ってきた週刊マンガ雑誌を読んで、ケタケタと笑っている。
試験は来週の月曜日。あと四日しかない。
それにしてはあまりにも、危機感がなさすぎなんじゃないの?
「ちょっと、アミーダ。勉強しないの?」
「勉強したって無駄よ、どーせ」
「何で?」
「んだってさあ、留学生ってことは英語ペラペラな人を想定してるわけでしょ。その人向けに試験作ってんだよ。あたしたちがほぼ一夜漬けみたいなレベルで勉強しても、受かりっこないでしょ」
「そうかもしれないけれど……」
「そんなに学校、行きたいの?」
「まあ、それなりには……」
シズネは、この世界の学校のありとあらゆる話を、私にしてきた。
そのおかげで、元の世界にいた学校より楽なことが分かったのだ。
なぜなら、元の世界では魔法が全てとされていたが、この世界では勉強が全て。
つまり、筆記試験さえ上手く潜り抜けてしまえば、何の問題もないというわけだ。
元の世界で筆記試験がそこそこ取れていた私にとっては、そんなに難関でもないかも。
(でもね……)
肝心の、入学ができそうにない。
「あ、そうだ。あの件、シズネさんに頼んでみたんだけど、ダメだったわ」
「何が?」
「ほら、編入試験の解答のコピーもらう件」
ああ、そういえばそんな策を練ってたっけ。
「教師同士でも、試験解答とかはくれないらしいんだよね。意外と、セキュリティ厳重だわ」
「そうだったの……」
あては、外れた。もう勉強するしかない。
「ああ。あとシズネさんから聞いたんだけど、編入試験の大体の内容」
「え、どんなの!?」
「リーディングってやつがあって長文たくさん読まなきゃいけないのと、リスニングってやつもあってこれは生の英語を聞き取れるレベルじゃないと、解けないらしいよ」
「それって、つまり……」
「そ。やっても、無駄」
アミーダは、私の肩にポンと手を置いた。
私は、がっかりしてしまった。
この世界で、せっかく自分を変えられそうな気がしていたのに。
どうしてこう、上手くいかないんだろう。
「まあ学費がネックってだけなんだから、なんか金を稼ぐ方法でも見つけりゃいいんじゃない?」
「そう簡単に言うけど……」
「でもさあ、考えてたって分からないことだってあるよ。とりあえずさ、そろそろ腹も減ったし……」
ああ、そうか。
もう午後一時になるんだ。
シズネからは、昼食はどこかで食べるように言われていて、お金も受け取っている。
「ご飯でも、食べに行こうか」
「そ。そういうこと」
アミーダは鼻歌を歌いながら、呑気に外へ出て行った。
私はショックを引きずりながら、アミーダに続く。
外は、いい天気だ。
平日だから人通りは少ないものの、絶好の散歩日和ではある。
「飯、どこ食いに行こっか?」
「そうね……。何か、食べたいものある?」
「そーだねー。あのハンバーガーって食べ物、けっこう気になってんだよね」
「ああ、ハンバーガーね。あれ、味がけっこう癖になるらしいわよ」
「どう?」
「私は、別にいいけど」
「じゃあ、ちょうど近くに店があるから行こうか。さっきコンビニで雑誌買ってきた時、見つけたんだよね」
アミーダは、自由気ままだ。
私もこのくらい、肩の力を抜いて過ごすべきなのかしら。
「ああーっ!!」
その時、後ろから叫び声がした。
振り返ると、そこには二人の人がいた。
一人は黒い覆面をつけた人で、がっちりした体から察するに、たぶん男。
もう一人は、よろけて今にも地面に倒れそうな老婆。
見るからに、男が老婆を突き飛ばすか何かしたのだろう。
「危ない!」
私は、瞬時に魔法を使った。
すると、老婆の体の下からふわりとした風が吹きつけ、老婆の体をそっと支えた。
私が使える数少ない魔法のうちの一つ、出力最小の風魔法だ。
「大丈夫ですか?」
私は、老婆に駆け寄って体をしっかりと支える。
「お金を、お金をとられちゃって……」
老婆の声は、弱々しい。
「お金?てことは、さっきの男は、ひったくりですか!?」
「うん、そうなのよ……」
「いくら、とられたの?」
アミーダが、すかさず聞く。
「百五十万くらい……」
「百五十万か……。学費の足しには、なんなそーだね」
「ちょっと!変なこと、考えてないわよね!?」
「あー、だいじょぶ。今考えんのやめたから」
「アミーダ!」
「ところで、婆さん。百五十万も持ち歩いてるなんて、ずいぶんだね。ひょっとして、金持ち?」
「え、ええ……。そうだけど……」
「じゃ、決まりだね。金、取り返してあげるよ」
アミーダはそう言うと、魔法を使った。
空間に炎が生まれ、その炎が徐々に大きくなって形を整えていく。
魔法の性質変化。高難易度。
やっぱり、アミーダは高度な魔法を使えるんだ。
その炎は、狼へと変貌した。
「こ、これは……」
老婆は、びっくりしてその光景を見つめている。
「おっと、婆さん。この程度で心臓、止まんないよね?あたしの計画的に、あと数日は生きててほしいんだけど」
アミーダは軽口をたたくと、炎の狼を出撃させた。




